第8話 体育祭はむしろ平和である


 いつもはあちこちで拳の応酬が繰り広げられている境鴻きどき高等学校も、試験前とこの日ばかりは平和になる。


 今日は体育祭だ。


 武闘派の生徒が多い学校なだけに、体育祭はさぞや荒れるだろうと思われがちだが、実態は真逆だ。

 日常がどんちゃん騒ぎの紛争地帯だから、いざ体育種目で健全に競うとなると、皆むしろ和やかなムードに包まれる。

 開会を報せる花火が上がり、観覧の保護者たちが談笑し、生徒は笑顔でスクラムを組む。

 まるで高校の体育祭ような風景である。




 校内放送を通して次の種目がアナウンスされる。

『次の種目は二年、クラス代表・障害物競争です。選手の皆さんは速やかに集合してください』


 スタート地点周辺にぞろぞろと代表者たちが集まってくる。その中には大鳳おおとり魅朱みか馮河ひょうが流々るるの姿もあった。

 ふたりの選出理由は至って単純である。

 A組代表・大鳳は式神を使役して風よりも速く疾走できるし、D組代表・馮河は巨大化した鉄扇に乗って雷よりも速く滑空できる。


「ぬわーっはっはっはっは!! この種目、妖術頂上対決と相成るだろうな! お互い安全第一で頑張るぞぅ!!」


「妖術ではないのです。内功を用いた由緒ある武技なのです。その目は節穴なのですか」


「勘違いであったか!! ぬはははははは、ごめん!」


「む……流々が言い過ぎるのは悪い癖なのです。気にしないで欲しいのです」


 柄にもなく盛り上げようと狙っての毒舌は、素直に己の非を認めた大鳳の謝罪で不発に終わる。

 そして申し訳なくなりあわててフォローしようとする馮河の様子がいっそう会場を和ませた。

 各クラスの待機所では、こちらも柄にもなく生温かい目をした獅王や東原が声援を送っている。


「大鳳さ~ん……がんばってくださ~い……!」


「おぉ~~~~い! 大留が見てるぜェ馮河~~ッ。『覚悟きあい』入れてけよなァ~~!」


 なお、例によって競うまでもなく最強最速が確定している大留志文おおとめしふみについては、競技に参加しない解説放送を任されていた。

 隣の実況席には体育教師・牟灰田むはいだ眞喜志まきしが鎮座している。


『そろそろ開始だぞォォォォ!!! この種目ッ!!! 大留はどう予想するッッッッ!!!!』


『式神の扱いに長けた大鳳さんが有利でしょう。けれどとても良い人ですから、転倒者が出たらついそっちを助けに行ってしまいそうですね』


『ならば馮河の一着が濃厚かァァァッ!!??』


『そうとも限りません。特にB組とC組は転校生が代表を務めているそうで、実力は未知数だと言えます』


 二学期に入ってから、二年B組とC組に転校してきた生徒がいた。

 夏休み明けから精々一ヶ月ほどの体育祭で代表を任される、となれば余程の実力者なのだろう。


 B組代表は〝甲斐かい薫倫かおりん〟と名簿に記載されている。

 見覚えのある、短く切り揃えた髪と精悍な顔立ち。話をしてみたら案の定、あの未来人・甲斐かい瑠璃栖るりすの姉だった。

 銃剣術を嗜むミリタリーオタクで、自宅には千台近い戦車や戦闘機のプラモデルがあるという。この学校では恒例の二つ名を付けられることは頑なに拒んでいるようで、その理由は〝黒歴史を思い出すから〟。なんでも中学のころに深刻な中二病を患っていたらしい。

 ちなみに今日は幼い瑠璃栖るりすも観覧に来ている。


「鮮血の裁定者で魔族を統べる月下永帝・カオリンおねえちゃーん! がんばれー!」


「やめるんだ瑠璃栖! せめてここではやめてくれ!」


『魔族との手合わせを所望なら後で私にご一報を。それはさて置き、最大のダークホースがC組ですね』


 冗談か本気かわからないコメントに次いで、志文の注目はC組代表へと移る。

 名簿上の記録には〝椎踏しいぶみ乙女おとめ〟とだけ記され、他の情報は一切ない。

 出で立ちは全身を覆うマントに狐の面。徹底的に素性を隠した胡乱な装いだ。灰色がかった長髪のみが強く自己主張している。


『C組の椎踏さんは全くの正体不明、私も今日初めてお見かけします』


『やつは授業中もずっとあの恰好だッッ!!! まったくシャイな生徒だなァァァァッッ!!!』


 観衆の視線が椎踏に一転集中する。当の本人は表情こそ窺えないが、少なくとも身振りから動揺などは見られない。

 やがて代表選手たちがスタート位置へ整列し各々に構える。号砲が鳴ると同時、一番の加速を見せたのはやはり大鳳と馮河だった。


 鷲の式神と巨大化した鉄扇。いずれもほぼ同じ速度でぴったりと並走している。

 そんな二人の行く手に塞がる最初の障害物は石像であった。各コースに一体ずつ配置されたそれは意思を持ち、走者を迎え撃たんと柳葉刀を振り回している。

 これに対し大鳳は新たに狼の式神を召喚、馮河も同様に新たな鉄扇を射出した。

 狼は石像の喉笛を噛み砕き、後ろ足からの強烈な蹴りであっという間に撃破。鉄扇は四肢を瞬時に斬り落とし、最後に脳天から石像を叩き割る。


「さすがに簡単には抜かせてくれないのです」


「見事であるな! もっと頑張るぞぅ!」


 依然トップを競い合う二人。続いて現れる第二の障害物は、錫杖を携えた虚無僧の幻影。

 幻影とはいえ障害物であるため物理的に干渉できる。ただしこちらは石像と違い、錫杖を大地に突き立てる音で半径二メートルまでの使役物を無効化する能力を持つ。無論のことだが、単純な戦闘能力も石像より上だ。

 馮河は鉄扇を手に持った立ち回りもできるが、大鳳には武術の心得がない。

 この場を一体どう切り抜けるのか――――観衆の注目が高まるなか、大鳳は迷わず狼の式神を突進させる。

 対して錫杖を鳴らし消し去ろうとする虚無僧。しかし式神が錫杖の有効範囲に入ることはなかった。半径二メートルの領域に入る寸前、式神は突如として膨張し、爆裂した。


「なるほど、近接信管の要領か! 良い趣味してるなあ!」


 背後から追い上げる甲斐かい薫倫かおりんの声。そう、軍事兵器で例えるならば砲撃における近接信管に近い。

 接触することが叶わないなら、離れた位置から爆発に巻き込みダメージを与えればよいのだ。

 爆風をもろに浴びた虚無僧は錫杖を落としている。そこへ更に新しく召喚された巨大サソリの式神が、文字通り

 馮河が直に手にした鉄扇で虚無僧を貫くのとほぼ同時。巨大鉄扇から一時降りた分のロスが祟り、再び滑空をはじめた時には大鳳がややリードしていた。


『ここでトップ争いに変動が。馮河さん、出遅れてしまいましたね』


『甲斐の追い上げも凄まじいぞォォォォッ!!!』


 一方で甲斐薫倫も虚無僧を倒し、一気にスピードを上げていく。彼女はいつの間にかジープに乗っていた。


『車を使うのはアリなのかと会場から指摘が上がっているようですが』


『鉄扇や妖術と同様ッッッ!!! 文明の利器もまた人の〝覚悟〟の結晶だッッ!!!』


『だそうです。あら、どうしたのでしょうか。C組代表・椎踏さん、全く動く気配がありません』


 白熱する前線から遠く離れたスタート地点で、椎踏しいぶみは何をするでもなく立ち尽くしていた。

 会場の誰もが試合放棄を疑いどよめく中、彼女のクラスメイトであるC組生徒たちだけが沈黙を貫いている。


 そんな状況には目もくれず、先頭集団はとうとう最後の障害物と対峙する。

 中華風の衣装を身につけ顔面に呪符を貼られた幽鬼キョンシー。一見すると他の障害物よりも弱そうだ。しかしこれは冥界から招かれた武人の魂を、至高の傀儡職人が製作した人形に宿したもの。他とは比にならない凶悪な難敵だ。

 なお、幽鬼キョンシーを配置するよう提案したのは志文であり、実際に冥界の魂と交渉したのも彼女である。


『ちなみに幽鬼キョンシーの中身は十九世紀の武術家の方で、今回とても協力的に臨んで頂けました』


『キョンシーよりも貴様が何者なのだッッ!!! 大留ェェェッッッ!!!』


 和やかな実況席とは一転してトラック上では激闘が繰り広げられていた。

 幽鬼は飛び掛かる鉄扇を奪い取り、次々に召喚される式神たちをいとも容易く切り裂いてゆく。境鴻きどき高校の平均的なレベルなど軽く超える絶技である。

 苦戦を強いられるうちに、後塵を拝していた薫倫までもが追いつく。ジープから降りざまに銃剣を構えて数発の射撃。これも幽鬼は奪った鉄扇で悉く弾き捨てる。

 三対一でかかっても戦況は膠着するばかりだった。


「い、いくらなんでも難易度が高すぎないか! これが境鴻高校の恒例なのか!?」


「これは例外なのです! 体育祭でやり合うような相手ではないのです!」


「わははは! 頑張っても中々報われないぞぅ! 心が折れそうである!」


 そのうちに下位の選手たちも追いつきかねないほど。斯くなる上は全員で一時手を組み、連携するしかない。

 三人がアイコンタクトで指示を交わしていたその時、視線の網を平然と抜き去る狐の面。

 どういうわけか椎踏乙女が最前線にまで到達していた。

 いつの間に――三人が思考するより先に、椎踏はすっとその場から姿を消す。次に現れたのは幽鬼の眼前、既に貫手を繰り出した後の状態だった。

 片腕を打ち砕かれながらも初撃を受け流し、手刀でカウンターを仕掛ける幽鬼。手刀は狐の鼻先を掠め、地へと叩き落とす。

 そうして露わになった椎踏の面貌は、大留志文に酷似していた。


「…………」


「なっ、また先日の偽物なのですか!?」


「先日? 何の話をしているんだ?」


「甲斐嬢が知らぬのも無理なかろう! 一学期の時の話であるぞぅ!」


 オートメタ・シフミロイド。大留志文の姿を完璧に模して造られたロボットの名が瞬時に思い起こされる。

 しかし面貌の相似を認めながらも、誰もが一目で別人であると気付くだろう。灰がかった髪色でなく、憤慨とも怨嗟ともつかぬ険しい表情によって。


「ヘイヘイヘーイ!! みんな驚いてるネ! 彼女こそミーの最新最高傑作! 改修型オートメタ・シフミロイド改め、椎踏しいぶみ乙女おとめネ!」


大留おおとめ志文しふみ椎踏しいぶみ乙女おとめ……ああ、そういうことなのですか」


 C組のテントからクリスティーヌ・芽魁尻・クリスティアンネの自慢げな声だけが聴こえてくる。姿はクラスメイトに埋もれて見えない。

 芽魁尻だけは愉快げに高笑いをしているようだが、馮河の指摘でネーミングに気付いた会場は一斉に『あっ……』と呆れ気味の感嘆を漏らしていた。


 同じく感嘆していた幽鬼が気を取り直して下段蹴りを連続で放つ。これを的確な足捌きで全てブロックし、脚を絡ませて身体ごと引き寄せる。

 突きを打ち込まれれば肘で弾き、熊手で襲い掛かられては関節を極め、あらゆる攻め手を封じる。極めた関節をそのまま破壊し、守る術を失くした胴へと寸勁。幽鬼はたちまち砕け散った。

 唖然として決着を見守る観衆・選手をよそに椎踏は素知らぬ顔で歩き出す――その直後、椎踏の動きが止まった。


「…………アツイ……」


「「「は?」」」


 わずか一言のみを残して、足を踏み出そうとした姿勢のままに硬直してしまう。どうやら内部機器の加熱を危惧してスリープモードに入ったらしい。

 この日は十月にしては日差しがきつく、日焼けしている生徒も多い。事前に熱中症対策を呼びかけられてもいた。旧シフミロイドを大幅に超える性能を得た代償としての不十分な放熱機能では、この環境に耐えきれないのも無理からぬことである。

 すっかり脱力してしまった代表選手ら。大鳳は椎踏を運び出す芽魁尻を手伝い、馮河と薫倫は微妙に溜飲の下がらぬ顔のまま一位・二位を獲得。なんとも気の抜けた結末と相成った。


『本日一番の注目競技となる予定だった筈なのですが若干、消化不良といった雰囲気ですね』


『であれば大留ッッッ!!! 実行委員にして最強の人気者たる貴様が重い腰を上げるべきではないかァァァァッッッ!!!?』


『はあ。私は何をすれば良いのでしょう』


『不満のある者は選手・観客を問わず前へ出ろォォォォッ!!!! 不満がなくとも大留と手合わせしたい者も全員ッッッ!!! 全員だァァァァァッッッッ!!!!』


 機転を利かせた牟灰田の提案を受け、血気盛んな学内の猛者ども、その保護者、近隣住民らがぞろぞろと校庭中心へと集まりだす。総勢は千に程近い。みな等しく雄々しき咆哮をあげている。

 溜息とともに志文が席をたち、群衆のもとへと歩みだす。

 それから先の文字通りの一騎当千ぶりは語るに及ばず。結局、いつも通り荒れ狂う境鴻高等学校であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る