第2話 新婚夫婦の危険なキス

 朝日の昇る綺麗な空を、鳥がさえずりながら飛んでいる。俺はビルの屋上で、最後であり最期の一本となった煙草を吸いながら、鳥を目で追っていた。


 俺も飛ぶ。でも俺は鳥のようにはべない。

 地面がどんどん迫って来る――


 俺はベッドから落ちた衝撃で目を覚ました。何とも目覚めの悪い朝だ。一日の始まりがこんなではテンションもだだ下がりだ。起き上がってベッドのほうを見ると、アヤさんがこっちを向いて寝息を立てている。


「どうしよう、ウルトラスーパーかわいいんですけど。こんなかわいい寝顔を毎日見れるなんて、アヤさんの旦那は世界一の幸せ者だなー、って俺やないかーい」


 一人のろけノリツッコミをかましてみた。うん、ちょっと元気出たかもしれない。ちなみに『アヤさん』とはフリーの殺し屋、アイリスもとい皐月菖蒲のことだ。


 結婚式を挙げ、皐月菖蒲は俺、藤見朋と名字を合わせ藤見菖蒲あやめになった。まぁ、式を挙げるまでにまた一波乱も二波乱もあったのだが、それはまたいつか話すことにしよう。


 俺はベッドに上がり込み、アヤさんの無防備な寝姿につい口元が緩む。愛しくなって彼女の頬をつつく。スベスベ柔らかいタマゴ肌である。何時間でもつついていても飽きない自信がある。調子に乗った俺がおっぱいに手を触れる寸前、天地がひっくり返った。


「天変地異か!?」


 杞憂だった。ひっくり返ったのは天地ではなく俺だった。目にも止まらぬ速さでアヤさんに腕を掴まれ、投げられたのだった。寝起きが良いというか悪いというか。


 どこから取り出したのか、銃を俺の頬にぐりぐりと押し付けているアヤさんの、菖蒲あやめ色のシルクパジャマ姿が逆さまになって見える。


「まだ寝ぼけているようだし、眠気覚ましにおはようのキスをしましょ? もちろん、マウス・トゥ・マウスで」

銃口から俺の口マウス・トゥ・マウスってことだろ!? 悪かったって。嫌な夢見たからさ、ウルトラスーパーアルティメットかわいいアヤさんに癒されようと思ったんだよ。そしたらついアヤさんの魅力にやられて」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。そんなこと言ったって、銃弾タマしか出ないわよ」

「いや、出すなよ」


 アヤさんは微かに照れたまま、銃をしまった。死ぬかと思った……死なないけど。


 このあとはいつもの通り、二人で朝ご飯を食べ、結婚休暇後初めての出勤の準備を始めた。研究施設を脱出してから、俺はバイオ系の企業で不死の研究をしながら働いている。俺一人なら働きもせずフラフラしていただろう。でも現在の俺は一人じゃない、家庭がある。



 ちなみにアヤさんは今日、殺しの依頼お仕事は休みなので銃の手入れをしたり、トレーニングをしたりするらしい。準備を終え玄関のドアノブに手をかけると、アヤさんが珍しくやって来た。


「なに、見送ってくれんの? 会社の初出勤のとき以来じゃない?」

「『いってらっしゃい』って言って見送ると、事故に遭う確率が減るってテレビであったのよ。いくら不死身でも、旦那が事故に遭うのはいい気がしないわ」

「アヤさん……そこまで俺のことを」

「逝ってらっしゃい」

「無事に帰す気ないじゃねーか」

「還れるわよ、土に」

「家に帰らせろよ」


 なんだ、からかいに来ただけか。このままやられるのも癪なので、仕返ししてやれ。

「そういえば『いってらっしゃいのチュー』はしないの?」

「は? しないわよ、そんなの」


 よっし、照れてる照れてる。ちょっと顔が赤くなってる。このまま押せばイケるかも。

「新婚夫婦はどこでもやってるよ?」

「よそはよそ、うちはうち」

「そんなお母さんみたいに言われても。ほっぺにでもいいからさ—―」

「しつこい」


 アヤさんの照れ隠しを込めて放たれた銃弾が、俺の頬をかすった。

「ほら、お望みどおりいってらっしゃいのチュンよ」

「いや、たしかにほっぺにチュンと掠ったけども!? それこそ逝ってらっしゃいだよ。無理強いしてごめん。じゃあいってきます」

「トモ」

「なに?」


 ふたたびドアノブに手をかける前に呼ばれ、振り返った。アヤさんの顔が真っ赤だ。

「さっきは心の準備ができなかったけど、これからは、ちゃんとする。今日無事に帰ってきたら、お帰りのキスもするから」

「お、おう。じゃあらためて、いってきます」

「いってらっしゃい」

 平静を装いつつ外に出てドアを閉める。座り込んで真っ赤になった顔を手で覆う。


 どうしよう、ウルトラスーパーアルティメットギャラクシーかわいいんですけど。こんなかわいい奥さんに毎日見送り出迎えしてもらえるなんて、アヤさんの旦那は宇宙一幸せ者だなー、って俺やないかーい。



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