第9話 部活勧誘は狩猟である



 体育祭の目玉競技・障害物競争で好成績を収めてからというもの、校内での甲斐かい薫倫かおりんの知名度は鰻上りであった。

 妖術のような離れ業こそ持たないが、銃剣術を用いた軍隊格闘的なスタイルの物珍しさは注目を惹くのに十分すぎるほど。

 少なくとも、第二障害物の虚無僧を倒せるほどの実力があれば、申し分ない強者つわものと言える。


 そして脚光を浴びるということは、指名手配されたも同然ということである。


「甲斐発見!! 甲斐薫倫を発見!!」


「いたぞー! 取り囲めェェェ――!!」


「なんとしても他の連中に譲るものか!!」


 朝、登校してきた薫倫かおりんを荒れ狂う生徒の群れが追い回す。

 ここ数日でお馴染みとなった光景だ。

 彼女が追われる理由は一重に、有望な人材を求める各部活動による勧誘のためである。


「もうこの学校イヤだぁぁぁ――!!!」


 心底うんざりした顔で逃亡する薫倫、しかしその行く手にも追跡者の群れ。

 あわてて壁を蹴り、華麗に跳ねて方向転換してはまた走る。そんな妙技を目にして、追跡者たちの熱が一層増す。悪循環だ。


 奇人超人が集まる学校なだけあって境鴻の部活動は盛んだ。とりわけ運動系は全国でもトップクラス。

 野球部が夏の甲子園で五千対〇という記録的な点差で優勝を飾った際は、一時期メディアの取材が殺到したのものだ。

 他の部も野球部に続けとばかりに精を出している。薫倫のような人材が転校してきたのだから、引き込まない手はない。


「どこに行った! いつの間に……!?」


「ますます魅力的だ! 手分けして探すぞ!」


 どうやら追跡者たちはすっかり薫倫を見失ったようだ。

 ひとけが失せたのを確認するなり、薫倫は茂みの中でほっと一息つく。制服の下に隠していた光学迷彩マントが役に立った。


「行ったか……境鴻はどうかしてるな……」


「この学校では日常茶飯事よ。まぁ、私も無理強いは良くないと思うのだけれど」


「まったくだ。まだ手をつけてないプラモが家に山ほどあるのに部活なんて…………ってうわぁっ!!?」


 光学迷彩を纏っての独り言にスムーズに返答してくる美声。横へ目をやると、同じように茂みに伏せる大留おおとめ志文しふみがいた。

 新手の勧誘かと身構える。が、志文の目にも止まらぬ早業で再び地面へ押さえ込まれる。

 やられたと思ったのも束の間、追跡者たちが目の前を走り抜けていき、すぐに拘束は解放された。


「私も追われる側だから安心して」


「あー……あのそっくりなロボットのせいで」


「そう。本当に退屈しない学校よね」


 障害物競走で事実上のトップだった椎踏しいぶみ乙女おとめもまた、薫倫のように追い回されているらしい。そして同じ顔のために志文にも飛び火している。

 一年の春に凌いだはずの部活勧誘が実に一年半ぶりに再来したのだ。


「君は一度、これを乗り切ったことがあるんだろう。どうやってこんな惨状を打破したんだ?」


「全員薙ぎ倒したわ」


 あまりにも簡潔すぎるアンサーだった。

 無論、力ずくで迫ってくる以上は、こちらも力ずくで抗うしかない。

 だが転校してきてまだ日の浅い薫倫には、この狂乱する境鴻高校における流儀というものが分からない。

 すなわち相手が何を以って諦めるのか、どこまでが許されるラインなのか。〝薙ぎ倒す〟にしても度合いというものがあるはずだ。


 より具体的には、どのレベルの火器までなら使っていいのか。


「難しい質問ね。私は指一本触れなかったから……でも相手は得物を使ってくるのだし、命を脅かすほどでなければ、こちらも使って良いのかしら」


 珍しく悩んでいる様子の志文。

 彼女なりに親身に考えて答えてくれているのは嬉しい。だが薫倫としては、この学校の生徒にとっての〝命を脅かすレベル〟が分からないので、いま一つ確信に至らない。

 壁にめり込んだり最上階から墜落したり、数キロ吹き飛ばされても平気な生徒ばかりなのだから。


「そうね……まぁ戦えない生徒を巻き込むと危険だから、爆発物はNGでしょう。銃も平時の校舎内では危険ね。ナイフも一歩間違えれば大事故の元だし」


「ジープで轢くのはどうだろう」


「それなら問題ないわ。その程度で入院するような子は勧誘組に入っていないはずよ」


 車も大概だと思うのだが、薫倫は敢えて口を噤んだ。どちらにせよイベントでもないのに校内でジープを乗り回すわけにはいかない。

 そうしてあれこれと議論を続け、しばらく経ってから薫倫は最終的な結論に至った。


「スタングレネード、ゴム弾、警棒、麻酔銃……よし、これくらいなら大丈夫かな!」


「いよいよ暴徒鎮圧用の装備ね」


 さながらデモに対処する独裁国家の軍隊だ。

 最大の問題は一介の高校生がそんな物を用意できる点にある気もするが、それは鎖鎌やカランビットなども同じこと。

 むしろ志文が解せないと思ったのは、薫倫自身の戦闘力についてだった。


「ところで甲斐さん。どうして素手の格闘が選択肢にないのかしら? 見たところ心得はありそうだし、素質も十分なように感じるけれど」


「ボクが得意とするのはあくまで軍隊格闘。特に閉所やゲリラ戦におけるイレギュラーな事態を想定したものだ。少なくとも多対一には向いてない」


 謙遜するように頬を掻く薫倫。それを見つめる志文の目は鋭さを増した。

 きっと嘘はついていない。実際に軍隊格闘を修めているであろうことは、微細な所作からも確信できる。

 だが内力の練度に関しては桁違いのものを感じさせる。なにしろ妹の瑠璃栖からして高い資質を有していたのだ、間違いない。加えて妖気も微かに放っている。


「あなた、本当は実力を隠しているのでしょう。もしかしたら、妹さんが言っていた魔族がどうこうの話もあながち……」


「本当にそのネタだけは蒸し返さないでくれ!! ボクの人生最大の汚点だからぁぁぁぁあああ思い出してしまったああ――――ッッ!!!!」


 〝魔族〟という単語が出た途端、薫倫は絶叫しながら頭を地面に叩きつけはじめた。

 中学生時代のイタい黒歴史とやらも相当のものらしい。故意に記憶喪失を招いているのかという程の勢いで、何度も何度もヘッドバンキング。バンキング。その間も絶叫は絶えない。

 一般人が真似すれば重症に至りかねない自傷行為だが、血の一滴すら流れない。この場合はむしろ秘めた内功をむざむざ露呈しているも同然だった。


「な、何事!? えっ、甲斐薫倫!? いた! こっちにいたー!!」


「なんか発狂してる――!! 大丈夫なのかアレは――!!」


 絶叫を聞き付けぞろぞろと追跡者たちが戻ってくる。

 ああ、下手を打ってしまった。頭を抱える志文を尻目に、顔を真っ赤にした薫倫がゆらりと立ち上がる。

 気のせいだろうか、さっきよりも妖気がやや濃い。


「ボクは普通の何の変哲もない凡庸で地味な高校生なんだ……運動部に入ったってベンチが精々なんだ……頼むから放っといてくれ……」


「え、でも内力とか妖気とかすごいじゃん」


「鮮血の裁定者にして魔族を統べる月下永帝なんでしょ?」


 悪気のない追跡者たちの指摘がとどめだった。

 超人揃いの境鴻高校、その中でも生粋の強者が揃う運動部。そんな彼らであれば、志文ほどではないにしろ、薫倫の素質も感知できるというもの。興奮して抑えが効かなくなった今なら尚更だ。

 もはやどれだけ弁解しようとも無意味。

 そう悟った薫倫の顔からはすっと血の気が失せ、同時に猛烈な妖気が噴出した。


「えっなにこれかっこいい」


「つよそう!!」


 やがて妖気は漆黒の翼へと変わり、薫倫を天高くへと舞い上げる。

 いつの間にか手にはロケットランチャーが握られている。薫倫はそのトリガーを躊躇いもなく引いた。


「ちょっと翼が生えるだけで調子に乗っていた中学時代を思い出させないでくれ――――!!!!」


「「かっこいいなぁ――――!!」」


 然る後に追跡者たちが爆炎に呑まれ、吹き飛び、気絶する。

 志文の姿はない。気付けばやはり薫倫の隣に立っていた。翼も何もなしに、手ぶらで宙に浮いている。そしてその異常事態を意に介してもいない、単純に申し訳なさげな顔。


「ごめんなさいね。まさかそこまで気にしているとは……」


「あ、あの……それより何で……飛んでるんだ……?」


「いわゆる軽功よ。空を飛べるくらいならこの学校ではさほど珍しくないわ、安心して」


「め、珍しく……ない…………」


 志文の言葉で肩の荷が下りた気がした薫倫は、そのまま自身の身体も地に下りる。

 この後、爆音を聞いて駆けつけた野次馬たちから『ロケランで撃たれる』と伝聞し、薫倫への部活勧誘はすぐになくなった。

 指名手配を解除される代償として〝トリガーハッピーのやばいヤツ〟という不本意な二つ名がつけられたが、もはや是も非もないと受け入れた。


 余談だが、薫倫の黒い翼はある日急に『なんか生えた』だけのものらしい。

 これに対して志文は『あるあるよね』と返したという。

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