第14話 エルヤー・ウズルス戦

 闘技場に、イチゴウの名を叫ぶ声が響き渡る。

 専属のアナウンサーだろう。きっと、帝国一の大声の持ち主だ。実に見事に、広い闘技場全体に響く。


 魔法を使用しているのかもしれない。今度フールーダに尋ねてみようか。

 イチゴウはそんなことを考えながら、闘技場に踏み出した。

 直前まで冒険者ギルドの受付に座っていたので武装はしていないが、興行主のオルトの計らいで、皮鎧を身につけていた。武器は剣を腰に下げさせられたが、本来の武器であるねじくれた杖は変えるつもりがなかった。


 イチゴウが鉄級冒険者だと紹介されると、闘技場の観客席からブーイングが起きた。どうやら鉄級冒険者というのは、弱いという印象のようである。

 対して闘技場の反対側から、細面で整った顔立ちをした若者が現れた。


 ワーカーだったはずだが、ただチーム名のみ、天武という名とエルヤー・ウズルスという名前が呼ばれ、イチゴウの3倍はあろうかという大ブーイングが巻き起こる。どうやら、強さとは関係なく、嫌われているようである。

 ならば、イチゴウに対するブーイングは、エルヤー・ウズルスに勝てないだろうという観客の失望からきたものだろう。


「エルヤーに、女を与えるな!」

「女を殺させろ! 女、化けて出てやれ!」

「ねーちゃん、負けるな!」


 観客から、様々な怒号にも似た声援が届く。


「私が応援されているのか……あの人間が嫌われているのか……」

『両方ですわ』


 頭の中でシャリアが答える。そうかもしれないと思いながら、イチゴウは闘技場の中を進む。

 エルヤーも中央に出てきた。


 闘技場の造りは、円形だ。大きなすり鉢の底といった場所で戦う者を、すり鉢の壁面から多くの観客が観戦し、殺し合いを見て勝手に盛り上がるのだ。

 高い場所に貴賓席もあり、帝国の皇帝が観戦に来ることもあるという。


 今日は貴賓席に招かれた者はいないようだが、そのすぐ近くに、見知った一団がいるのがわかった。フールーダ・パラダインとその弟子たちである。

 イチゴウは、フールーダに向かって一礼をした。顔を上げると、エルヤー・ウズルスが怪訝そうに首をかしげた。


「今日は、観覧試合ではなかったはずですがね」

「そうだろうな。お前のような不人気な奴、観覧試合に出すはずがない」


 観覧試合についてイチゴウは全く知らなかったが、イチゴウの態度を見てからの発言だとすれば、皇帝が観戦する試合のことだろうイチゴウは判断して、勝手なことを言ってみた。どうやら、図星だったようだ。


「その減らず口、すぐに命乞いにして差し上げますよ」


 相変わらず口調だけは丁寧だが、態度が全てを裏切っている。腰の剣に手を掛け、エルヤー・ウズルスは身構えた。開始の合図を待っているのだろう。


「命などいらんよ。私が欲しいのは、至高なる御方に役立つことだけだ……その結果、塔の支配者になれればそれ以上求めることもない」

「おかしなことを……」

「両者、始め!」


 アナウンサーの大声と同時に鐘が鳴る。

 同時にエルヤー・ウズルスの剣が走る。イチゴウがねじくれた杖で止めた。


「……チッ、一撃で動きを止めるつもりでしたが……」


 剣と杖が交錯し、2人の動きが止まる。エルヤーは、明らかにイチゴウの足を狙っていた。足を破壊し、動きを封じようとしたのだろう。


 イチゴウに剣術の心得はない。エルヤーの動きを察知し、剣を止めることができたのは、単純にレベル補正の差である。人間であれば英雄の領域に踏み込んでいるマジックキャスターのイチゴウは、近接戦闘の専門職であろうと、低レベルの相手に簡単には負けないのだ。


「〈ライトニング〉」

「何!」


 イチゴウが、至近距離から電気による衝撃を発する。

 もともと〈ライトニング〉は避けることが難しい魔法である。至近距離で避けられるはずもなく、エルヤー・ウズルスは体を貫かれてもんどりうった。

 観客が歓声を上げる。至近距離であったため、イチゴウが放った電撃は見えなかったはずだ。


「お、お前……魔法は使わないと……」

「死なないか。しぶといな。魔法を使わないと言ったのは、武王に対してだ。お前に対してまで、使わないと言った覚えはない。お前も、魔法を使っていいと言っていたのを覚えているが?」


「……くっ……まさか、第三位階の魔法を……しかし……こんなことで……」

「そんなことを言っていていいのか? 私は、お前を殺さない理由はないぞ〈ファイヤーボール〉」


 イチゴウが放った火球を、エルヤーが地面を転がってかわす。


「〈ファイヤーボール〉」

「縮地・改」


 地面に当たって火の玉が炸裂する。エルヤーが消えた。イチゴウの目には捉えきれない速さで移動したのだ。


「おしまいです。その程度ですか」


 エルヤーの持つ剣が、イチゴウの胸に刺さり、背中に抜けていた。


「ああ……私は、この程度だ。だが、まだ終わりではない」

「……お前!」


 エルヤーは、突き刺した剣を抜こうとした。その剣の腹を、イチゴウはつかんだ。

 片手でエルヤーの剣を掴み、片手でねじくれた杖を振りかざす。

 エルヤーの頭を殴った。


 魔法でも、シャリアの眷属を使用するでもなく。ただ殴った。

 至近距離で魔法を放てば、すぐに終わったかもしない。シャリアの眷属を放てば、全身を食われたかもしれない。

 だが、イチゴウは殴った。


 武器を手放すことを忌避したのか、エルヤーは剣から手を離さなかった。

 さらにイチゴウは殴る。


「ちょ、ちょっと……能力強化!」


 突然エルヤーの力が強くなり、強引に剣を引き抜く。

 その間に、エルヤーの頭はイチゴウに殴られて血だらけになっている。


「くっ……この屈辱、忘れませんよ」

「〈ライトニング〉」


 エルヤーの体が跳ねる。地面に転がる。すぐに起きた。


「縮地・改」


 またもやイチゴウは、エルヤーの姿を見失う。


『右ですわ』


 イチゴウの頭に声が響く。

 イチゴウが右手の杖を振りあげると、ねじくれた杖に、エルヤーの振り下ろした剣が食い込んだ。


「ちっ、反応しましたか……しかも……傷も直したようですね」


 イチゴウは、胸を貫かれた。イチゴウはアンデッドであるから、痛くもないし血も出ない。だが、胸には穴が空いている。それは治っていない。傷だけられたのは、イチゴウではなく着ているイチゴウの皮であったが。


「さっきのは見事だった。能力強化と言ったな。あれも、武技というものか?」

「ええ。卑怯とは言わせませんよ。あなたも魔法を使っているのですから」


「言わないよ。至高の御方に報告する事項が一つ増えた。感謝している」

「余裕ですね。いつまでその余裕が続きますか、試してあげますよ」


 エルヤーは、今度は真っ直ぐに飛びかかってきた。踏み込みと同時に剣を振り下ろす。

 イチゴウは後退した。だが、その、エルヤーの剣で切り裂かれた者がいた。

 黒い影が四散する。人型をとっていたのが、崩れ、散った。


「シャリア、大丈夫かい?」

『もちろんですわ。私は、ここですもの』


 シャリアの声は小さい。イチゴウでも、シャリアが頭蓋骨から離れると、声を聞くことができなくなる。シャリアは中にいる。

 切られたのは、眷属だ。


 真っぷたつにされたのは、シャリアの眷属の群である。イチゴウの体内にいた大量の黒い集団が、一切に飛び出し、イチゴウの影となった。


「なっ! ゴ、ゴキブリ……」


 四散し、散ったゴキブリたちは、シャリアの誘導を受けてエルヤーに殺到する。

 エルヤー・ウズルスは、悲鳴をあげながら剣を振り回する。


「〈ファイヤーボール〉」


 イチゴウの得意とする魔法が放たれ、大量のゴキブリに気をとられていたワーカー『天武』のエルヤー・ウズルスは、火球の直撃を受けて吹き飛んだ。

 ごろごろと転がり、イチゴウが頭を踏みつける。

 エルヤーは起き上がってこなかった。


 イチゴウの勝利が宣言され、観客がイチゴウの名を連呼した。

 もちろん、観客たちはイチゴウが大量のゴキブリを体内から出したとは気づいていない。

 マジックキャスターが闘技場で嫌われているのは、フライを使用して安全な距離から魔法を落とすという戦法に対してである。


 イチゴウは剣に対して真っ向から魔法でも立ち向かい、何より、エルヤー・ウズルスが嫌われていたことも功を奏して、観客はイチゴウの名を連呼したのである。

 エルヤーが運ばれていき、イチゴウがその場に残った。


 イチゴウには、次の戦いが待っている。

 別の扉が開いた。

 武王ゴ・ギンが姿を現した。

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