夏③

「で?」

 朝。登校してからずっと、昨日の会話を思い出しながらボーッとしていたら、遥香に捕まった。

「えっと、おはよう……?」

「おはよう。で、昨日はどうだったの?」

「昨日……」

 先輩に苗字を呼ばれた。一緒に文化祭の企画を考えることになった。これから頑張ろうと言ってくれた。それに、あの向日葵のような笑み。

「ちょっと? 顔赤くされても、何も言ってくれなきゃわかんないんだけど?」

 遥香が不満気に腰に手を当てる。

「あのですね」

「うん?」

「実は昨日――」

 さっき思い出したことを遥香に伝える。

「ほっほう」

 ニヤニヤとしたからかいの笑みを浮かべる遥香。清純そうな見た目からはかけ離れた、おじさんのような笑みだ。

「な、なに……」

「いやあ? 普段だったら委員会の翌朝は私の席に駆け寄ってきて、訊いてもいないのに、昨日の先輩は眼鏡を上げるしぐさがとても色っぽかった、とか、昨日の先輩は少し眠そうで頑張って欠伸かみ殺してて猫みたいで可愛かったって、佐々木先輩観察報告をし始めるのに、今日は物思いに耽ってるからさ。どうしたのかなぁと思ったらそういう――」

「彩香ー!」

 名前を呼ばれて私と遥香は同時に教室の出入口を見て――固まった。そこに私を呼んだクラスメイトの女の子と、私に用があるのであろう佐々木先輩がいたからだ。

「噂をすればってね。ほら、何ぼさっとしてんの。先輩待たせる気?」

「いいい、今行きみゃ、行きましゅ、ますっ!」

 横でお腹を抱えて爆笑している遥香を無視して私は先輩のもとへと急いで駆け寄る。

「お、おひゃっ、おはっおはようございます!」

「うん、おはよう。そんなに慌てなくても、いいんだよ」

 先輩の肩がフルフル震えているのはきっと、さっき盛大に噛んだことだけが原因じゃないだろう。というのも、先輩のもとにたどり着くまでに何回も人や机にぶつかったり、教卓に肘をぶつけたり、机の脚に足を引っかけて転んだり……。たかが数メートルで片手では収まらないほどの回数のハプニングに見舞われたからだ。特に肘は痛い。地味にジンジンする。

「そんな、先輩をお待たせすることなんてできないです!」

「うん、ありがとう。でも怪我しないようにな?」

「……はい」

「で、企画のことなんだけど。今日の昼休み、空いてる?」

 もちろん空いてる。即座に頷いた私に、先輩は笑みを浮かべる。

「ん。じゃあ、昼休みに三階多目的室で待ってるから。弁当食べつつ話し合おうか」

「はい!」

 元気よく頷く。先輩はまた笑みを浮かべながら戻っていく。その後ろ姿を見ながら、私は膨らむ期待に胸を躍らせていた。

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