第24話エピローグ:見送ったふたり

 ふたりが出て行った控えの間で、盛大なため息をつきながら、レイモンドがイスに崩れ落ちた。その姿をクロエが冷たい視線で見ている。


「振られた……」

「当然ではありませんか。あなたがヴィヴィアン様に言い寄ったりするから、ややこしくなったのです」


 力なくイスに座り、レイモンドは自分の手のひらを眺める。

 かすかに震える手は、極度の緊張から来るものだった。


「――本気、だったんだけどなぁ」

「横恋慕など、あなたらしくないですね」


 そんなものではなかったのだ。そんな安っぽい言葉じゃ、説明できない感情だった。

 エドワードに問い詰められた時に言った言葉は、レイモンドの本心だった。

 長くエドワードとして敵国で暮らし、気の抜けなかった生活の中では、出会うことのない、正直でまっすぐで、無垢な瞳だった。

 特別美しいわけでもない。流行遅れの仰々しいドレスは、彼女に全く似合っておらず、正直、野暮ったかった。広間に入り、最初遠目で見た時は、なんてつまらない計画だろうと思った。だが、近くで見ると、その印象は一変した。

 エドワードがヴィヴィアンを求めていた理由が、わかった気がした。

 飾り気のない素朴な彼女が、真逆の世界で生きてきた彼には必要だったのだ。

 だからこそ、同じ生活を強いられてきたレイモンドもまた、彼女に惹かれた。

 プロポーズの言葉だって、本気だった。ヴィヴィアンがもしも自分の手を取るのなら、全力でエドワードから奪うために、勝負するつもりだった。


「エドワード様は、勝負しないでしょう。きっと……いえ、もしも……万が一、ヴィヴィアン様があなたを選んだのなら、それを尊重するでしょうから」

「万が一って……酷いな。そんなに確率は低かったかい? でも、そうかな……。いや、そうだな……。ヴィヴィアンは、エドワード様の行動の全ての中心だった……」

「その時点で、あなたは彼に負けているのです」

「クロエは厳しいなぁ」


 軽く両手を上げ、降参を認めても、クロエの口調は緩まない。


「厳しいのではありません。これは事実ですから」

「僕にも、ヴィヴィアンのような人は現れるかな」

「さあ。ご自身の努力次第ではありませんか?」


 本当にクロエは厳しい。この無表情を見ていると、やりこめたくなってくる。

 レイモンドは意地悪な笑顔を浮かべると、おもむろに立ち上がった。


「クロエは? 役割とはいえ、エドワード様の恋人役だっただろう。惹かれたりなんて――」


 全てを言い終わらないうちに、クロエの表情が激変する。

 まるでこの世の終わりを見たかのような苦悶の表情に、レイモンドが慌てた。


「ま、待て! その顔はマズい! やめてくれ!」

「――失礼いたしました。つい」

「つい、でそんな恐ろしい顔をするのは止めてくれ! ヴィヴィアンはなにやら勘違いしていたようだが、お前がその表情を浮かべるたびに、僕はヒヤヒヤしていたんだぞ!」

「ヴィヴィアン様に粘着して、有力候補を潰してまわった挙句、ヴィヴィアン様の動向も探って彼女の縁談を潰していただなんて、主とはいえ恐ろしすぎて、つい」


 それにはレイモンドも同感だった。

 帰国するなり、有力者の娘たちとの縁談を持ちかけられたエドワードは、反国王派を大人しくさせるためだという名目で、次々と婚約者候補を潰していった。結果的に反国王派の声が小さくなったのだからいいのだが、有力候補がいなくなったのだからと、国王陛下にヴィヴィアンとの縁談を申し出たのだ。候補がいなくなったのだから、貴族のご令嬢なら誰でもいいだろうと。確かにその通りなので、エドワードに甘い国王陛下は、聞き慣れない名前に不思議に思いながらも、許可を出した。

 だが、レイモンドは知っている。

 敵国との戦争で勝った画期的な作戦も、今回の反国王派制圧も、すべてヴィヴィアンを手に入れたかったがために、おこなったことなのだ。そう考えると、クロエの表情も頷ける。


 それでも――。


「それでも、僕も夢を見てしまったんだ。僕を見てくれるかも、しれないって」

「――ヴィヴィアン様がお選びになったことです。エドワード様の執着は恐ろしいですが、ヴィヴィアン様はお幸せそうだったではありませんか。あれが、すべてです」

「そうか――」


 レイモンドが名残惜しそうに、ふたりが出て行った扉を見つめる。

 だが、未練を残したところで、彼だって知っている。この部屋を出て行く時、ヴィヴィアンの頭の中に、レイモンドは欠片も残っていなかった。こちらを振り返ることもしなかった。

 完全なる敗北。完璧な失恋だった。


「僕にも、ヴィヴィアンのような人は現れるかな」

「そこでヴィヴィアン様のお名前を出すようでは、先はありませんね」


 先ほどよりも手厳しい応えに、レイモンドは再び盛大なため息をついた。

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