09:体験入部・美咲

 「話をまとめるとね。『実験』とか、『客観的』な検証とかができないことが、あるんじゃないか? そういうのに馴染まないことが、世の中にはあるんじゃないか? っていうことなの」

 「な、なるほど。なんかすごいですね……美咲さんってけっこう真面目にオカルトしてたんですね」

 「けっこうとは何よ、けっこうとは! 部室で寝泊りするくらい真面目にやってるんだからね!」

 「あいひゃひゃひゃひゃ!」


 美咲は居留守のほっぺたを軽くつねった。


 (さっき、やたらに部室に生活感があったのはそのせいか……)


 この分だと、「昨日パーティをやったから散らかっちゃった」というのもウソなのかもしれない。が、居留守はしゃべれなかった。美咲は朗々と話をつづける。


 「……オカルトっていっても色々あると思うけど。私の意見だと、どれもこれも、『人の心の持ちようによって影響されてしまう』分野のものだと思うのよね。人の心って、『主観的』なことでしょう? いくら実験だの、検証だのをしてみたところで……オカルト関係のことは、実験してる人の心によって、いくらでも結果が変わっちゃうんじゃないかって。『これは絶対本当だ!』って思いながら実験してみたら、その通りになるし。『これは絶対迷信だ!』って思いながら実験したら、やっぱりそうなるんじゃない? どんな人がやっても、いつやっても、どこでやっても同じ結果になる、再現性のある実験結果だなんて、そんな物は、ことオカルトに関しては、私の定義上ありえないのよ。大事なのは、自分がどういう信念を、確信を、心の中に持っているか……だと思うの」


 「その、超能力とかも……ですか?」


 「超能力は、その最たるものよね。人間の心や意識が、実験結果へ如実に関係する分野よ。えーっと……誰だったかな……そうそう。ノイマンって人も言ってた。人間の心や意識――彼の言う所の『抽象的自我』こそが、ミクロの世界で量子のふるまいを決定する、世界で唯一のファクターだってね。あ、量子というのは、分子とか原子よりさらにちっちゃいやつのことよ、居留守くん」


「なぜ僕の方だけに言うんです!?」

「だって君、量子とかいう難しい言葉知らなそうだし?」


(ほんとに知らないから反論出来ない……)


「つまり、彼によれば、人間の心こそが物理的な世界のあり様を決めている、ということになるわね」

 「え、えらい人がそう言ってんの? じゃ、もう科学ってことでよくね?」

 「ま、今のはあくまで、確かめようのない仮説だからね。彼がえらい人なのはそうだけど。でも、立証されているわけじゃないから。与太話だと批判する人も多いみたい。けっきょく、人の心の働きは謎のままよ。……とにかくそういう風に、訳がわからなくて、とらえどころがなくって、主観的もいい所なの。そんな分野はもう、科学の守備範囲じゃないよね。だからオカルトというものが、オカルト研究部というのが、あってもいいんじゃない? ――って、私は思ってるの」

 「おぉ~。なんとなく、言いたいことは分かりました」


(本当に大雑把だけど……)


 「俺も、まぁ分かったよ」

 「そうでしょ? さぁて、お話も終わったところで、さっそく活動を体験してみましょっか!」

 「はい。でも、具体的に何をするんです?」


 美咲は、整った顔を居留守のほうに向けて、フフンと笑った。


 「ずばり、超能力を身につける活動! 略してチョウカツ! 始まるわよ!」

 「なんだその、ゲテモノの揚げ物みたいな略称は……」



 居留守とフランは、椅子に腰かけた。美咲の指示に従い、背中を背もたれから離して、ピンと背筋を伸ばした。そして、目をつぶる。

 

 渡されたアイマスクをかけると、蛍光灯のぼんやりとした灯が上方向にある以外、居留守の視界は真暗になった。


 「男子が目隠しされて向かい合ってるって、けっこう面白い光景ね。何かこう、嗜虐心をそそられるというか……」

 「おい、変なこと言ってねぇで、さっさと進めろよ」

 「はいはい。じゃあ、今から瞑想をします」


 美咲の足音と声が、居留守の背後あたりに回りこむ。


 「とりあえず、時間を15分計るね。その間、教えたとおりに深呼吸してもらって。それから、なるべく雑念を思い浮かべないようにするのよ」

 「分かりました」

 「で、なんでこんなことやるんだ?」

 「瞑想で無駄な意識を排除することで、超能力が開花しやすくなるって言われてるのよ。体験だし、難しいことは考えずやってみましょ」


 ピッ、というタイマーの音が聞こえ、同時に誰の声もしなくなった。


 深呼吸しつつ、居留守は真っ暗闇の世界に集中する。


 (何も考えるな……樽内居留守たるういちいるす、何も考えるな……!)


 沈黙の時間が流れていく。美咲の足音が、少し遠くに離れていくのが聞こえる。しかしすぐに無音に戻った。


 (……………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………さっきから微妙に、焼肉とかカップラーメンの香ばしい匂いが……お腹空いたなぁ……はっ!? いけないいけない)


(………………………………………………………………………………………………………………それにしても、さっきの美咲さん可愛かった……ちょっと無防備というか。あんまり、人の目線を気にしてないのかなぁ? っていうか、なんで僕の隣にわざわざ座ったんだろう? フランだっているのに。はっ………………まさか、美咲さんはやっぱり僕のことを!? ………だダメだ、妄想が止まらない……!)


 『ちょっと、ちゃんと瞑想してるの?』


 いきなり、居留守の耳元で美咲のささやき声がした。


 「どわぁぁぁぁぁっ!?」

 「ちょっ、ちょっとどうしたの? 大声出して。今は瞑想する時間っていったでしょ?」

 「だだだだって、美咲さんが離れたと思ったのに、急に耳元に来るからっ……!」

 「おいおい、こっちだってびっくりしたぜ。イルス……」


 やっぱり妄想をなくすのは難しいようだった。居留守は無意識:妄想=1:9くらいで、悶々と15分を過ごした。


 「はいっ、終わり! さてふたりとも、瞑想で大宇宙の創造主クリエイターとつながれたかしら?」

 「あはは……すいません、色々雑念が……」

 「俺もいまいちだったな。ついつい、どうでもいいこと考えちまう」

 「そりゃあ、はじめてだもん。そんなものだよ。私も、最初はわけわかんないままやってたし」

 美咲が「はじめてだもん」と言ったとき、なぜか居留守は胸がときめいた。


 「くぅぅっ……!」

 「どうしたの、変な声出して? ひょっとして男の子の日?」

 「なんだよ『男の子の日』ってのは」


 フランの突っ込みは、つれなく無視された。代わりに、美咲はウインクする。


 「さて、次はこちら。『ゼナー・カード』を使ってみましょうか」



 美咲は、数枚のカードを机に並べた。どれも白地で、その上に「☆」とか「○」とか「十」とかの記号がかかれている。


 「あっ、これどこかで見たことがあります。なんか、透視? とかのテストをするやつですね」

 「そうそう。『ESPカード』とも言うんだけど。ワイドショーなんかでも出てくることがあるから、有名よね。透視クレアボヤンスの訓練に使うものなの。けど自分でやってみたことはないんじゃない?」

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