そして彼女は華麗な笑顔でウソをつく
尾岡れき@猫部
そして彼女は華麗な笑顔でウソをつく
ノイズがジリジリと脳を軋ませるような、そんな感覚が襲う。毎度の事ながら今だに慣れない。何かをする為に代償が必要ならば、その対価はあまりに負担が多すぎる。
じりじり。
じーじー。
額に手を当てて、僕は目を細めた。目の前で彼女は、チョコレートパフェをさも美味しそうに食べている。僕の背負う苦痛など我関せずに。
それでいいと思う。下手に干渉されるよりも。社交辞令な言葉の裏側でウソを吐かれるよりも、よっぽどマシだ。
嘘発見器というものがある。心拍数や血圧のブレから、その人が嘘をついているかどうかを判断するというものだ。ただし科学的な証拠としては曖昧で、どちらかというと拷問の用途に適と言うべきか。
つまりお前のウソはオミトオシだ、そう暗に告げて自白を要求させるワケだ。本来、ウソ発見器は無罪を主張する為に作られたのに皮肉な話だ。
単刀直入に言うと、僕はその嘘発見器なのだ。人造嘘発見器。他人の嘘がノイズで伝わる。その声を現実に【鳴らす】事ができる。相手がウソをついているのが分かるからこそ、他者との関わりを躊躇してしまう。人間はウソとつくイキモノだ、これは避けようがない。僕はそれを否定はしない。聖人君子じゃあるまいし、多少のウソで社会の歯車が回っている事を知らない訳でもない。ただ今、この瞬間「ウソをつく」それに嫌悪するだけで。
「また小難しいこと考えてる?」
彼女が瞳を瞬きさせずにじっと、僕を見る。
「小難しいって……」
「ハゲるよ?」
思わず後頭部を触ってしまう。彼女はますますニコニコしてチョコレートパフェを食べる。僕は
「まぁ、ハゲた君も素敵だと思うけどね」
思わずそのセリフにむせる。なんてタイミングで、なんてセリフを吐くのか。
「無理にお仕事しなくてもいいと思うんだけどなぁ」
と彼女はパフェを食べながら言う。嘘発見器な僕にできる事は、犯したウソを暴くだけ。
例えば人殺しを。
例えば不正な政治献金を。
例えば産業スパイを。
例えば迷宮入り事件の容疑者や参考人を。それはあくまで参考資料でしかなく科学的に、僕という人造嘘発見器を解明できていない事から証拠能力は皆無。でも、心に潜めた本音を曝け出されて平静でいられる人などいない。特に、僕は秘密を暴いたのだ。その狂態たるや、目を閉じてしまいたかった。
それでも、これは僕にしかできない仕事だと思う。僕にはこんな事でしか、自分を証明できないのだ。人造嘘発見器はヒトですら無い。生き物と定義できるのかも怪しい。
『バレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんように、本当はやったのは俺――私――僕だけどバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんように――』
言葉に違いはあれど、鳴らした心音はとても荒んでいて、耳を塞ぎたくて。
今、この場にいてもジリジリとノイズは響く。
彼女以外の人達から――。
彼女はにんまりと笑んだ。
「無理しなくていいよ、君がウソをキライなのこと、私はよく知っているから」
僕は彼女をまじまじと見る。いつもこうだ、こうやって彼女は僕をまっすぐ見る。そしてノイズは全く響かない。それでも僕は多分、信じられない目で彼女を見ている。それでも彼女は目を逸らさない。
「ウソを暴くのが、僕の仕事だから」
言葉を吐き出す。人造ウソ発見器はウソを暴くことしかできない。そもそも、僕は生誕すら約束されない実験生物なのだ。生きているだけで御の字だ。これ以上、何を望むと言うのか?
「私、これからウソをつくから、それを暴いてみて」
そんな僕を余所に無防備に手を差し出す。僕は一瞬躊躇して――吸い寄せられるように手をのばす。接触、それが心の声を表出させる条件だった。ウソというノイズを一切撒き散らさない彼女、その彼女が醜いウソを吐くという。
「私はね、貴方を友達として守りたいと思っているよ」
じり。じりりりり、ノイズが割れんばかりに響く。彼女は今、ウソを吐いた。心の奥底でうごめく言葉に怯える僕がいて。
唾を飲み込む。
そんな僕の心情なんか一切無視して、彼女の本音は再生された。
『うそ。君は友達じゃない。だって――大好きだから』
ファミレスの店内BGMをかき消して、彼女の本音が再生された。
僕は開いた口が塞がらなくて、彼女はなお満足そうで。
唖然とした僕に、何故か回りのお客さんが拍手をくれた。
「兄ちゃんやったな!」
「お幸せに!」
「おめでとう!!」
と、知らない誰彼からもエールが送られる。さらにノイズをかき消す歓声と拍手。僕は彼女の顔しか見られない。彼女は僕の手に指を絡めながら、スプーンを差し出す。チョコパフェを掬い、食べてみて? と言う。
「君と幸せを共有したいっていうのはダメ?」
「甘いのは好きじゃな……」
「知ってるけど?」
「知ってるならヤメテ欲しいんだけど――」
「あーんしたいだけ」
「…………」
「あーん」
「…………」
「あーん」
「…………」
「美味しい?」
僕は何も語らない。語っても無駄だと思う。ウソか本当かだなんて、彼女の前では意味がなかった。いつもそうだ、こうやって彼女は壁をあっさりと叩き潰してしまう。
「君の
ニコニコして彼女は言う。抹茶善哉を彼女に向けて寄せると、そうじゃないと首を横に振る。
「え?」
「あーんで」
「え……」
「あーんで、食べさせて」
にこにこ笑顔を絶やさず。僕は力なく項垂れて、決心するしかなかった。
そして彼女は華麗な笑顔でウソをつく 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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