第3話 ワタシを射止めて

「藤見先輩、お隣失礼してもいいですか?」

「あぁ全然いいよ、綾小路あやのこうじ

勘解由小路かでのこうじです。私は中高年に大人気な漫談家ですか」


 昼休みに会社の食堂でひとり、愛妻弁当を食べているときだった。俺がいる部署の貴重な女性社員で、後輩でもある勘解由小路かでのこうじ が日替わり定食を持ってやって来た。名字のインパクトが強すぎて下の名前は忘れたが、呼ばないし別にいいか。


「長いんだよ、お前の名字。5文字も使うな、一話1500字程度しかないのに」

「何の話です?」

「いや、こっちの話というか、あっちの話というか」

「変態な先輩ですね」

「そこは『変な先輩』でいいだろ」


 俺は彼女の教育担当で、また同じ大学同じゼミ出身ということもあり、会社の先輩後輩とかそれ以上に打ち解けていると思う。決して浮気じゃないからな。


「嫁のことで相談していい? 女性の意見が聞きたい」

「明日のランチを奢ってくれるなら考えます」

「分かった、奢るから」

「契約成立ですね。話を聞きましょう」

「実は嫁がな、胸を揉ませてくれないんだよ」

「離婚すればいいと思います。はい、おしまい」

「昼食じゃ釣り合わねぇよ‼ 最後まで聞け‼」


 俺は勘解由小路に今朝の『揉もうとしたらもみくちゃにされた事件』を、銃を向けられたとか抜きで話した。もちろんこの後輩には俺が不死身であることも、アヤさんが殺し屋であることも秘密だ。


「奥さんも一人の乙女、やっぱりムード作りが大事ですよ。夫婦だからって慢心せず、常に奥さんのハートを射抜くことを心がけないと」

「嫁は乙女というより戦乙女ヴァルキリーだし、射抜かれるより撃ち抜くほうだけど。なるほど、ムード作りだな。参考になった、ありがとな」

「焼肉定食ゴチになります」

「焼き鯖定食で勘弁してくれ」


 それから俺はいち早くアヤさんの胸を揉むため、急ピッチで仕事を終わらせ定時には退社した。家に帰ると、アヤさんがエプロン姿で出迎えてくれた。


「ただいまー」

「おかえり、ご飯にする? お風呂にする? それともタ・ワ・シ?」

じゃなくて!? タワシをどうする気だよ!?」

「さぁ、たわしを召し上がれ」

「そんな『わたしを召し上がれ』みたいに言われても」

「なに? ワタシのタワシが食べられないっていうの?」

「タワシはもともと食べられないんだよ‼」


「それで、結局何にするの?」

「お腹空いたしご飯かな? 今日の晩ご飯なに?」

「たわしご飯」

「ご飯に何してくれてんだ!? どんなおかずにも合うご飯もお手上げだよ‼」

「おかずは、たわしコロッケよ」

「昼ドラかよ!? ネタが古いって‼ やっぱ先にお風呂入る」


「仕事で疲れてるだろうから、癒されるようにバラを浮かべてみたわ」

「そこはたわしだろ!? なんだかんだで優しいよな‼ ありがとう」

「どういたしまして。それよりトモ、なにか忘れてないかしら?」

「え?」


 不意打ちで、唇に柔らかい感触があった。胸を揉むことで頭がいっぱいで、おかえりのキスのことをすっかり忘れていた。勘解由小路、やっぱり俺の嫁はハートを射抜かれるより撃ち抜くほうだ。もう胸とかどうでもいい。


「……ちゃんとしてくれるんだな」

「するってワタシが言ったんだもの。次に忘れたらもうしないから」

「了解。なぁ、たまにはお風呂一緒に――」

「入らないから」


 アヤさんはそそくさとリビングへ行ってしまった。心なしか耳が赤くなってるように見える。恥ずかしかったんだな、かわいいヤツめ。そのかわいさに免じて、俺はおとなしく一人でお風呂に向かった。


 浴槽にはたくさんのバラが浮かんでいる。お湯をくむと、つい一緒にすくってしまうほどに、棘付きのバラを。

 俺はいそいそとバラを取り除いて、お風呂をあがってから抗議した。


「あら、言ってくれればバラの代わりに菖蒲ワタシが入ったのに」

「そっちの方が癒されるわ‼ チクショウ、なんですぐに言わなかったんだ俺は!?」


『綺麗なバラには棘がある』と言うけれど、そんなバラのようなトゲのある嫁を俺は愛してる。菖蒲あやめだけど。


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