幕間3 オリジナルの壁は強大である


 境鴻きどきの校庭にロケットランチャーが放たれてから数時間後。

 あっという間に追跡から解放された甲斐かい薫倫かおりんと違い、志文は未だ勘違いした運動部からの勧誘に追われていた。


「いた! 椎踏しいぶみ……大留おおとめ……椎踏……よ、よくわからんが勧誘しとけ!」

「うおおおおおおおおお!! 卓球部フォーメーション!!」


 双剣の如くラケットを両手に構えた卓球部が襲い来る。三方向から上段、中段、下段を追い詰める、隙のない連撃。

 木の板に反発材を貼り付けただけの標準的ラケットと言えど、使い手次第で切れ味はアーミーナイフに迫る。何といっても本体部はブレードと呼ばれるのだ。刃なのだ。


「いい加減、髪の色で分かってほしいわ……!」


 対する志文は呆れた声音で発勁。全ての斬撃を指一本触れず衝撃波のみで退ける。

 吹き飛ばされた卓球部員はたちまち気絶した。無論、生傷は一つたりとない。


「強引な勧誘も程々になさいね。椎踏さんも困るだろうから」

「は、はいぃ…………」


 残された部長になるだけ優しく釘を刺したところで、また新たな足音が背後に迫る。

 人数はひとり。毅然とした歩調からは、他とは別格の練度が窺える。




 振り返ると、そこには本来の追われる者たる椎踏しいぶみ乙女おとめがいた。


「あら、こんにちは。勧誘に追われるのは災難だけど、じきに切り抜けられ……」

「標的排除」


 ねぎらいの言葉を遮って椎踏が殴り掛かってくる。

 これを志文は涼しい顔でひらりと避け、続く間断ない連撃を悉く一歩ずつで回避。やや感心した声で問う。


「前より動きが良くなったわね。熱問題も解決してるのかしら。部活勧誘とは別口で、私に挑戦したいという事?」


 対する椎踏は口を閉ざしたまま攻め手を緩めない。目や喉を始めとした人体の急所を狙い反射的な防御を誘う。防御態勢さえ取らせてしませば、その他の隙を突き崩すのは容易なはず。

 さりとて志文はこちらの意図を見通しているかの如く的確に、追撃の及ばぬ位置を取り続ける。

 やはり尋常な駆け引きなど志文には無意味。

 狙い目があるとすれば、彼女の口ぶり。まだ彼女は椎踏の性能を把握しきってはおらず、やや侮っている節がある。


「中々の実力よ。並の武芸者なら太刀打ちできないでしょう。けどあなたにはまだ及ばない域もあるわ」


 一旦距離を取って、事実上の勝利宣言。椎踏の手の内を見切ったつもりなのだろう。即ちそれは〝今から油断を晒す〟という示唆に他ならない。

 これまでに挑んだ生徒たちの経験談から構築されたデータベースを基に、次に志文が繰り出すであろう決め手を予測。


 最も高確率なのは予備動作なしの発勁だ。

 椎踏はいま、間合いを一気に詰めて肘を突き入れようとしている。これを気で押し留め、そのまま吹き飛ばすという算段だろう。

 後の先、つまりはカウンターだ。

 ならば更に先々の先、気を発そうとする直前を討つ。


(人体ヲ忠実ニ再現シタ設計、ソシテ高度ニ発達シタ自我……デアルナラ、機械ト言エド同ジコトガ出来ナイ理由ハナイ)


 二人の勝負を見守っていた卓球部部長が、驚愕に顔を歪めつつ宙を舞う。

 その瞬間、アンドロイドである筈の

 隣接する教室の戸が吹き飛び、窓ガラスは砕け、床に窪みを作る。強烈な衝撃波に真正面から襲われた志文は――片手を突き出すのみで制していた。

 衝撃は志文の筋骨を伝い、反対側の手へと受け流され、握りつぶされた。


「把握困難。最モ有効ナ手段ダッタハズ」

「どうして私を襲うのか知らないけれど、あなたの挑戦なら歓迎するわ。及ばない域とは何か、それが宿題ね」


 それだけ告げると、志文は背中を向けて平然と廊下を歩きだす。

 まだ倒れてもいない椎踏のことを恐るるに足らずと、そう言外に示すように。


 追撃はできなかった。

 たった一瞬の出来事なれど、確信するには充分すぎた。

 相手は無防備にも背を晒しているというのに。勝算が一パーセントたりとも見込めない。


(私ガ機械ダカラ……イケナイノカ…………?)


 自問こそ次から次へと湧き出るものの、それに対する解答は、世界最高のアンドロイド・椎踏乙女の頭脳にどれ一つとして浮かばない。

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