第15話 武王ゴ・ギン戦
ゴ・ギンの登場に、観客席が静まりかえる。
場内でアナウンスが響く。イチゴウとゴ・ギンの試合が告げられると、爆破を想像させる巨大な音の塊が闘技場を揺らした。すべてが、歓声なのだ。
無骨な部分鎧に、厳しい棍棒を持った武王ゴ・ギンがゆっくりと歩いてくる。その一歩一歩に、観客の声援が載っているかのようだ。
イチゴウの前で止まった。
「武器は?」
ゴ・ギンを見た瞬間に、イチゴウは人間ではないと看破した。体のサイズが、人間とは明らかに違う。巨妖精トロール族だ。顔もヘルムで隠れているが、脱げばトロール族の醜い顔が現れるだろう。
「これだ。不服か?」
イチゴウはねじくれた杖を持ち上げる。
「いや。得意な武器はそれぞれだ。だが……どうして俺に挑む? お前は、いままでに俺が倒した戦士の中で、一番弱そうだ。俺は、強くなりたい。強くなるために、強いやつと戦いたい。お前のような奴が、どうして挑む?」
「私が弱いと決めつける段階で、お前が強くないのはわかるな。本当の強者と戦ったことがないのだろう」
「……そうか。では、手加減はしない」
「当然だ」
鐘が鳴らされた。同時に、ゴ・ギンが動いた。トロール族しか扱えないだろうと思われる巨大な棍棒が振り下ろされる。
イチゴウは、頭上でその棍棒を受けた。ねじくれた杖を振り上げ、棍棒を止めた。
観客は、武王の圧倒的な勝利を確信していたに違いない。嫌われ者のエルヤー・ウズルスを倒したイチゴウを応援はしても、武王に勝てると思っていた者はいないだろう。
そのイチゴウが、細い女性の外見にもかかわらず、武王の棍棒を受けとめたことに、観客が湧いた。これまで、武王の棍棒を避ける者はいても、受け止めた者などいなかったのだ。
武王が棍棒を引く。突然の圧力消滅に、イチゴウがバランスを崩す。
引いた棍棒が、真横から迫る。イチゴウはバランスを崩したままだった。
真横から突風のような強い衝撃を受け、イチゴウの体が宙を舞った。
まるで木の葉のようにイチゴウの体は舞い上がり、錐揉みして観客席に落下した。
イチゴウの体は、乾燥しているために非常に軽いのだ。
『イチゴウさん、大丈夫?』
イチゴウの頭の中で、シャリアが心配そうに尋ねる。いままでに溜めていたシャリアの眷属も、すでに外に出してしまった。再び集めることもできるが、その時間はないだろう。
「ああ。問題ない」
イチゴウが体を起こすと、周囲から悲鳴が上がった。
「お、おい。大丈夫か? 武王の姿が見られただけで、俺たちは満足だ。無理はするなよ」
「ど、どんな借金があるのか知らないが、死んじまうぜ」
「すげぇ、生きている」
観客たちの勝手な声を聞きながら、イチゴウは観客席を飛び降りた。闘技場に舞い戻る。
はるか先で、ゴ・ギンが棍棒を構えている。イチゴウは、ねじくれた杖をしっかりと握った。
走り出す。
『イチゴウさん、無茶よ』
「心配ない。ただの打撃だ。やられはしない」
打撃武器は、イチゴウのようなアンデッド系魔物にとっては、苦手としてる武器だった。だがエルダーリッチのような上位アンデッドにとって、恐るほどのものではない。
イチゴウが走り寄るのを待ち構えていたかのように、ゴ・ギンが棍棒を振るう。イチゴウは風に巻き上げられるかのように棍棒の一撃をかわし、踏み込んだ。
ねじくれた杖でゴ・ギンの胸を叩く。
はじき返された。
「効かん」
「そうかな?」
「なに?」
ただのハッタリである。イチゴウは、観客席に飛ばされただけで勝負がついたと思い込み、とどめを刺しにこなかったゴ・ギンの態度に腹を立てていた。
ゴ・ギンは、巨大な棍棒を片腕でも振り回せるらしい。片手を離し、懐に入り込んだイチゴウを、空いた腕で払いのける。
それだけで、イチゴウの体は宙を舞い、数メートルは飛ばされた。
地面に落ち、すぐに起きる。
目の前に棍棒が迫った。
イチゴウが下がる。ゴ・ギンの棍棒が土埃をあげた。
ねじくれた杖を手に、イチゴウは立ち上がる。
まっすぐに武王を睨みつける。武王は、動かなかった。
「私を愚弄するつもりか? どうして、攻撃をやめた?」
土煙で躊躇したわけではないことは、イチゴウにもわかっていた。追い討ちをかけられれば、イチゴウは終わっていたかもしれない。
「お前……どうして、魔法、使わない?」
「オスクと約束した。私は、お前には魔法を使用しない」
「お前こそ……本気を出していない。お前……弱い。魔法を使え。殺すぞ」
「……断る。約束は約束だ。魔法を使わなくても、アインズ・ウール・ゴウン様の配下である私に敗北はない」
イチゴウが至高なる御方の名前を出した瞬間、観客席で動いた者がいた。イチゴウはその動きを捉えていた。特等席の禿頭、フールーダ・パラダインに似ている。本人かもしれない。
「ならば、死ね!」
『シャリア』
「出番ね」
魔法を封じたイチゴウの武器は、主人であるアインズのスキルにより強化された、英雄の領域に踏み込んだステータスの高さに、身中に住み着いた協力者の存在である。
エルヤー・ウズルス戦で体外に出してしまったが、体外に出てる状態でも、シャリアであれば操れる。
再び振り下ろされた棍棒から逃れ、イチゴウの背中が闘技場の壁にぶつかる。
武王の体が黒く覆われた。鎧の表面に、シャリアの眷属が張り付いたのだ。鎧だけでなく、露出した肌に張り付き、鎧の中に潜り込む。
観客が、その正体に気づいた。一面にゴキブリを張り付かせた武王の姿に、悲鳴が上がる。
イチゴウは距離を詰めた。シャリアの眷属がはりつけば、動きを制約される。それを、スキル的な効果だと考えていたイチゴウは、武王に抵抗できるとは考えなかった。
だが、武王に慌てた様子は一切ない。踏み込んだイチゴウに対して、まるで打ちごろの球を待ち受けていた打者であるかのように、横薙ぎに振り上げた。
イチゴウの腹に、ゴ・ギンの棍棒が食い込む。
「ゴキブリを怖がるトロールはいない」
それが、イチゴウが聞いた最後の武王の言葉だった。
イチゴウが2度目の、錐揉み状態で空を舞う。
観客席に落ちた。
『もう、辞めて。本当に死んでしまうわ』
イチゴウの頭の中で、シャリアが叫ぶ。
「まだだ。シャリア、ナザリックの名誉にかけて、私は負けるわけにはいかないのだ」
「死ぬぞ。魔法を使わずに、武王には勝てまい」
立ち上がろうとしたイチゴウの前に、しわがれた姿が立ち塞がった。
「勝つ」
「そう、いきり立つこともあるまい。先ほどの戦いで、魔法の腕は見せてもらった。魔力が底をついたわけではあるまい。それでも魔法を使わないのは、別の理由があるとみえる。十分だ。私の弟子として、塔の出入りを認めよう」
イチゴウは、話しているしわがれた男に視線を向けた。フールーダ・パラダインだった。
「……では……目的は……果たした……か……」
「うむ。ここで死なすには惜しい。まずは、話してもらおう。闘技場で口にした、アインズ・ウール・ゴウンと、ナザリックについてな」
「……あれを……聞こえていたのか。私に塔の出入りを許すのは……捕虜としてか?」
「案ずるな。それだけではない」
フールーダはイチゴウの肩を叩き、闘技場の観客に向かって声を張り上げた。直前に魔法を使用するのがわかった。声を拡大させる魔法なのだろう。羨ましい。イチゴウが全く知らない魔法を使用する男に、素直にそう思った。
「この勝負、武王の勝利をこのフールーダ・パラダインが宣言する。ただし、対戦者イチゴウは、本来マジックャスターである。我が元で学び、再び武王と合間見えんことを約束しよう」
フールーダが宣言と、観客が一斉に歓声をあげた。武王の名を連呼し、一部ではイチゴウの健闘を褒め称えた。
「……私は……負けていない……」
『まあまあ、いいじゃありませんの。ナザリックの皆さん、誰も見ていませんもの』
シャリアは、イチゴウがこれ以上傷つかないことを知ってか、やや嬉しそうだった。逆に、イチゴウの心中は穏やかではない。
「見ていなくても……いずれ知ることになる」
『どうしてですの?』
「私が報告するからだ。私は、見聞きし、体験したことを全てアインズ様に報告する義務がある。この敗北だけを、どうして黙っていることができよう……私は……この敗北により、消滅するとになるやもしれん」
『……報告しなければいいじゃありませんか』
「……そうはいかん」
『真面目ねぇ』
「独り言が多い女だな。立つがいい。胸を張れ。これからは、この私の弟子になるのだから」
落ち込むイチゴウの前に、フールーダが手を差し伸べる。
イチゴウの自尊心に大きな傷をつけた男の手を、イチゴウは握らざるを得なかった。
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