秋⑤

 お化け屋敷に入って怖がりすぎてこんにゃくを踏んづけて転んで先輩に心配されたり、輪投げで先輩がすべて一番得点が高いところに輪をひっかけて係りの子と一緒に驚いたり、軽音部のライブに盛り上がったり、演劇部の舞台に感動したり……。とにかく一時間はあっという間に過ぎて。その一時間はすごくドキドキして――そして、とても胸が切なく痛む一時間だった。振られてるのにこんなに傍にいていいのだろうか。先輩は本当は、誘われたから仕方なく来ただけなんじゃないのか。今笑っている先輩は、本当に楽しくて笑ってくれているんだろうか。そんなたくさんの不安が細い針になって、私の胸を剣山のように刺していく。それに気付かれないように、私は笑い続けた。


「今年も美術部のイラスト入りのカードなんだ」

「はい! 去年すごく好評で。なので今年もと思って許可を取りに行こうとしたら、美術部の方々のほうからやりたいと言ってくださって」

「そうなんだ。なんか、そういうの嬉しいよな」

 柔らかく微笑む先輩に、私は大きく頷く。

「はい!」

「そういえば、今年は文化祭二日間になったんだな」

「えへへ、頑張ったんですよ。どうやったら二日間にできるんだろうって」

「どうやったの?」

「去年のアンケートを見ていたら、文化祭で興味を持った部活の体験や説明を聞きたいっていう方が意外といて。なので部活動体験も一緒にしてみました」

「ああ、それなら綾塚先輩は頷きそうだな」

 そんな風に会話を交わしていたら、休憩室の前まで来た。そのまま通り過ぎようとした私の肩を先輩がトントンと叩く。首を傾げて先輩を見上げると、先輩は優しく微笑みかけてくれる。

「ちょっと休憩していこうか」

 そう言われて、確かに今まで休憩もせずにずっといろんなところを回っていたことに気が付く。

「もしかして先輩疲れて――」

「俺よりも、君のほうが疲れてるんじゃない?」

「え?」

 疲れているつもりはなかったのだけど、もしかして無意識にそんな顔をしていたんだろうか。

「とりあえず、入ろうか」

 先輩の言葉に、私は頷く。休憩室のドアを開けると、折りたたみ椅子と折り畳み机が並んでいて、数人の人々が雑談をしている。私たちはその中で、空いている席を見つけて座った。

「先輩。私、先輩といろんなところ回れてすごく楽しいんです。だから全然疲れてないですよ」

「……」

「……先輩?」

 無言の先輩を不思議に思い、笑顔のまま先輩の顔を見る。すると、先輩は難しい顔をしていた。私と目が合うと、先輩は苦笑を浮かべる。

「神崎さん、無理してない?」

「え」

 ビクッと肩が震える。無理なんてしてないはず。なのに、なんで肩が震えたの? 笑顔がひきつるの?

「無理なんて、してない、ですよ……?」

「してる」

 白い手が近寄ってくる。その手はそのまま、ポンポンと私の頭を撫でる。優しいその手に、いつの間にか力の入っていた身体から力が抜けていくのを感じる。

「誘ってくれたときから、なんとなくこうなる気はしてたんだけど……。俺といると、やっぱり色々考える?」

 素直に頷くと、先輩は優しく微笑んだ。

「ごめん、一度振ったのに、ボタン渡しちゃったから、色々考えちゃうよね」

「……なんで、ボタン渡したんですか」

 おとなしく頭を撫でられながら、上目遣いに尋ねる。先輩の手が止まった。

「……人が多いし、別のところで話そうか」

 先輩が立ち上がって歩き始める。私はいつかの日のように、その背中を追った。

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