第11話小旅行
クロエに会うのは、ダルトン伯爵領にある湖畔の別邸で、ということになった。
社交シーズンの最中、夏の暑さの厳しい時期になると、仲の良い友人同士や恋人と泊まりがけで避暑に出掛けるのが、最近の流行りなのだそうだ。
何日もかけて荷造りをして、大変な思いをして王都までやってきておきながら、暑くなったからと避暑に出向く。なんとも面倒な流行りだと思う。
(まあ……私は自分で荷造りしなきゃいけないから、そう思うのかしら)
世の貴族の方々はきっと、アレコレと指示をするだけで、移動の当日すら荷物を持つことなく目的地に着いているのだろう。
(いや、メイドも連れて行くのかしら?)
勿論、ヴィヴィアンはひとりでの参加だ。
カーラはひとりでヴィヴィアンを行かせることに、最後まで気にしていたが、カーラはヴィヴィアン専属ではないため、同行することはできない。
それに、ヴィヴィアンとしても計画を知られてしまうため、連れて行くことはできないのだ。
決まってしまったものは仕方がない。ヴィヴィアンは王都へやって来た時に使った旅行用トランクを引っ張り出すと、荷造りを始めた。
ダルトン伯爵領は、王都からほど近い場所にある。朝早く出発すると、その日の午後には着くため、三泊四日という日程が組まれた。アンブラー男爵家で出掛けるのはヴィヴィアンだけということもあり、カーラも荷造りを手伝ってくれた。
「それにしても、お嬢様のワードローブは、とても華やかになりましたね」
カーラが次々とドレスを出し、うっとりと眺めた。
「そうねぇ……。果たしてこんなに必要なのかしら?」
元々手持ちのドレスが少なかったヴィヴィアンだが、それさえも作る段階で、無難でどの季節にも対応できる色とデザインを基準に選んだため、地味な色が多かった。唯一色鮮やかなドレスが、ヴァルキリー侯爵家の夜会に来て行った深い青のドレスだが、とてもではないが小柄で地味顔のヴィヴィアンには似合わなかった。
計画の一環として、レイモンドからドレスをプレゼントされることになったわけだが、それがどんどん届くのだ。ヴァルキリー侯爵夫人のお茶会前に、三着届き、それだけでも多いと感じたのだが、次の週には更に三着届いた。色も、ピンクに水色、黄色、紫など多彩だ。それらはすべて淡い色合いで、ヴィヴィアンの清楚な雰囲気によく似合う。
「わたくし、ヴィヴィアンお嬢様は、このような淡い色調がお似合いだと思っておりましたのよ」
「そう? ――自分ではよくわからないわ」
知っていたところで、ドレスなどそう頻繁に買えるものではない。
「お嬢様。こちらは……? まあ、普段着用ですのね。湖畔に行かれるのですから、動きやすいお洋服も必要ですわよね。レイモンド様は、本当によく気がつく方なのですね。やはり、今年こそいい出会いがあると申しましたでしょう?」
カーラが声を弾ませる。彼女はレイモンドとの出会いの本当の理由を知らない。知っている者は少ない方がいいと言われているので、カーラの喜びようを見るたびに心が痛む。
ヴィヴィアンはそんなカーラに、曖昧な微笑みを返した。
※ ※ ※
ダルトン伯爵領は、王都に対してやや北部にある。そのため、避暑とはいえ、気温差はあまり変わらない。それでも、大きな湖と、それを取り囲む広大な森のおかげで、随分と涼しく感じられた。
「とても良いところでしょう?」
「ええ」
広いテラスに立ち、湖のうえを吹き抜ける涼しい風に当たっていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには艷やかな黒髪と、豊かな胸を持つ美女が立っていた。ヴァルキリー侯爵家の夜会で、エドワードと一緒にいた女性だった。
まるで、この別邸の女主人のような発言に、ヴィヴィアンは戸惑った。
「クロエ様は、こちらにお越しになったことがあるのですか?」
「ええ。こちらの国に参りました時は、こちらのお屋敷のお世話になりましたの。色々大変なこともございましたが、この景色に随分と救われましたのよ」
「そう、なんですか。あの……それは、エドワード様とご一緒に……ですか?」
つい気になってそう尋ねると、それまで笑顔だったクロエの顔に苦悶の表情が浮かんだ。まるでこの世のすべてを憎み苦しんでいるようなその表情に、ヴィヴィアンは慌てて否定した。
「違うんです! ごめんなさい。私ったらそんな俗っぽいことを……。辛かった時のことを思い出させてしまいましたよね? 本当にごめんなさい」
「いえ……。いいんです。エドワード様は邸宅の方におりますの。わたくしとしても、彼のお義父様がご病気でいらっしゃるので、あまり刺激を与えたくないのです」
「まあ……、お優しいのですね」
クロエが控えめな笑顔を見せた。
派手な見た目とは違い、クロエはとても謙虚で優しい女性のようだ。そんな女性が短剣の名手と言われるまでになったのだ。先ほどの表情といい、人質としての生活は辛かったことだろう。そして、やっと解放されてもクロエには戻る国がなかった。途方に暮れるクロエがやっと掴んだ幸せが、この国にあったのだ。
(泣ける……! 泣けるわ……! なんて悲しくも美しい物語なんでしょう……!)
クロエは、誰よりも幸せにならなければならない。
祖国がなくなった今、元王女とはいえ、この国での高待遇は望めない。エドワードもきっと、その覚悟で連れてきたのだろう。
「えっ? ヴィヴィアン様……!? な、なぜ泣いてらっしゃるの?」
クロエがギョッと目を丸くする。
ヴィヴィアンは涙をポロポロと流していた。
こんなにひたむきに生きてきた人に、守られるだけなんて、恥ずかしい。ヴィヴィアンは決意を込めて、クロエの手をギュッと握った。
「わたくし、応援いたします!」
「えっ?」
「わたくしには何の力もございませんけれど……! でも、この国の貴族です。あなたに守られるだけなんて、嫌です。わたくしにもあなたを守らせてください!」
「はぁ? え、あのぅ……」
「ね? まずはお友達になりましょう!」
「え、ええ……。でもまずはあの……わたくしに守らせてください」
複雑な表情で、クロエがヴィヴィアンを見ている。
「あの……、ヴィヴィアン様。どうか、余計なことはなさらないでね?」
「はいっ! 頑張りましょうね!」
一体、ヴィヴィアンの頭の中でなにが起こったのか……。
不安に思いながらも、クロエは力なくヴィヴィアンの手を握り返した。
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