最終話 冬~長谷川灯香と鳴海瞬の場合~

冬①

 春は出会いと別れの季節とはよく言ったもので。

 私は高校三年生の春、鳴海なるみ君に出会い、そして同じく高校三年生の春、私は彼を傷つけた。

 それから数か月経って夏が来ても、お互いに避け続けていた。

 出会った頃のように話すこともない。あっても、委員会や当番などで話さなきゃいけない、いわゆる事務的な会話のみ。

 さらに月日は経って、秋。

 部活の後輩である菜摘なつみちゃんに誘われて、私は菜摘ちゃんと加藤かとう君、そして何故か鳴海君という、不思議な四人組で文化祭を回った。と言っても、鳴海君はほとんど無言か、菜摘ちゃんと話しているかのどちらかだったけども。かくいう私も、鳴海君とは全く話さずに、後輩の二人と話していた。仲間はずれみたいで嫌だったけども、今更どうやって会話をすればいいのか、分からなくなっていた。

 十月末。彼は私に何も告げずに、転校してしまった。連絡先を知らない私は、彼の声をどれだけ聞きたくても聞けなくなってしまった。佐々木君が鳴海君の連絡先を知っていることは、佐々木君から聞いていた。だけど、連絡先を知ったところでどうなるんだろう? 何を言えばいい? 私はあの頃、どんな話をしていた? どんな風に話してた?

 思い出としてなら何度でも思い出せるのに、それは声となって私の口から出ることはなくて。鳴海君との会話の方法を忘れてしまった私は、そのままずるずると時を過ごした。

 そして去年の冬から、今まで。私たちは連絡を取り合うことはなかった。それなのに。


 その連絡は、突然だった。


「鳴海に長谷川の連絡先教えてほしいって言われたんだけど、教えても大丈夫か?」

 十二月に入ってすぐ。自主練習を終えて帰り道を歩いていると、佐々木君から電話が来た。仲が良かった佐々木ささき君や、比較的よく話していた倉木くらきさん、そして高校のころ同じ部活だった子たちとは、大学に入ってからもちょこちょこと連絡を取り合っているのだ。

「なんで突然」

「俺に言われても……」

 確かに、佐々木君は許可を得るために私に連絡をしただけで、どうして、なんて彼に訊くのは間違っている。

「そうだよね、ごめん」

「いや、別にいいけども……どうする?」

「……」

 少し悩んだのは、鳴海君を信用していないとかではなくて、私はそれでいいのか、と自分に訊いてみたから。今連絡を取って、お互いを傷つけずに、私は鳴海君に接することはできるのだろうか。……わからない。でも、せっかく鳴海君から手を伸ばしてくれているのに、今その手を拒めば、もう二度とその手を掴むことができない気がする。

「佐々木君。鳴海君に連絡先伝えてもらっても大丈夫。ごめんね、仲介役やらせちゃって」

「いえいえ。それじゃ」

「うん、またね」

 プツッと音を立てて電話が切れる。私はスマホを耳から外した。ふっと、二年生の時に同じ学級委員会に入っていた一つ下の後輩、神崎かんざきちゃんを思い出す。最近彼女は無料で通話ができるアプリを使用して佐々木君から勉強を教わっているそうな。この間連絡を取ったとき、とても幸せそうな声でそんな報告を受けた。ありがとうございます、なんてお礼を言われたけど、何もしていない私がお礼を言われるなんていいのだろうか。二人は今、付き合っているわけではないらしい。でもきっと付き合うことになる、と倉木さんが言っていた。どうやら今年の文化祭のときにその現場を倉木さんの後輩が見ていたようだ。文化祭と言えば、チラッと吹奏楽部に顔を出してみたら、菜摘ちゃんと加藤君が無事に恋人同士になっていた。夏に加藤君と菜摘ちゃんのそれぞれから色々と聞いたときは、絶対に後悔だけはしないでほしいと強く思っただけに、幸せそうな二人を見ることができて、すごく嬉しかった。みんな、幸せになっていく。幸せな人を見るのはとても嬉しい。その笑顔を見ると私も幸せになれるから。だけど同時に、チクリと胸が痛むのも事実だ。

 あのときもしも、あの手を拒否しなかったら。あのとき倉木さんの話で揺らがないぐらいもっと、鳴海君を信じていたら。私も幸せになれたのだろうか。鳴海君を傷つけずに済んだのだろうか。

――そうだね。俺は君を、あの子と重ねてた。

 あの日の声が、頭の中で響く。

――ごめんね、ちゃんと君自身を好きだって言えない俺で。

 違う。私こそごめん。あなたをちゃんと信じられなくて。

 あれから気まずくて、私は彼を避けてしまった。人の感情にとても敏い彼はすぐにそれに気がついて、さりげなく私を避けるようになった。たまに声をかけようとしてくれたけど、そのときは絶対に私は何か理由をつけて逃げていた。よく思い出してみれば、話しかけてくれるタイミングは、いつも私か、鳴海君が他の誰かといるときだった。きっと、一対一になることがないように気を遣ってくれていたんだと思う。あのときあの手を拒否したときに、私が鳴海君にどんな感情を抱いていたのか、ちゃんと気が付いていた証拠だ。それがとても申し訳ない。もしも本当に倉木さんの言う通り、彼が手の早い人だったとして。それならいくらでもチャンスはあったはずだし、それに、あんなにちゃんと悩み事を言い当てるほど、私を見ていてくれるはずがない。私だけじゃない。彼はいろんな人をちゃんと見ていた。その上で広い人間関係を構築していける人。そんな人が、そんなに軽々しく誰にでも手を出すはずがない。

――たった一人、見つかるといいね。

 クレープを食べながら話した会話。運命の人についての話をしたときに返ってきた言葉。もしも運命の人が本当にいるのなら。たった一人が見つかるのなら。それは鳴海君であってほしい。だって、こんなに忘れられないんだから。

 そう思って、小さく笑う。お互いを傷つけるだけ傷つけた恋。それを運命であってほしい、だなんて、どうかしてる。

「私も幸せになりたかったなぁ」

 ポツリと呟いた言葉は、夜の闇に吸い込まれていった。

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