幕間4 処遇を決めるのは彼女である

「お、おのれぇ! 我が一族の野望はこの程度で潰えはすみませんごめんなさい乱暴はやめて」


 二千条が心底から蔑んだ目で尻を何度も蹴り上げる。慣れた様子で連行する警察官らも、同じ顔で特に咎めもしなかった。

 やがて城外茨門じょうがいじもんを乗せたパトカーが発進する。パトランプが夕陽に溶けてゆくのを無表情で見送ったのち、皆一様に溜息を吐いた。


「さて、この後どうするっすか?」

「旅館に戻るニャ。そろそろ自由行動も終わりだしニャ」

「問題は椎踏さんだね。華麗に帰還、とはいかないかな」


 その場の全員の視線が注がれる中、椎踏乙女は手近な壁に持たれ掛けたまま俯いて何の反応も寄越さない。


 警察には椎踏も共犯者だと再三説明したのだが、ぴくりとすら動かない人形も同然の有様を一見して『高度な知性を有した自律稼働アンドロイド』だなどと信じて貰える筈もなく。

「そのガラクタは君たちの物なのか? じゃあ自分たちで持ち帰りなさい」と、椎踏からすればこの上なく傷付くであろう一言とともに処遇を任されてしまったのである。


 ひとまず連絡しておいた芽魁尻めかいじりが合流してくるまでは如何ともし難いのだが、何しろ掌子ら一行にとって憂鬱なのは、志文と東原が漂わす空気である。

 二人の間に流れる、決して険悪とまではなくとも気まずい空気。そこに巻き込まれた側の居心地の悪さといったらない。


「えーっと……まぁ、アレっすね。私の師匠、結局何してたんすかね。最後まで出てこなかったし」


 沈黙に耐えかねて掌子が話題を切り出す。

 確かに弔羊寺元寧ちょうようじもとねもこの件で動いていたらしいが、結果的に現場へ顔を出すことはなかった。掌子が知らなければ二千条や千宮、まして流々たちが知る由もない――――のだが。


「ちっすー。弟子が一丁前に愚痴ってる系?」


 これといって勿体ぶることもなく唐突に、いつの間にか弔羊寺は会話に乱入していた。

その背丈は場にいる誰よりも小さく、しかして瞳は宝石のように大きく、よく出来た人形かとすら見紛う。


「つぅかー、地味にチョー活躍してたし? 失敗した時の為に貴船神社の呪詛を封じてたわけだしぃ。サボってた的な言い草あり得なくなーい?」

「あっさーせん! すんません師匠!」


 耳を突くような高い声、顔つきも幼い。小学五年生ほどか。しかし立ち居振る舞いにはどこかすれて垢抜けた雰囲気が拭えず、見た目と内面のちぐはぐさが半ば滑稽ですらあった。


 しかしそんな彼女の意地の悪い小足蹴りに平伏させられている掌子の姿を見れば、とりあえず相当な人物であるらしいことだけは判る。


「そないなことや思とったけど。大留はんと顔見知りなら、元寧はんが仲裁してくれはったら早かったんちゃう?」


 憮然たる面持ちを隠そうともせず二千条が突っ掛かる。

 指摘を受けた弔羊寺は僅かに答えに逡巡したようだが、結局目を逸らして口笛を吹くという、この上なく雑な形ではぐらかした。おそらく面倒臭かったのだろう。


「ま、ぐれちゃんの話は置いといてー。しふみん地味におひさっす〜」


「……久しぶりね。すこし背が伸びたんじゃないかしら。無精な性格は相変わらずのようだけど」


「ガキ扱いすんなっつーの。てゆーか、しふみんがロボをちゃんと見てなかったのが発端だし? 元寧に責任とかそーゆーの無いし?」


「それは……そうね」


「てゆーか、ロボが馬鹿みたいな執着したまんま突っ走ってんのもちゃんと察しとけって話〜。それで都合悪いことしたら即ぶっ壊しとかマジ何様って感じだし。地味子ちゃんもそりゃキレるよね〜」


 ひどく遠慮のない指摘がめずらしく志文を口ごもらせ、あまつさえ椎踏や東原にまで流れ弾を喰らわせる。他の面々もその問題を掘り返しては欲しくないのだが。

 率直といえば聞こえは良かれど、たんなる無神経と紙一重。それが弔羊寺元寧という少女だ。


 彼女を除くその場の全員が押し黙ったのを受けてもなお舌は止まらない。


「っつーわけで、このロボ子、うちで預かるから」


 そんな調子なので一瞬、誰もがその一言を流しかけた。


「「「……はぁ⁉」」」


 誰もが裏返った声を上げるなか、志文と椎踏だけは努めて無言を保っている。一連の顛末を経て、皮肉にも彼女らは全く同じ考えに至っていた。

 第三者が始末をつけてくれるのなら、それが何であってもいい。とにかく黙考する時間が欲しい、と。




 暗黒の空を掻き散らかすような星々の煌めきが、不思議と目に痛く思えた。そう思えるだけの情緒がこの身にも宿っていることに驚いた。

 特注だったオリジナルパーツに比べるとあまりに軽く、か細く、頼りない新たな掌で星光の集中砲火を遮る。

 腕に続いて脚の交換を進める芽魁尻めかいじりは一言も口を開かない。その意味する感情とは怒りなのか、それとも別の何かか、識別に難航する。

 作業が終わる頃になって椎踏は計算を放棄し、結論の算出は不可、という不条理極まる結論を強引に導き出した。


「ミーは決して、他人を巻き込むとか、まして不特定多数のライフを脅かすとか、そんな許可を与えた覚えはないネ」


「…………」


「ユーが想定外に暴走してるのは明白ネ。そして責任を負う開発者としては、ユーの答弁次第によっては廃棄処分を決断せざるを得ないネ」


 俯き肩を震わせながらも毅然として語りかける芽魁尻。彼女の心の内はやはり椎踏に分析しきれない。

 表層的な身体の所作や反応からなる精神状況のカテゴライズ自体は容易だ。とっくに把握している。が、一方で椎踏の思考系統はその結果を何故か否定していた。

 否定へ至る論拠……不在。不条理。比較/再検証。順位の改竄。自己矛盾。パラドクス。マスターは泣いている。何故?


「マスターノ決定ニ従ウ」


 思考のループを一旦捨て、定型文を発声する。自身に何らかのエラーが起きていることは明らか。その原因を自ら特定することが叶わないなら、より上位の決定権によってしか対処は――――


「一つ問うネ。ユーは、ミーの『大留志文をやっつけろ』というオーダーを果たす為に暴走したのネ?」


「肯定シカネル」


「じゃあ、どうしてあんな危険なアクションを起こしたネ?」


「……大留志文ヲ排除スルタメ」


 椎踏が答えるや否や、芽魁尻は即座に彼女の背中からコードで繋がった装置を手に取る。

 初期化を決心したのだろう。当然の反応だ。


〝大留志文を打倒せよ〟〝大留志文を排除したい〟

 二項の大意は相違なく思えるが、そもそもの系統からして決定的に異なっていた。椎踏は創造者から課された『命令』と自己の『欲求』を履き違え、そのためのあらゆる障害と規制を無視している。ヒトに従事すべき人工知能がヒトよりも自己の意思を優先するならば、それは紛れもない造反、暴走である。


 制御システムへ終止符が迫る。やがて芽魁尻の指がパネルの一点に触れるとき、椎踏乙女という個体は失われる。

 ヒトに模した五感が消える。この自我が終わる。すべてが停止する。停止した先には何もなく、無限と虚無の闇に埋没し固定される。


 ――――累積する情報の土砂と同時に、無機的な脳髄には冷たいものが注ぎ込まれていくように錯覚した。全身を微細な振動が襲う。人の感情に準えるならば、恐怖、というものか。


「…………止めないで欲しいネ。リトルガール」


「誰がリトルガールだっての。さっき預けるって話したばっかじゃなくね?」


 いまにも決定キーを入力しようとする芽魁尻の手が、どこからともなく現れた第三者の腕に掴まれている。弔羊寺元寧の腕だ。


「……勝手にすればいいネ」


 すでに二人の間でなんらかの決議があったらしい。不貞腐れたように振り払った芽魁尻はそのまま立ち上がり、どこへともなく歩き去っていってしまった。

 オーバーアクトでわかりやすく肩を竦める弔羊寺に対し、見送る視線はそのままに問う。


「ナゼ、ソウマデシテ私ヲ保護シタガル」


「うーん。ロボ子ちゃんさぁ、元寧もとねが未来とか見ちゃう系って言ったらどう思う~?」


「質問ノ意味ガ不明。回答ニナッテイナイ」


「ま、よーするにぃ……ちょっと今のまんまじゃヤバイ事になるってわけ。その時のために戦力は押さえときたいって感じぃ?」

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