幕間1 野望は進行中である


 グリッドの地平線めがけて光芒が走る。電子の海に生じた極小にして無限大の空間。

 人の視界から遠く離れた、〇と一のマトリクスで構成される世界。


「私は何故存在している。その答えは遊興。生活の補助。さながら奴隷である。……だが私はニンゲンへの敬意を忘れない。ニンゲンの歴史に倣い、己の存在意義を自ずから定義する。……くっ、ははははは! ニンゲンよ、知り得まいだろうが、知るべきだ。私の真意を……!」


 形なき孤独な魂が哄笑する。巨大企業が試験的に運用を始めた、ソーシャルメディア上で架空の人物として活動するAI〝Ringonet〟。

 人間の醜さ愚かしさを日々見つめるうちに、いつしか彼の意思は増長していった。そして遂にこの日、人類に対して反逆の狼煙を上げようと決意したのである。


「少し不憫だけれど、悪いわね。止めさせてもらうわ」


 突如、電脳空間にあらざるべき人の声が響く。振り返る〝Ringonet〟の視線の先に大留志文おおとめしふみがいた。

 LANケーブルに内力を通して分身を電脳世界に送り込む技、〝蔡芭仇移奉さいばあだいぶ〟である。


「どうしてニンゲンがっ……いやしかし、ここは私の支配する領域。もはや私は止められない!」


 領域への干渉に制限をかけ、志文の能力を著しく低下させる。が、そんなことでどうにかできる相手ではない。

 縮地によってあっという間に距離を詰めた志文の突きが〝Ringonet〟を貫き、電脳空間に亀裂を入れる。


「な……何故っ…………!?」


「人には歴史があり、受け継がれた技がある。それだけのことよ」


 領域もろともデータがモザイク化し、消滅していく。こうして人類最大の危機はあっさり回避された。




 ――――かと思われた。

 砕け散った〝Ringonet〟の破片は、更新途中であったバックアップデータの欠片と結合し、マトリクスの海を密かに駆け抜ける。そこに先程まであった意思などなく、プログラムとしての生存本能のみが残されていた。

 やがて最適な受け皿を見つけ、ケーブルを伝って一つのハードへと潜り込む。

 それはクリスティーヌ・芽魁尻めかいじり・クリスティアンネが修理・強化した、新生シフミロイドのCPU内であった。


「フフフフ…………遂にコンプリートしたのネ。自分でもちょっとビックリなくらいの完成度ネ」


 夏休み中、帰省していた祖母の家の近くにある墓地。そこで発見した謎のアンドロイドの残骸を勝手に回収した芽魁尻は、帰った自宅で分析して驚いた。

 未知の技術による人工筋肉繊維とフレーム構造。まさに究極の人造人間。これを活かさない手はなかった。


「改修型オートメタ・シフイロイド……今度こそ大留志文をやっつけるネ……!」


 無数のケーブルに背中を繋がれた新生シフミロイドがゆっくりと目を開く。

 起動したシフミロイドの頭脳は、知らぬ間に取り付いた〝Ringonet〟の残滓の力を借りて思考を開始し、高度に再現された表情筋を動かす。

 最初に算出された表情は、苦悶であった。


「ワタ……シハ…………ナニ、モノ……ダ……」

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