第9話いざ、お茶会へ

 お茶会の日は、雲ひとつない、抜けるような青空だった。

 ヴァルキリー侯爵家に向かう馬車の中、ヴィヴィアンはエドワードから渡されたメモを読んでいた。

 そこには、今日のお茶会に参加する予定の人物が記されていた。名前を見る限り、それは錚々たるメンバーだった。公爵夫人に、伯爵令嬢――ヴィヴィアンにとっては、顔と名前を知っているだけの有名人ばかりだ。果たして、こんな中に放り込まれて、きちんと立ち回ることができるのだろうか。ヴィヴィアンの中に不安が渦巻く。

 唯一の救いは、親友であるリネットが参加者の中に、名を連ねていることだろうか。


「リネット……久しぶりだわ。元気かしら」


 親友のリネット・オルグレンは、婚約者と結婚してアンバー伯爵夫人となっている。いつもなら、社交シーズンが始まるとすぐに連絡を取り合うのだが、今年はお互いの環境が変わり、なかなか会えずにいたのだ。


「お嬢様。到着いたしました」

「あ、ポール。ありがとう。じゃあ、帰りもお願いね」

「はい。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 御者のポールの手を借りてヴィヴィアンが馬車を降りると、その場にいた全員の目が向けられた。


「あの方……」

「ほら、レイモンド様の……」

「まあ。もっと野暮ったい方だと聞いておりましたのに」


 皆、口ぐちに好きなことを言っている。


(気にしちゃダメ。気にしちゃダメ)


 ヴィヴィアンは心の中でそう唱えると、ぐっと顎を引いてまっすぐ前を向いて一歩を踏み出した。

 エドワードから届いた淡いブルーのドレスは、身体にピッタリで、驚くほど軽い。ヴィヴィアンの動きに合わせ、サラサラと揺れ、裾にあしらわれた銀糸の刺繍がキラキラと日の光に輝いた。


「まぁ……。なんて素敵なんでしょう」


 ほぅ、とため息をつきながら、ひとりのご婦人が呟く。すると、その声は徐々に広まっていく。中には、笑顔でヴィヴィアンに話しかけ、歓迎の姿勢を見せる者まで現れた。


(堂々と。堂々とするのよ、ヴィヴィアン)


 自分にそう言い聞かせ、笑顔で対応していると、自分を射抜くかのような鋭い視線に出会った。

 その視線の持ち主は、燃えるような赤毛の少女だった。

 濃い睫毛に縁どられた緑色の瞳が、挑戦的な光をたたえてヴィヴィアンを見ている。そして、ヴィヴィアンと目が合うと、まるで品定めでもするように全身を見た。


(なんだか……嫌な視線)


 彼女が、エドワードから聞いていたソフィア・リルバーン伯爵令嬢だろう。

 ソフィアは、ヴァルキリー侯爵夫人の実妹の娘――つまり、姪にあたる。

 彼女は三人兄妹の末っ子で、家族に甘やかされ、我儘に育ったらしい。身分の高い貴族に見初められ、侯爵夫人となったヴァルキリー侯爵夫人を憧れており、レイモンドの婚約者の座を狙っている。勿論、ヴァルキリー侯爵夫人の口添えで、レイモンドとの顔合わせは済んでいる。他の令嬢に比べると、一歩リードといったところだろうか。

 そんな彼女だから、相手に優位に立たれることを嫌う。

 ヴィヴィアンは、ニッコリと微笑むと、軽く首を傾げた。するとソフィアは眉根を寄せ、視線を逸らしてしまった。無理矢理笑顔を作ったため、口の端はヒクヒクと引きつっていたが、それはバレなかったようだった。

 挨拶をしながら、ヴィヴィアンは頼みのリネットを探したが、いくら見渡してもリネットの姿がない。


(遅れてるのかしら……)


 ふとそう思ったが、すぐに打ち消した。

 リネットが目上のヴァルキリー侯爵夫人を待たせるなど、そんな失礼なことをするはずがない。

 すると、後ろから声をかけられた。


「まぁ! ヴィヴィアン。よく来てくださったわ!」

「ヴァルキリー侯爵夫人。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

「堅苦しいのは無しよ。今日は親しい方々しかお呼びしていないの。ほとんどの方がわたくしと同年代ですから、つい堅くなってしまうかもしれないけれど、そんなことはないわ。とても楽しい方々よ。あなたのことも歓迎しているわ。ぜひ紹介して欲しいと、わたくしもせっつかれているのよ。さ、参りましょう」


 一気にそうまくし立てると、ヴァルキリー侯爵夫人はヴィヴィアンを案内しようとした。


「あの、リネット……ええと、アンバー伯爵夫人はいらっしゃらないのですか?」


 すると、ヴァルキリー侯爵夫人がニヤリと笑った。


「まあ、あなたアンバー伯爵夫人と親しいの? 実はご招待していたのだけれど、直前になって欠席のお申し出があったのよ。どうやら体調を崩してらっしゃるようなのだけれど――わたくしの推理では、きっと、オメデタではないかと思うの!」

「え! そ、そうなのですか?」

「まぁ!リネット様が?」

「それは素晴らしいですわね! 男の子かしら? 女の子かしら?」

「あら、あなた。それは気が早くてよ」

「皆さん、聞き耳を立ててらっしゃったのね。お茶を飲みながらお話しようと考えておりましたのに」


 さすがはおしゃべりオウム。

 リネットの話はすぐに広まり、場は一気に明るくなった。ただひとりを除いては。

 ソフィアはリネットの話には興味が無いようで、ニコリともせずにふてくされたような顔をしている。だが、周りの人々はそんなソフィアを気にすることなく、たくさんのフルーツやお菓子が並んだテーブルについた。


「では、お茶会ではヴィヴィアンのお話を聞きましょうね」


 どうやら、覚悟を決めなければならないようだった。

 席につく前に、挨拶をするべく、ヴィヴィアンはピンと背筋を伸ばした。

 幾重にもかさなった薄い生地のスカートを軽くつまんで、軽やかに腰を落とすと、また銀糸が輝き、人々の視線を奪った。


「ヴィヴィアン。本当に来てくださって嬉しいわ。それにまぁ、なんて見事なドレスでしょう。華奢で清楚なあなたにピッタリ! どなたのお見立てかしら?」


 まるで、はじめからレイモンドの贈り物だと知っているような含みを持たせ、侯爵夫人が聞く。その質問に、周囲にいた人物は興味津々でヴィヴィアンの返事を待った。それに対してヴィヴィアンは、恥ずかしそうに俯いて、ただ微笑む。それだけで、充分だった。


「レイモンド様は、とてもセンスがおありね! それに、ヴィヴィアン。あなたにとってもお似合い! レイモンド様はあなたに夢中なのね!」


 大げさに褒めるヴァルキリー侯爵夫人の言葉に、ヴィヴィアンはただただ、「イエ、そんな」「恥ずかしいデスワ」と言っているだけで、まんまと周囲はレイモンドとヴィヴィアンの仲を信じた。

 それは、ソフィアもそうだった。

 離れた席で笑顔も見せず、ただヴィヴィアンをじっと見ている。こちらを気にしているようではあるが、決して近寄ろうとはしないその様子は、少し薄気味悪ささえ感じるほどだった。


 エドワードの指示で、レイモンドに関する質問に対しては、曖昧に笑って恥ずかしそうに俯くようにとだけ、言われていた。確信を話すことなく、曖昧な言葉だけを残し、恥ずかしそうに微笑む。果たして、こんなことでこのお茶会が乗り切れるのだろうか……そうヴィヴィアンは不安に思っていたのだが、本当にそのままお茶会はお開きとなった。

 内心驚いているヴィヴィアンに、次々と声がかけられる。


「とても有意義な時間でしたわ」

「控えめで素敵な方でいらっしゃるのね。お近づきになれて嬉しく思いますわ」

「レイモンド様とのこと、わたくし、応援していましてよ」

「また今度お目にかかれる日を、楽しみにしておりますわね」


 ヴィヴィアンとしては、有意義な会話などしたつもりも、お近づきになったつもりもないのだが、彼女たちはそれで満足そうだった。そして、なによりも不思議なのはソフィアだった。

 今回のエドワードたちのターゲットはソフィアだと聞かされていた。彼女がどんな人物なのか、レイモンドの恋人が目の前に現れたら、どんな態度をとるのか。それを確認するために、ヴィヴィアンはこのお茶会にやって来たのだが、当のソフィアが近寄ってこないのでは仕方がない。


(これは……無反応だったと報告すべきなのかしら……)


 迷った挙句、ヴィヴィアンは自分からソフィアに近づいてみることにした。

 無反応のわりには、鋭い目つきで睨み付けていたことが気になる。レイモンドに憧れているのであれば、恋人(偽)のヴィヴィアンに対して、何か思うことはあるはずだ。

 少し足早に歩いてソフィアに声をかける。


「ごきげんよう」

「……ごきげんよう」


 特に驚いた様子もなく、ソフィアは素直に挨拶を返した。


「あまりお話ができず、残念ですわ」

「……そうですか? 色々な方とお話なさっていたようですが」

「え? え、ええ……。そうですわね。でも、同じ年代の方ともお話したかったのですわ」

「……そうですわね」


 これは、本当に無関心なだけなのだろうか? 目つきも、いつも鋭い方なのかもしれない。それほどに、ソフィアは身構えることなく、返事を返してくれた。


(ソフィア様は問題ないと報告してもいいのではないかしら)


 結果に満足し、帰ろうとしたヴィヴィアンは、迎えの馬車が来ていないことに気が付いた。

 屋敷の時計を見ても、約束の時間はとうに過ぎている。

 他の招待客は、次々と馬車に乗り、帰って行く。ヴィヴィアンがどうしようかと困っていると、話しかけてきたのはソフィアだった。


「お帰りにならないのですか?」

「迎えの馬車がまだ来ていないのです」


 すると、少し試案した後、こう切り出した。


「わたくしの馬車でお送りしましょうか?」


 その言葉に、ヴィヴィアンが目を見開く。


(こ、これは……! 今? 今なのかしら!?)


 この申し出が、親切心なのか、それともお茶会は人目があるからとあえて近づかなかっただけで、これからふたりきりになるためのものなのか……ヴィヴィアンには判断できなかった。

 答えあぐねていると、意外にもソフィアはすぐに引き下がった。


「出過ぎた真似をしてしまいましたわ。申し訳ありません」

「い、いいえ! 違うのです。わたくしの屋敷は郊外にございまして……かえってご迷惑をかけてしまうのではないかと、そう思ったのでございますわ」


 やはり、純粋な好意からの申し出だったのだ。疑ってしまって、ヴィヴィアンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが正直、ふたりきりになるのは怖い。すると、そんなふたりのやり取りを見ていたヴァルキリー侯爵夫人が、馬車を貸すと申し出てくれた。


「迎えが来ないのであれば、僕が送りましょう」


 声がする方を向くと、そこにはなんとレイモンドが立っていた。


「まぁ! レイモンド様! なぜこちらへ?」


 ヴァルキリー侯爵夫人も知らなかったのか、驚いたような声を上げる。

 よく通るその声に周りも振り向き、ざわめき出した。


「レイモンド様よ!」

「どうなさったのかしら」

「ほら、ヴィヴィアン様に会いにいらしたんじゃない?」


 その声が聞こえているのかいないのか、レイモンドは周りに聞こえるような大きな声で話し始めた。


「僕がどんなに会いたいと言っても、なかなかそれは叶わない。そんな時、こちらのお茶会に参加されると聞いたのです。突然の訪問を侯爵夫人は良くお思いにならないかもしれませんが……こうして来てしまいました」


 勿論、ヴィヴィアンが屋敷でのんびり過ごしている間、レイモンドから会いたいなど連絡をもらったことはない。だが、まるでレイモンドが一方的に熱を上げているようなこの発言は、噂好きのご婦人たちにはたまらないようで、あちこちで歓声があがった。

 そんな状況も意に介した様子もなく、レイモンドは続ける。


「ドレス……受け取ってくださったのですね。僕が思い描いていた通りです。とてもよくお似合いだ。――願わくば、そのお姿を一番に見るのは、僕でありたかった」


 公衆の面前でこんな風に迫られ、意識しない女性がいるだろうか。ヴィヴィアンもまた、お芝居と知りつつ、どんどん顔に熱が集中していくのがわかった。

 真っ赤になり、恥ずかしさでなにも話すことができないヴィヴィアンに気づき、ヴァルキリー侯爵夫人が助け舟を出した。


「レイモンド様の熱心さに、わたくし今回は身を引きますわ。ヴィヴィアン。レイモンド様の願いを叶えてさしあげて」

「願い、ですか?」

「僕の馬車で、送らせてくださいますか?」


 熱のこもった視線を向け、レイモンドが手を差し伸べる。

 こんな展開は、今回のシナリオになかったはずだ。

 だが、偽物とはいえ、ヴィヴィアンはレイモンドに思われている幸運な令嬢だ。この役を演じなければならない。

 ヴィヴィアンは戸惑いながらも、自分の手を預ける。

 その様子を、ソフィアがじっと見ていた。


「ごめんね、突然。どうしても君に会いたくて」


 馬車が出発してからも、まるで恋する男そのもののように演技を続けるレイモンドに、ヴィヴィアンは困ったように首を傾げた。


「……驚きました。エドワード様が計画を変更されたのですか?」


 すると、それまで微笑んていたレイモンドが、突然真顔になった。


「エドワードが? どうしてそう思うの?」

「どうして……ええと、あの場面で登場なさったのは、とても効果的とお考えになったのかと……。でも大丈夫ですわ。ソフィア様はきちんとした方で――」

「僕がいるのに、エドワードの話をするの?」

「えっ?」


 その時になって、レイモンドが怒っているということにヴィヴィアンはようやく気がついた。


「あの……私は……ただ……」

「僕はただ、ここに来れば君に会えると知ったから、来たんだ。エドワードは関係ない。ふたりきりの時は――他の男の名は出さないで」


 ヴィヴィアンはなんと返事をしたらいいのかわからず、ガタガタと揺れる馬車にじっと身を預けていた。

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