第12話秘密のお茶会
近くの森に狩りに来ているという貴族の誘いを無下にするわけにもいかず、そちらに付き合っていたレイモンドとエドワードは、遅れて合流した別邸で仲良くお茶を飲んでいるヴィヴィアンとクロエを見て驚いた。
先に着替えを済ませ、レイモンドとエドワードが
「おかえりなさいませ。狩りはいかがでしたか?」
「散々だったよ。あ、エドワードはキジを仕留めたかな?」
「まあ。すごい!」
「たいしたことはないよ。――ふたりは、随分と仲良くなったようだね?」
エドワードがふたりを見ると、なぜかふたりとも真逆の反応を見せた。
ヴィヴィアンは嬉しそうに頷いているが、クロエは困ったように微笑むだけだ。
「はい! クロエ様はとても控えめで優雅で美しくて……。お話していても話題が豊富でとても楽しく過ごしました」
「そう、それは良かった」
「それに、わたくしも守られるだけの存在ではなく、わたくしも守りたいと思いましたわ」
「まも、る?」
チラリとクロエを見ると、ヴィヴィアンに見えないよう、クロエは小さく肩をすくめた。
一体どういうことだろう?
レイモンドとエドワードは互いに顔を見合わせた。
「早速打ち解けたなら良かったよ。実は、避暑地としてここを選んだのは、誰の目も気にせずに今後の話がしたかったのと、次のターゲットがこの近くの別邸に避暑に来ているからなんだ」
エドワードの言葉に、ヴィヴィアンの背筋がピンと伸びる。
ダルトン伯爵領は、このように王都に近くありながら、自然が豊かなことで、貴族の別邸が多いのだそうだ。社交シーズンのこの時期、この辺りは避暑で訪れる貴族があちこちにいる。
今日、レイモンドとエドワードが狩りに参加したのも、恋人たちと避暑に来ていると相手に印象づけ、その話を広めてもらう目的もあった。
「現に、今日狩りの後、あちらの別邸にも立ち寄ったけれど、君たちをお嬢さんのお茶会に誘いたいと言われたよ」
「まあ。では、そちらの方が今回の……?」
自然と、ヴィヴィアンの声がかたくなった。
「そう。でも、そのお茶会は、完全男子禁制なんだ。だから、クロエと一緒に行って欲しい」
ということは、前回のようにレイモンドも乱入することはできないということだ。
「今回のお相手は、エセル・ロンズデール伯爵令嬢だ。彼女は男嫌いでね。でも両親がレイモンド様との結婚を願っている。そして、エセル嬢もまた、自分の交友関係に口をださないという条件さえ守れば、いずれ両親の望む人と結婚するという約束をしているそうだ」
「そういうことだから、どんな女性なのか情報が少ないんだ。夜会も滅多に参加しないうえに、お茶会は近しいご令嬢やご婦人ばかり。使用人も男を近寄らせない徹底ぶりなんだそうだよ」
「男の方に、なにかトラウマでもあるのでしょうか……」
「さあね。僕たちが別邸を訪ねても、具合が悪いとかで姿を現さなかったんだ。ただ言えるのは、最終的にその子が候補に残っていたら、僕はその子と結婚することになってしまう。どんな子か、わからないままに。それは……嫌なんだ」
だが、女性同士の付き合いが主流のお茶会ですら、門はごく一部の人物にしか開かれていないらしい。そんなご令嬢に、果たしてヴィヴィアンが近づけるのだろうか?
それにしても、男子禁制とはどういうことだろう。
いくら禁止したところで、ご婦人やご令嬢はおしゃべりが大好きだ。お茶会に誰が来て、どんな話をしたのかは、すぐにバレてしまうのではないだろうか。
「それはない。なぜかというと、彼女のお茶会に出席したご婦人方はいずれも、頑なにお茶会の話題を口にしないんだ」
「だが、それで彼女たちがピタリと参加しなくなる、というわけではない。エセル嬢から招待状が届くと、またいそいそと出かけていく」
「そ、それは……」
ヴィヴィアンもさすがに口ごもってしまった。
つまり、エセル嬢はお茶会参加者に口止めをし、それが確実に守られているということだ。
「それはエセル様に脅されて喋らないというのではなく、話してしまえば次の招待状が送られてこないという恐怖心からなのでしょうか」
クロエが意見を控えめに口にした。
招待状が届かないという恐怖――? それだけ、彼女たちにしてみれば、大切なイベントなのだろう。
「そんな場に、見ず知らずのわたくしを招待してくださるでしょうか?」
「そこは父親が頑張って説得するだろう。彼もまた、私たちと接点を持ちたいだろうからね。なに、もしもうまくいかなかった時は、別の手を考えるさ」
エドワードはそう言ったが、これほどに厳重に守られている秘密のお茶会だ。きっと、エセルは招待状を寄越さないだろう。ヴィヴィアンはそう思っていた。
だが、その思惑は外れ、招待状は届いてしまった。
* * *
「緊張してます?」
「――わかりますか?」
ソワソワと落ち着かない様子で外を除くヴィヴィアンを見て、クロエは不思議に思った。
なぜ、彼女はこんな依頼を受けたのだろう。
没落寸前の貴族であり、世間では行き遅れと嘲笑されていたヴィヴィアン。それに焦ってのことなのだろうけれど、それでもスパイをするにはあまりにも素直で優しすぎる気がした。
「なにかあったら危険ですから、わたくしのそばから離れないでくださいませね」
クロエの足には、愛用の短剣が仕込んである。着ているドレスのスカートは少々重いが、それもまた短剣をうまく隠してくれた。
ハッとした様子でクロエを見るヴィヴィアンの瞳は、動揺してか、揺れている。
「クロエ様も……! わたくしのそばにいてくださいませね!」
力強く言っているつもりなのだろうけれど、その声は震えている。
ヴィヴィアンは本気でクロエを心配しているのだ。
呆れた。
クロエは短剣に関しては相当の自信がある。自分の身は自分で守らなければならない、そんな生活が長かったのだ。たとえ眠っていても、相手の足音で適格な距離を測り、攻撃態勢を取ることができる。ヴィヴィアンに心配されるのは、正直、心外だ。
クロエはため息を飲み込むと、わずかに口角をあげて「ええ」と返した。
馬車を降りたふたりが案内されたのは、増築された離れのような場所だった。
「こちらでございます」
案内してくれた年配のメイドは、扉を開けることなく頭を下げてそう言うと、さっさとその場から離れていった。
客を放って母屋に戻るとは、一体どういうことなのだろう? 不思議に思い、自ら扉をノックすると、中から声が聞こえた。
「合言葉を仰って」
招待状には、予め合言葉が記されていた。外部の者は入れないという徹底した姿勢が見える。
「ローズですわ」
「ヴァイオレットです」
ふたりが中に向かってそう言うと、やっと扉が開かれた。
「ようこそ。ローズにヴァイオレット。この部屋では、普段の階級、本来のお名前など忘れて楽しんでちょうだい」
参加者だろうか。どこかの夜会で見たことのあるご婦人が、笑顔で「リリーよ」と名乗った。
どうやら、合言葉がそのまま、このお茶会での呼び名として使われるようだった。
クロエの招待状には、ローズ。そして、ヴィヴィアンの招待状には、ヴァイオレットと書かれていた。
「あなた方は、エドガー様のお茶会は初めて?」
「え、エドガー、様……?」
突然知らない男性の名前を出され、ふたりはお互いの顔を見合った。
だが、リリーはそんなことは気にもとめない。その様子は、まるで心ここにあらずといった雰囲気だった。
「もうすぐ、エドガー様がいらっしゃるわ。いいこと? ここでは本来の階級も名前も関係ないのよ。そして、この部屋を出たら、ここで起こったことは口外してはダメ。よろしいわね?」
一気にそうまくしたてられ、ヴィヴィアンはただ頷いた。
説明が終わると、リリーはふたりのことなど視界に入らない様子で、扉を見てはソワソワしている。その様子にただならぬものを感じて、ふたりはテラスに面した大きな窓のそばへと逃げ込んだ。とにかく、扉の近くにいてはいけない気がしたのだ。
「一体、なにが起こるのかしら?」
クロエに不安げに話しかけた瞬間、後ろの窓がガチャリと開いた。振り返る間もなく、伸びてきた腕に引き込まれ、後ろから抱きしめられる。
「キャッ……!」
「はじめまして、可愛い子猫ちゃんだね。震えているの?」
当然の抱擁に、体を固くしたヴィヴィアンの耳元で、甘い囁きが落とされた。
全身がゾクリとざわつき、なんとか逃れようとヴィヴィアンが振り向くと、至近距離から切れ長の青い瞳が見下ろしていた。
突然現れたのは、見事な長い金髪を後ろで結い、勲章を沢山つけた白い軍服を着た美しい青年だった。
日の光を浴びて、金髪がきらめき、まるで青年自身が光を放っているような錯覚さえ覚える。
「な、なぜここに男性がいらっしゃるの? ここは男子禁制です!」
「おや。それは嬉しいお言葉だな」
震える声でヴィヴィアンが青年をたしなめると、青年は嬉しそうに目を細めた。
「ちょっと、あなた。失礼でしてよ!」
クロエがヴィヴィアンから腕を引きはがそうと、男の腕に手をかけるが、その感触に動きを止めた。
「勇ましいお嬢さんも、初めましてかな?」
クロエの手を払うと、青年はヴィヴィアンの手を持ち上げて軽くキスを落とした。
「まぁ! エドガー様!」
「エドガー様よ! 今年はそちらからご登場なさるだなんて……!」
「今日も素敵ですわ~!!」
この場の空気を引き裂くような、悲鳴にも似た歓声が上がり、エドガーと呼ばれた青年はあっという間にご婦人方に囲まれてしまった。
すぐに手を離されたが、ヴィヴィアンの心臓はうるさいほどに速くなっている。最近は心臓に悪いことが多くて困る。落ち着こうと胸に手を当て、何度か深呼吸すると、クロエが難しい顔をして人だかりを見ていることに気づいた。
「驚きましたわね、クロエ様。男子禁制と聞いておりましたのに、男性が現れるなんて――」
「あの方、女性ですわ」
「え?」
クロエがエドガーの腕に手をかけた時の感触が、男性のそれではなかったのだ。
そのため、相手の腕をひねり上げるのをなんとかこらえた。
「あの方がきっと、エセル嬢ですわ」
「……え!? そんな……まさか! だって、あんなに軍服もお似合いで、背も高くていらっしゃるわ。どこからどう見ても男性にしか見えませんけれど……」
「あの年代で、あんなに勲章をもらっている者などおりません。それに、いくら服でごまかせても、腕の細さや柔らかさはごまかせませんわ」
「本当に? エセル様!?」
ヴィヴィアンがポカンと口を開け、エドガーを見る。
ご婦人方に囲まれてもなお、頭ひとつ高いエドガーが、まさか女性だとは思えなかった。
すると、ふたりの声が聞こえたのだろうか。エドガーはおもむろに振り返ると、ニヤリと笑った。
「ここにいるのはエセルではない。エドガーだよ」
ふたりに向かって意味深なウインクをすると、群がるご婦人のお相手に戻る。
「……聞きまして?」
「……は、はい……」
調査対象のエセル・ロンズデール伯爵令嬢は、まさかの、男装趣味をお持ちだった。
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