冬⑦
先生に奴のことを頼まれてから、数週間が過ぎた。あの頃は寒くなってきたな、と感じる程度だった風も、今では刺すような冷たさだ。あれから何度も誘ったが、奴には逃げられてばかりいる。そのままごたごたしていたら、気が付けば冬休みも始まっていて、今日はクリスマス。いつも通りのお独り様。違うのは、友人の彩香と外で一緒に一日を過ごす、ということだろうか。
色んなお店を回って、お昼を食べたら映画を見て、感想を言い合いながらまた色んなお店を回って……。そんなこんなで今私たちがいるのは区役所の近くの広場だ。赤、黄、橙、翠、青――。色とりどりの光が広場にある木やオブジェを飾っていて、夜の街を彩っている。
「綺麗だね! ……てか、カップル多い?」
――クリスマスの日。区役所の近くの広場。そこにある一番大きなクリスマスツリーの下で告白をすると結ばれて幸せになる。
そんなバカげたジンクスのせいか、右を見ても左を見てもいちゃつくカップルがいる。彼らは出来立てなのか、それともそうじゃないのか。きっとクリスマスツリーの下はものすごいことになっているのだろう。想像するだけで胃もたれがする。
「そうねー。彩香、大丈夫?」
隣を歩く彼女が心配になる。彼女はつい数か月に、一年以上片想いをしていた憧れの先輩に振られたばかりだ。普段は能天気な彼女だが、委員会のある日や、三年生とすれ違ったときに見せる強張った表情からは、彼女が未だに相手を引きずっていることが伺える。だから、幸せそうなカップルの中にいるのが辛くないのか気になったのだ。だが、当の本人にその気遣いは伝わらなかったようで、彩香はキョトンとした表情をする。
「別に大丈夫だよ? あ、もしかして遥香。相手がいないの寂しいの?」
「いやそんなんじゃ――」
「手とか繋いじゃう?」
「変な誤解されるでしょ」
「それかそれか、ぎゅうってする?」
「ちょっと彩香!」
抱き着こうとする彩香を避けて名前を呼ぶと、彼女の肩がビクッと震える。
「ごめん、本当はちょっと大丈夫じゃなかった……」
「彩香……」
私の予感は外れていなかった。私の気遣いに気づかなかったんじゃなくて、気付かないフリをしたのだ。不器用なくせに。
今にも泣きだしそうな笑みを浮かべる彩香。その腕を掴むと、私はそのまま近くにあるファミレスへ入る。
「はる――」
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「二名です。禁煙席でお願いします」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
何か言いたげな彩香を無視して、歩き出すウェイターのあとについて行く。そのまま連れていかれたのは角席で、うまい具合に他のテーブルからは死角になっていて見えない。つまりは、ファミレスの中でもいちゃつくカップルを見なくて済むというわけで。ウェイターは一度離れたあと、水の入ったグラスとおしぼりを持ってきて私たちの前に置く。
「またご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押してお呼びくださいませ」
ニッコリと微笑むウェイター。きっと独り身女子二人へのささやかな気遣いなのだろう。普段だったら余計なお世話だと思うが、今回は助かった。
「外だと人目引きそうだったから」
「遥香?」
「だからまあ、なんていうの? 吐き出したいことは吐き出してくれればいいし、うーん……彩香、よく言うじゃない? 嫌なことがあったときはやけ食いに限るって」
「……ありがとう、遥香」
柔らかく微笑む彩香に、私はホッと息を吐く。やっぱり彩香には笑顔が似合う。私たちは互いに顔を見合わせると、笑いあった。
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