秋③

彩香あやか。それカップだよ」

 名前を呼ばれてハッと目の前を見る。それは、中身を食べたあとのプラスチックでできたカップだった。もちろん食べ物ではない。

「あー……はは」

 笑ってごまかそうとすると、遥香は呆れたような視線を私に向ける。

 今日は久しぶりに遥香とお弁当を食べている。しかも珍しく、遥香からのお誘いで。最近は私が文化祭の準備でバタバタしていたけれど、今日はたまたま予定が空いていたのだ。

「ちょっと、いつもよりボーッとしてない?」

「いつもよりって、遥香から見て、私はいつもボーッとしてるってこと?」

「あたりまえでしょ」

「ひどい」

 唇をとがらせて拗ねてみせる。横からはため息。

「大丈夫なの」

「なにが」

「色々。あんた、そこまで容量大きくないんだから、あっぷあっぷしてないかって、心配なのよ」

 言いながら、遥香は卵焼きを口に入れる。

「大丈夫だよ。文化祭のことは、なにかと色んな人が気にかけてくれてるから」

 そっとブレザーのポケットを漁る。すぐにボタンは見つかって、それをぎゅっと握りしめる。いつも登下校中を除いてこのボタンはすぐに触れられる場所に入れている。登下校中は外で落として失くさないように、落としたらすぐ音で分かる小物ケースに入れて、スクールバッグの中に仕舞っている。

「それならいいんだけど、最近ボーッとしてる回数も増えてる上に、ボタンを握る回数も増えてるでしょ」

「……なんでわかったの」

 驚いて遥香を見る。ボタンのことは遥香にだけ報告している。だから、私が驚いたのはボタンのことではなく、私の行動に遥香が気がついていたことだ。遥香はまたため息を吐く。

「わかるくらい、あんたがそうしてんのよ。先輩のことで何か悩んでるの?」

 問われて、もしかして、と気がつく。珍しく遥香が私を誘ってくれたのは私のことを気にかけてくれていたから、なのだろうか。だったら、素直に相談してみよう。遥香だったらもしかしたら、背中を押してくれるかもしれない。

「遥香、あのね。ちょっと迷ってることがあって」

「なに?」

 優しい声色は、まるで寄り添おうとしてくれている気がして、少しだけ心が温かくなる。

「佐々木先輩を、文化祭に誘おうかどうか、迷ってて……」

 チラッと上目遣いに遥香を見ると、遥香はぽかんとした表情をしていた。

「あんた、まだ誘ってなかったの?」

「え」

「だって、文化祭二日間にしたのって、佐々木先輩が予定をあわせやすいように、でしょ?」

 今度は私がぽかんとした表情をする。

「なんで……」

「そんだけわかりやすいのよ、彩香は」

「あだっ」

 コツンと遥香が私の額を人差し指で小突く。そんなに私はわかりやすいのか。

「文化祭を私物化するなって怒る……?」

「怒って欲しい?」

「怒って欲しくはないけど……」

 だけど、怒られて当然なことをしているとは思っている。声には出さないけれど。

「別に二日間にした理由はそれだけじゃないんでしょ? なら別に怒りはしないわよ。私も、まあ、楽しみだし」

 親友の言葉に、表情が緩むのを感じる。

「……ありがとう」

 なんだか安心して、私は遥香の肩にもたれ掛かる。ちょっと邪魔、なんて言われても無視してもたれてたら、遥香は小さく何度目かのため息を吐く。そのままプチトマトを口に運ぶところを見ると、どうやらもたれ掛かることを許可してくれたようだ。

「で、なんで迷ってるの」

「……一度振られてるのに、文化祭に誘ったら迷惑じゃないかなあって思って」

 うーん、と上から降ってくる唸り声。しばらくして、遥香が口を開く気配がする。

「迷惑だったら第二ボタン渡さないと思うのよね」

 私はもたれ掛かるのをやめて、遥香を見る。遥香は私が乗っていたほうの肩をわざとらしく回してから口を開いた。

「私、あれからたまに卒業式のこと考えてたんだけどさ。自分を好きになってくれたからって振ったくせに気まぐれにボタンを渡すような人でもないし、興味がなければ、渡さないとも思うのよね。佐々木先輩って、まあ、あんたの話を聞いてる限りは不真面目な人ではないだろうし。たぶん、なにかしら理由はあると思う。……とにかく、あんたにはまだ可能性が残ってる、もしくは卒業式近辺でその可能性ができたんだと思ってもいいんじゃないかなって、私は考えてる」

 だからさ、と遥香が私に微笑みかける。

「まあ、迷うよりも、賭けに出てみたらいいんじゃない?」

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