夏⑤
あれから何度も話し合いをして、文化部と二年生、三年生や地域の団体、PTAなどが催し物で使用する各教室の前でそこの担当の生徒誰か一人に交代で、カードを配ってもらうことにした。一年生が担当している装飾は教室ではなく階段の壁や中庭などの場所なので、わかりやすいところに立って、交代で配ってもらう。だけど肝心のカードの内容はまだ決まっていない。
「あとはカードの内容だけ、なんですよね」
うーんと唸りながらシャープペンの頭でこめかみをコンコンと叩く。隣の席からは、笑う息が聞こえた。
外からはセミの大合唱と、ジリジリと肌を焼いてくる太陽が容赦なく夏を味わわせてくる。冷房のよく効いた多目的室がどれだけありがたいのかを実感する日々である。……割と真面目に。
今日は夏休み講習を終えてから集まって話し合いをしている。が、一向に進まない。
「カードの枚数で何かあるといいよな」
「そうなんですよねぇ……」
「って会話、何回目だろうな」
「数えてないです。というか、数えたくない、です」
「だな」
二人で顔を見回せて、息を吐き出す。
「枚数によって特典を付けるっていう案が、一番単純でいいんだけども……」
「でも、その特典っていうのがなんか……この学校の文化祭でわざわざやらなくてもいいんじゃないかってなったんですよね」
「そうそう。どうせなら、この学校ならでは、の何かにしたいんだよなぁ、どうするか。微妙にハードル高くなってるけど」
言いながら、二人で何かヒントがないか、と先日配られた資料をパラパラと見直す。
「中庭は吹奏楽部や軽音楽部の発表、一階は一般の人々が入れる教室はなくて、最上階の四階と三階の教室は二三年生が使用、二階は写真部、漫研部、PC部、茶道部、華道部、あとはPTAと地域団体が使用……ってあれ?」
文化祭時の校内の見取り図を指で辿っていると、私はあることに気が付いた。
「ん? なにか引っかかったことがあった?」
「あの、美術部は発表の場所、ないんですか?」
「ああ、文化部の数が、ぎりぎり発表できる場所の数よりも多くてね。毎年発表の場所を得るためにくじ引きをするんだ。今年は美術部がそれに外れて……」
そこまで言って、先輩もハッとする。
「確か、美術部っていろんな賞獲ってるくらい、すごいんですよね」
うちの学校の美術部はすごい。美術、と聞いて想像できるような高校生対象の賞はほぼ総なめしてるんじゃないか、というほど。朝礼で行われる校内での受賞式でも、一番長いのは美術部、な気がする。
「そんな部活に発表する場所がないなんてもったいないよな」
私たちは顔を見合わせてニヤリと笑う。
「これですね!」
「ああ、これだ!」
そこからは早かった。カードのイラストを美術部に依頼する。おそらくこの企画一番の難関であるそれは、どうやら文化祭に発表の場がないことに不満を抱いていたらしい部長と顧問が即座に頷いてくれたおかげですぐに解決した。
「よかったですね、先輩!」
「本当に! ありがとう、神崎さん」
「え?」
なぜお礼を言われたのか分からなくて私は首を傾げる。
「君が美術部に気づいてくれたから、カードの内容が決まった。問題解決したんだよ。ありがとう」
「あ、いえそんな……」
思わず照れてしまうと、先輩は微笑んだ。
「あとは綾塚先生に提出するだけなんだけど……」
先輩はファイルから取り出した紙を見て、ため息を吐く。そして私に見せてくれた。
それは夏休み前日に配布された紙で、何日にどの先生が出勤しているかが書かれている。綾塚先生の名前が載っている一番近い日付を見て、私もため息を吐いた。
「今月末じゃないですか」
一応先生の名誉のために言うと、八月からは先生はよく出勤するようだ。今日は七月二十七日。あと今日を入れて五日もある。
「それまでどうしようか」
「へ?」
先輩の言葉の意図がわからなくて、首を傾げる。
「宿題とか勉強とか、軽くなら見てあげられるけど」
これは! もしかして、もしかしなくても誘われてる!?
「い、いいんですか!?」
「うん。どうせ講習とかで学校来るし。あ、でもお互いに部活がない日とか、空いた時間でってことになるけど」
「ちょちょちょっと待ってくださいね! 今確認します!」
慌てて机の上に出していたスケジュール帳を引っ張る。同時に上に載っていた筆箱がぐらっと揺れる。お約束というか、なんというか、運の悪いことに筆箱は開いていて。豪快に中身をまき散らしながら床に落ちた。
急いで筆箱を拾い、ぶちまけた中身を放り込んでいく。視界の端に、一緒に拾い集めてくれる先輩の白い手が見える。本当に申し訳ない。最後の一本。赤いボールペンを掴もうと手を伸ばすと、先に先輩の手がそれを取ってしまう。
「あ……」
その動きにつられて先輩を見上げる。
「慌てすぎ」
陽の光とぬくもりを思う存分浴びた向日葵のような笑顔。その笑顔に思わず見惚れてしまう。すると先輩はふいっと顔をそらしてしまう。
「佐々木先輩? ……つっ」
コツン、とボールペンのキャップのほうで額を軽く叩かれる。痛くはないけど、反射的に額を抑えながら目を閉じてしまう。プラスチックの当たる音。目を開くと筆箱の中に赤いボールペンが入っていた。
「俺、用事あるから。またメールして」
冷たく聞こえる言葉に、え、と立ち上がりながら先輩のほうを向くと、ちゃんと顔を見る前に白くて筋張った手が迫ってきて、思わず目を閉じる。ふわり。頭に温もりと重さを感じる。そっと目を開くのと、温もりを伴った重さが離れるのは同時だった。
「じゃあ、また」
背中を向ける先輩。その耳がほんのり赤く染まっていることに気がついて、私まで赤くなってしまう。
「……ずるい」
小さく呟いた言葉は、きっと先輩には届いていない。そっと触れた頭には、まだ温もりが残っているような気がした。
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