秋④

 いつもよりも賑やかな空気は、普段とは違って楽しげでどこかソワソワとしている。周囲を制服のスカートやズボンの上にこの日のために作ったクラスTシャツを着ている生徒たちや、他校の制服を着た学生、動きやすそうな服装をした保護者らしき人や、地域の方々が笑顔で歩いていく。手にはパンフレットや焼きそば、アイスクリームや水風船など、校内外で買ったりもらったりしたのであろう物を持っている。

 時間は午後一時。私は正門で、あの人を待っている。あの人……佐々木先輩を。

 遥香に相談した日の放課後。遥香の目の前で、私はメールを送信した。

 たくさん悩んで時間をかけて作成したメールは、やっぱり送信されるのは一瞬のことで。だけどその返事が着たのは、夕飯を食べ終えて自室で勉強をしているときだった。


 一日目なら、お昼はちょっと過ぎてしまうけれど、会えそうです。


 たった一行。だけどその一行が嬉しくて。私は急いで返事を返した。

 そうして決まった待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間より少し早い時間から私はここで待っている。委員会の仕事は、ちょうど担当を入れ替える時間だったので、今日は何か問題が起きない限り一日目の文化祭が終わる三時ちょっと前までは時間が空いているのだ。

 約半年と一ヶ月ぶりの再会に、胸が高鳴っていく。バスに乗ってくると言っていたので、バス停のある方に目を向けているが、なかなか先輩を見つけられない。

「神崎さん」

 真後ろから、柔らかくて低い声。待ちに待った声に慌てて振り向くと、向日葵のような笑顔。記憶の中のそれよりも、少しだけ大人っぽくなった気がする。

「さしゃっ、佐々木しぇ、せんぴゃっ、先輩っ!」

「うん、名前を呼んだ以上は逃げないから、落ち着こうか」

 苦笑を浮かべる佐々木先輩。いつかと同じようなことを言われて、本当に目の前にいるのが佐々木先輩なのだと実感がわく。そうすると胸の高鳴りがどんどん加速していって、遠慮なく顔に熱を送っていく。私は慌てて俯いた。肩までの癖毛が、私の赤くなった顔を隠してくれる。

「神崎さん?」

 心配そうに名前を呼ぶ声が、上から降ってくる。慌ててぶんぶんと首を振る。

「だ、大丈夫です! 先輩、なんで後ろから来たんですか?」

 顔を覗き込まれる前に、と話を逸らす。

「……バス停のほう見てる神崎さんを見つけたら、なんとなくこう、後ろから声かけたときの反応を見たくなった」

 この話題は逆効果だった。反応を見たくて、だなんて。そんなことを言われたら、期待してしまう。もしかして、少しは意識されているのだろうかと。……すでに一度振られているのに。

 そうだ、私は振られたんだ。なのに、なんで期待なんて……。

「先輩は……」

 なんで、そんな、私に期待をさせるんですか。

 そう訊きたくなって、やめる。もしかしたら無意識かもしれない。そんな意味はないかもしれない。そうだ。特別な意味はないに違いない。そうに違いない。そう必死に自分に言い聞かせる。そうしないと変な期待をして、また傷ついてしまう気がした。

「神崎さん?」

「先輩は、どこか回りたいところ、ありますか?」

 精一杯の笑顔を浮かべて、私は先輩を見上げる。先輩は目をパチクリさせたあと、柔らかく微笑む。

「そうだなあ……。回りたいところ、たくさんあるんだ。神崎さんは、どこ行きたい?」

 そう言って、先輩は自分のパンフレットを開いて、少し低い位置にして私に見せてくれる。先輩の腕が肩に触れそうで触れない距離にあることに気がついて、体温が上がっていく。よく考えれば、私が先輩のことを好きなのは、先輩にはばれているのだ。ならもう、開き直ろう。振られていようがなんだろうが、関係ない。もしかしたら佐々木先輩のこんな近くにいれるのはこれで最後かもしれない。運よく大学が一緒になっても、委員会で知り合う前のようにすれ違うだけかもしれない。だったらもういっそ、このときを楽しんでしまおう。だって今この瞬間、佐々木先輩のすぐ近くにいれるのは、私だけなんだから。

「私、お昼まだなんです。先輩は食べましたか?」

「ううん、まだ」

「じゃあ、先に食べに行きましょう! 何食べたいですか?」

「そうだなあ――」

 他愛のない会話。楽しくてソワソワするのに、どこか苦しい。それでも笑顔を浮かべる。先輩の記憶に、私の笑顔が少しでも残るように祈りながら。

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