10:体験入部・美咲

 「ないです」

 「ねぇな」

 「じゃあちょうど良い。やってみましょうか。……ええと、本格的にやる時は、そもそも中身とかを知らせないで……つまり、透視クレアボヤンス対象についての情報を、一切与えないでやるものなんだけど。まぁ初心者にそれはつらいよね。とりあえず今回は……このカードをつかっていくわね」


 「☆」「○」「十」「□」、それから三本の縦線が波打ったようなマーク(『川』の字が少しギザギザ になったようなマーク)。計五種類のカードが、まず居留守に渡された。


 「じゃあアマドール君、アイマスクをかけるね。樽内くんが5枚の中から一枚選ぶから。私が声をかけたら、その一枚がどんな記号か、当ててみてね」

 「わかったぜ! さぁ来い!」

 「おっけー、いくわよ!」


 「星!」

 「はずれー!」

 「川!」

 「はずれー!」

 「十字!」

 「はずれー!」

 「まる!」

 「はだかー!」


 ドンッ! という音と共に、フランが机を叩いた。


 「おい、まるはだかってなんだ! 真面目にやれよ!」

 「ごめんごめ~ん、アイマスクしてる間に財布スって丸裸にしたりとかしないから」

 「当たり前だ!」


 その後、合計100回ほど試行した。美咲は、ノートパソコンにその結果をまとめる。


 「うわぁ……アマドール君、的中回数15回よ。確率的には5分の1だから、平均的には20回くらいは当たるはずだけど。それより低いね」

 「『うわぁ』とは何だよ。そういうことだってあるだろ」

 「そりゃそうだけど。単なる確率のゆらぎでこうなることもあるからね。または……『超能力なんてあるわけない!』っていう気持ちがそうさせたのかも。まぁどっちかは、たかが100回くらいじゃあ分からないけどね。さぁ、次は樽内くんよ! 頑張って!」

 「は、はいっ」


 緊張しつつ、同じテストに居留守は臨む。別に霊感のようなものが湧き上がることはちっともなく、居留守はあてずっぽうで言うしかなかった。


 「ふぅん。的中回数は25回か。平均より多いから、中々優秀ね」

 「まっ、マジですか。じゃあ僕は超能力を……!?」

 「いやー、でもやっぱりプラス5回くらいじゃ、まだまだ確率の許容範囲内だし。100回試行しただけじゃあ、まだなんとも言えないね~。ってことで、もっと本格的にやってみたかったら、是非ウチの部活に入部してね!」

 「なるほど、そういう魂胆だったのか……」


 フランが呆れたようなため息をついた。


 居留守は、入部届けを美咲に押し付けられた 。が、嫌がるでもなく受け取る。ほとんど、彼の中で決意は固まっていたのだ。


 (よし、これは入るっきゃないぞ……!!)


 水泳部に顔を出してくる、と言ってフランが一足先に立ち去った。当然、居留守は美咲(美少女)と二人、部室に取り残される形になる。少々ドギマギするのを、居留守は平気な顔を装った。


 「それにしても、美咲さんはいつもこういうのをやってるんですか? 透視の訓練とか」

 「樽内くん、顔が般若の面みたいになってるよ? どうしたの? ……まぁ、透視クレアボヤンスだけではないけど、いろいろ手広くやってるかな。透視クレアボヤンス訓練については、ほら、これ見て」


 美咲はノートパソコンを操作し、エクセルを表示させる。


 「これは前にやってたものなんだけど……一応、私の『ゼナー・カード』試行データね。毎日何百回かためして、的中確率を毎日記録してグラフにしたものなの」

 「はえ~すっごい……なんだか意外と科学的ですね」

 「そうね、まさに実験をしているわけだし。本物の科学実験なみに厳密、とまでは言わないけど、真似事みたいなものかな? でも、どう、『超能力』へのイメージが変わったんじゃない? 樽内くん――はい、ポチっとな」


 それは、去年一年分のグラフのようだった。美咲はスクリーンをとんとん、と指差す。


 「一日一日を見ると上がったり下ったりしていて、なんだかよくわからない感じでしょう? でも、一年とかの長いスパンで見ると、じつは的中確率が上昇してるの。ゆっくり、ゆっくりね」 

 「あー、本当だ。最後のほうは、だいたい25パーセント前後をフラフラしてますね。え、じゃあすごいじゃないですか、美咲さん! マジで超能力者じゃないですか!?」

 「いやぁ~、漏れるなぁ。てっと褒めて!」


 わざとらしく自分の頭を掻く美咲。 


 「いやっ、『てっと』ってどういう言葉ですか!? 」


 居留守は、「漏れる」のほうは恥ずかしかったので、つっこまずにスルーしておいた。


 「まぁマジレスするとね。別に25パーセントくらいの的中率は、そこまで珍しくもないのよ」

 「えっマジですか!?」

 「マジマジッ。そうね、実験する側の人も、被験者の側も、超能力に対して肯定的で、かつ瞑想やらなにやらで自分の意識を上昇させていけば、この程度の結果はじゅうぶんありうることなのよ。まぁそれでも、批判的な人は、実験のやり方が恣意的だからそうなってるだけだ! とか、無効だ! とか言ってるから。少なくとも、主流科学の世界からは認められてないんだけどね」

 「へぇー……じゃあ、僕もいつかは美咲さんみたいにできるかなぁ……?」

 「ムリムリッ。君みたいに、気弱で意志薄弱で騙され易くて惚れっぽい子じゃあ、体内のMPが枯渇してオーバーヒートし、超能力を使ったら頭がパーン! ってなっちゃうからね」

 「そっ、そんなっ!?」

 「うそうそうそうそ~♪ ま、誰にだって、君だって、使える可能性はあるんじゃない? 保証はしないけど」

 「な、なんだ……」


 一瞬、自分の頭がザクロのようにはじけ飛ぶ光景を想像してしまい、居留守はへなへなとへたり込んだ。美咲はそれを追い、幼稚園の保母さんのようにしゃがみこむ。目線の高さを合わせ、手を振った。


 「というわけで、樽内くん。入部届けの提出待ってるね♪」

 

 あぁーっ、体験入部終わったー!


 よーし、家でハンコ押して、明日入部届けだすぞーっ!


 ――的な思考の緩みが、平穏だったはずの課外活動を最後の最後でぶち壊した。


 ノートパソコンをロッカーにしまっておいて――と言いつけられた居留守は、その通りにしていたのだが。よく分からない生活雑貨で満載のロッカーに、それを無理に押し込もうとした。


 そして彼は、足元にはみ出たテストの答案用紙の束に、気づかなかったのだ。


 「あ、入らない? もう、思いっきり押し込んじゃっていいからさー、あっはっはっは――きゃっ!?」

 「わ!?」


 踏ん張ろうとした居留守は、テスト用紙を思いっきり踏んでしまった。そして転倒。間の悪いことに、居留守の真横には美咲がいた。


 居留守は完全に横倒しになる。図らずも美咲の体を床に押し倒した。


 ――と、そこまで派手な転び方はしなかった。


 踏みとどまったのだ。


 しかし、手をつかないと体を支えられない程度の転び方ではあった。

 

 「あっ、樽内くん……!」

 「うわー、危なかった~……って、わぁっ!」


 美咲の顔のすぐ横の壁に手をついている。居留守の体はななめって、瞳を覗きこむような位置にきていた。


 いわゆる壁ドンだった。


 「あ、あ、あ、あわわわ……ご、ごめんなさ……あ、そうだ! ぼっ、僕は今ここにいませんからっ! そう、幻覚! 先輩を壁ドンしてる僕は幻覚なんです! 誤解しないで、くださっ――」


 居留守の顔はいわずもがなだが、美咲もいつもの飄々とした表情が消えている。かといって、嫌がってるのではない。


 「そんなに、嫌がんなくたっていいじゃない。こういうの嫌い?」

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