今日も俺は嫁にイチコロ

クラタムロヤ

第1話 馴れ初めは血と硝煙の香り

 1年前。

 日本のどこかにある地下の研究施設。

 その中の牢獄のような部屋で、俺が本を読んでいたときだった。


『緊急事態、緊急事態!! 侵入者だ。監視カメラが次々と破壊されている。警備員は今すぐ……』


 スピーカーから聞こえる発砲音と断末魔。俺も状況を確かめたいが手枷てかせ足枷あしかせがついてるし、内側からドアを開けることができないので諦めるしかない。


 しばらくすると、ドアが開いた。

「こんばんは。お待たせ、藤見ふじみ ともさん」


 入って来たのは白衣の研究員ではなく、シックな深紫色のドレスを着た女性だった。彼女の後ろで倒れている研究員は、もう息絶えているだろう。おそらく、他の研究員や警備員も――。


「あんた、何者だ?」

「フリーの殺し屋よ。アイリスって呼ばれているわ」

「アイリスさんね、どうせ依頼されて俺を拉致しに来たんだろ? だったら俺も大人しく―」


 俺の声を遮る3発の銃声。その音源である彼女の銃から放たれた弾丸は、全て俺のひたいつらぬいた。


「人が喋ってる途中だろ!? 悪役だってヒーローが変身してる途中に攻撃しねぇぞ!?」

「もしワタシが悪の組織の女幹部になったら、変身アイテムを破壊してから殺すわ」

「なんだそのおぞましいマニフェストは‼」

「なんにせよ、フェニックスの被験名は伊達だてじゃないってことね」


 フェニックス、不死鳥。その名の通り、俺は不死身の体を持っている。そんな体のせいで俺は謎の組織の研究施設で、切った張ったの色々な実験を受けさせられていた。


「それに誤解しないで欲しいけど、ワタシはアナタを助けにきたのよ」

「助ける? なんで?」

「ワタシ、婚活中なのよ」

「……はい?」


「今年で28になるんだけど 仕事柄、いい相手が見つからないの」

「はぁ…」

「それに結婚するなら、ワタシより強い相手と結婚したいのよ。それこそ、

「えーと、それはつまり?」


 彼女はつかつかと俺に歩み寄ると、俺の目と鼻の先に顔を近づけた。そして俺の左胸には銃が突き付けられている。


「アナタ、ワタシと結婚しなさい」

 

 脅迫プロポーズされた。


「そんな、いきなり言われても……あと銃を下ろせ」

「これは『アナタのハートを撃ち抜く』という意思表示よ」

「物理的に撃ち抜こうとするなよ!? せめて魅力で撃ち抜こうとしろよ‼」

「あら、ワタシの魅力では不十分かしら?」

「それは…」


 彼女は魅力的だ。それはもう十分過ぎるくらいに。


「結婚すれば、ここからアナタを救い出して、刺激的でスリリングな結婚生活を約束するわ」

「刺激的はともかく、スリリングはいらねぇ」

「だったらワタシがアナタに生きる意味を与えてあげる」


 俺のハートは撃ち抜かれた。


 彼女の言葉に、彼女の笑顔に。

 生きる意味か……。そういえば考えたこと無かったな。


「分かった、俺はお前と結婚する。そういえばアイリスさん、本名は? 結婚するのにコードネームで呼ぶわけにはいかないだろ」

皐月さつき 菖蒲あやめ。あーちゃんでもあやたんでも、好きに呼べばいいわ」

「自ら似合わなそうな候補を上げていくな。俺のことも好きに呼べよ」

「これからよろしく、


 なんとも小っ恥ずかしい。照れ隠しに話題を逸らすことにした。


「ところで、なんで深紫色のドレスなんか着てるんだ?」

「これ、勝負服なの。ちなみに深紫色じゃなくて、正確には菖蒲しょうぶ色よ」

「ダジャレかよ!?」

「勝負下着も着けてるわ。ちなみに、菖蒲アヤメ色。『こっちが本当のワタシ』って意味よ」

「知らねぇよ‼」


 それから俺は手枷を外してもらい、研究施設を脱出することになった。俺たちは歩き出そうとしたが、足枷を外し忘れていたので倒れてしまった。そして不可抗力ではあったが、下から彼女を覗き込む体勢となり、パンツを見てしまった。


「あぁ、これが菖蒲アヤメ色か」

 俺の心臓は撃ち抜かれた。

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