春⑤

 一方通行の道路を挟んで校舎の向かいにある別館。そこが私の所属している吹奏楽部の活動場所。他の文化系の部活もここで活動しているし、また夏の大会シーズンには、運動部が合宿をするときに宿泊施設として使用することもある。

 ドアを開くと、様々な楽器の音が色々な部屋から聞こえてきた。

 卒業式だ、入学式だ、始業式だ、一年生を迎える会だ、でバタバタしていたから、本当は活動日だった今日を、顧問の鈴村先生が休みにしてくれた。……のだけど、結局みんな私と同じで、自主練習をしに来ているようだ。それが少し嬉しい。私は荷物置き場と化している会議室にリュックを置く。そしてスクールバッグから楽譜と筆記用具を出し、手に持っていたフルートのケースと一緒に楽器倉庫に行く。

「あ、灯香先輩!」

 倉庫の扉に手をかけたところで名前を呼ばれて振り向くと、ベリーショートの女の子がクラリネット片手に会釈をした。

「こんにちは、今から練習ですか?」

「こんにちは。うん、菜摘なつみちゃんは?」

「私は今、加藤かとうと一緒にあっちの部屋で練習してるんです。先輩も、どうですか?」

 ベリーショートの女の子、菜摘ちゃんはそう言って、首を傾げて微笑む。加藤、というのは私と同じフルートパートの男の子だ。二人は幼馴染らしく、よく一緒に行動している。

「いいの?」

「もっちろんです!」

 菜摘ちゃんは力強く頷く。本人は嫌がるけれど、その仕草はとても可愛らしい。

「じゃあ、私も一緒させてもらおうかな」

「やった! じゃあ、私先に戻ってますね!」

 彼女はクルッと回れ右をすると、近くの部屋へ戻っていった。部屋からは菜摘ちゃんと男の子の声が聞こえてくる。それはすぐにクラリネットとフルートの音に変わる。私は重なり合う二つの音を微笑ましく思いながら、倉庫に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る