冬⑧

 彩香が一通りいろんなことを吐き出し終えて、夕飯も食べ終わったころ。

「そういえば、彩香」

「なにー?」

 クリスマス限定の四段もある食後のパンケーキを、上に乗ってるデコレーションに苦戦しながら切り分けてる彩香の返事は、どことなく力んでいる。そんな彩香を横目でチラリと見てから、私はコーヒーカップを揺らして残り一口分あるかないかのコーヒーを見つめる。

「この間綾塚あやづか先生に呼び止められてたじゃない?あれ、なんなの?」

「言わなかったけー?」

「聞いてない」

「そうだっけ? 文化祭実行委員会の来年度委員長にならないか……って、ああ! 苺ちゃん!」

 彩香の小さな悲鳴にパンケーキを見ると、苺がコロコロとパンケーキから転がり落ちていた。着地点は白いお皿の上。

「セーフじゃない?」

「デコレーション崩さずに分けたかったのにー」

「いや、それはそうとう器用じゃないと難しいわよ」

「うー……」

 彼女は小さく唸ると、チラリと上目遣いで私を見る。私は息を吐く。

「いいよ、食べて」

「やった!ありがとう!」

 彩香は私の前にあった小皿を取ると、切り分け終わったパンケーキの半分をその上に乗せる。そしてもう片方のパンケーキのてっぺんに、例の苺を乗せた。ナイフとフォークを両手に持って嬉しそうにニコニコ笑う彩香は、まるで大きな子供のようだ。いつもの彩香に戻ってくれて安心した。同時にそのアンバランスさがおかしくて、笑ってしまう。

「ちょっと笑わないでよー」

「はいはい」

「失礼します。お客様、コーヒーのお代わ……げっ」

「え……はぁ?」

 聞き覚えのある声に相手を見上げると、よく見知った奴がいた。

「あらら……」

 隣からは、なんとも言えない彩香の声が聞こえる。

「ちょっと、なんであんたここで働いてんのよ」

「雇われてるから働いてんだよ」

 そりゃ、雇われなきゃ働けないだろ。そもそもよく雇われる、という単語を奴は知ってたな。って、そうじゃない。

「あんた、校則――」

「すみませーん! コーヒーお代わりお願いしまーす!」

「はーい! ただいま参ります!」

 他の客の呼び出しに大声で返すと、奴は右手に持ったコーヒーポットを少し揺らしてみせる。

「んじゃ、俺呼ばれたから」

「ちょっと、お代わり注ぎに来たんで……ちょっと!」

 奴は私の言葉を無視して去っていった。

「相葉、度胸あるぅ……」

 彩香の呟きを聞き流して、私は近くにある呼び出しボタンを押す。返事があって少ししてから、私たちを案内してくれたウェイターがやってきた。

「いかがなさいましたか?」

「コーヒーのお代わりをお願いします」

 おそらくテーブルの番号か何かを覚えていったのだろう。奴が来なかったことに苛立ちながらも、このウェイターには何の罪もないので、とりあえずお代わりを頼む。笑顔で了承してくれたウェイターは、すぐにコーヒーポットを持って現れた。私のコーヒーカップをソーサーごと持ち上げて、コーヒーを注いでゆく。湯気に乗って、コーヒーの芳ばしい香りが鼻をくすぐる。

 静かにテーブルに置かれたソーサー。その上にのったコーヒーカップを手に取り、フチに唇を付ける。

「失礼ですが、お客様は、相葉とお知り合い、なのですか?」

「ごほっ!?」

 そして、盛大にむせた。

「遥香!?」

「大丈夫、大丈夫だから!」

 アワアワとしだす彩香を片手で制してから、ウェイターの方を向く。ウェイターはニコニコと笑っていた。

「なんで私たちが、あいつの知り合いだって思ったんですか?」

「相葉が、十番テーブルには行きたくないって言ってたので。彼、ああ見えて接客は得意なんですよ?」

「うっ――」

 嘘、と大声を出しかけて、慌てて口を両手で抑える。が、何を言いかけたのかは分かったようで、ウェイターの笑みは深まる。

「やはり、知り合いなんですね」

「……はい。あの、あいつは何時頃上がるんですか?」

 アルバイトは校則違反だ。しっかりと説教をしないと。学校で、とも思ったけど、今は冬休み。学校で会えるのは年が明けてからだ。説教はできるだけ早い方がいい。それなら今日、上がるときにそのまま話したほうがほぼほぼ確実だ。

「どうして知りたいんですか?」

「それは……」

 説教をするため、なんて言えない。別に私が言うことはいいのだが、それによって奴が色々言われるのは、少し可哀想だ。だからといって、他の理由は思い浮かばない。私が迷いだすと、あの、と彩香が口を開いた。

「実はこの子、相葉と同じクラスの子なんですけど。今日はクリスマスじゃないですか? だから例のイルミの下でこの子、相葉に告白しようと思ってて!」

「え、ちょ――」

「ああ、そうなんですか! 相葉は九時上がりですよ」

「あの――」

「出口は裏です。たぶん、回るとすぐにわかると思いますよ。頑張ってください」

 ウェイターは爽やかに微笑んで軽く礼をすると、そのまま背中を向けて行ってしまう。

「ちょっと遥香!」

「嘘も方便ってことで。ね?」

 ね、じゃない。ね、じゃ。

「なんで私が奴を好きみたいな話になってんの」

「いや、時期的にそれが一番無難かなって」

「あんたねえ……」

 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、無駄だということに気が付いてやめた。

「説教しに行くの?」

「もちろん」

「ふーん。じゃあ、私も――」

「いいよ、大丈夫。遅くなったら危ないから、それ食べて先帰んな」

 彩香は不服そうな顔をしているが、しゃくしゃくと音を立てて苺を食べながら頷く。

「わかった。遥香、気を付けてね」

「うん、ありがとう」

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