08:体験入部・美咲


 あわてふためき、下手な言い訳をする美咲。


 (女子会って……カップラーメンとか焼き鳥とか焼肉を食べたりするんだ……)


 居留守の中で、女子のイメージがガラガラという音をたてて崩壊していった。


 美咲はすべてを勢いでごまかすように、二人をむりやり椅子に座らせる。そして自分は、なぜか居留守のすぐとなりに腰かけた。


 (うっ、美咲さんが僕のとなりに……!? ちょっと……刺激が……!)


 女子に免疫のない彼は、それだけのことで冷や汗をかいた。


もじもじしていると、美咲が勝手に話を進めてくれる。


 「いやぁ~、二人ともお疲れさま。労働したら熱くなっちゃったわねー」

 「そ、そうですね」

 「あんたはなにも働いてねぇだろうが……」


 美咲はシャツの襟に指をさしいれて、ぱたぱたとあおいだ。下手をすると胸元が見えてしまいそうな、危険な状態。居留守は急いで顔をそらす。


 「どこ見てるの? 樽内くん」

 「みっ、見てません!」

「ん? お話するからこっち向いてって話なんだけど?」

「じゃあ見ますっ!」


 残念なことに、シャツの中は見えなくなっていた。

 

 「……しっ、しかし、美咲さんの入ってる部ってオカルト研究部だったんですか。意外だなぁ」

 「えっ、意外って何が?」

 「なんかこう……美咲さんの印象だと、チアリーディング部とかに入ってるような感じがして」

 「なにそれー? もう、やらしーなぁ君は! 私があんなヒラヒラなの着てる想像でもしてたんでしょう」

 「ち、ちがっ!?」


(褒めたつもりだったのに……)


 「あんな、パンツ見せるためだけの服装なんて……ふしだらよ!」


 ばしっ! と美咲は居留守のほっぺたをはたいた。本気というわけではなく、冗談まじりだったが。


 女子の素肌が自分に触れたことは、居留守にとって喜びだった。


 「あ、ありがとうございます!」

 「アレ? なんでお礼言われたの私?」

 「いえ……。それで、オカルト研究部って何をしてるんですか?」

 「まぁ、UFOでもお化けでも、生まれ変わりでも超能力でも、なんでもやってるんだけどね」

 「え、『生まれ変わり』とか、どうやってやってるんですか!?」


 「青鳥高校部室で、学生が集団自殺」という見出しが新聞に躍っているのを想像してしまい、居留守は震えた。


 「あーっと、語弊があったね。とりあえず、色々調べたりしてるの。一回、活動を体験してもらったほうがいいかな? あ、アマドール君、もう時間なかったら帰っても良いよ?」

 「掃除だけやらされて、はいそうですかと帰れるか! ここまで苦労したんだから、一応、体験だけはしていくぜ」

 「そう。じゃあ前説として……」


 コホン、と美咲は咳払いをした。


そしていつもの明るすぎる笑みではなく、穏やかな微笑を湛えつつ、


 「突然だけど……二人は超能力って信じるかな?」

 「ゴミ屋敷掃除から、急にミステリアスな話題になったな……」


 フランが呆れたようにため息をつく。


 「で、どう?」

 「超能力ですか……。どうなんだろ。まぁ、もしかしたらほんとに使えるって人はいるかもしれないけど……でも、いたとしても、ごくごく稀って感じですかね?」

 「ふーん。じゃ、アマドール君は?」

 「超能力ねぇ? どっちかっつーと、マジックだのハンドパワーだのって言って、テレビに出演したりして荒稼ぎしてる――みたいな、イヤな印象しかねぇなぁ……」

 「そういう人もいるね」


 美咲は腕をくみ、うなずいた。


 「で、『本物』ってほんとにいるのかよ?」

 「いないわねー」


 美咲はあっさりかぶりを振った。 


 「なーんだ、いねぇのか。そりゃそうだよなー。あんなもん、全部トリックだよトリック」

 「えぇっ、いないんですか? じゃあなんで、そんなこと部活で研究してるんですか。やっぱりマジック研究部なんですか?」


 (マジック部でも、こんなに美人の先輩がいるなら普通に入りたいけどね!)


 しかし美咲の答えは、居留守の想像を超えていた。


 「うぅん、いるよ。ごくごく稀にはね」

 「「えっ?」」


 居留守とフランはハモった。すこし身を乗り出している。


 「いや、今いないって言ったじゃん。どっちだよ?」


 フランの指摘に、居留守も同感だったためうなずいた。美咲は、いたずらが成功したみたいに、可笑しそうに笑った。


 「ひとまず、こういう答えはどうかな?『いる』と思ってる人にとっては、いる。『いない』と思ってる人にとっては、いない。『稀にいる』と思っている人にとっては、稀にいる。どう? これぞオカルトっぽい答えじゃない?」

 「た、確かに……なんかそれっぽいですね。ちょっとハッとしました」

 「うーん。なんだかなぁ……まぁ別にいいけど、そういう答えって都合よすぎねぇ?」


フランは不満げに首をかしげた。


「なんかそーいう返事ってさぁ、外から追及されるのを避けてるだけみたいに聞こえるんだけどな? 『いない』と思ってるやつはもう関係ないから、こっちくんな! 的な……なんつーか、誤魔化してるみたいな感じで?」


フランは頭の後ろで両手を組み、長い両足を投げ出した。そういうポーズをしていると、顔の作りもあいまって、地中海でバカンスしている好青年のように見えた。


 (フラン、なかなか鋭いな……)


 彼の言うような深遠な批判など、居留守はまったく考えもしなかった。フランの顔を、穴が開くほど見つめてしまった。 


 「追及を避けてる、か……なるほど、そうとも言えるね。でも、そーだなぁ……ここはひとつ、オカルト研究部員として、一般人とキッチリ話をしてみようかな」

 「な、なんだよ」

 「ええっと、アマドール君がいま言ったのって……何か、オカルトとかを科学的に、客観的に検証しようとしても、『分かる奴だけ分かればいいんだ!』的な態度で、誤魔化されちゃう――みたいな、そういう意味でいいのかな?」

 「ん……あぁ。だいたいそんな感じだ」 

 「そっか。もちろん、それは至極まっとうな意見だとは思うよ。私も、こういうことに詳しくなかったら、同じ反応をしてたかもしれないし」


 美咲は、おもむろに脚を組んだ。ミニスカートが微妙にずり落ち、悩ましげな太ももがその分あらわになる。フランのとこからは角度的に見えない。見えるのは居留守だけだ。彼は、またも視線を逸らした。


 (うぅっ! は、話を聞き逃さないようにするので、精いっぱいだ)


 「ただ、今の私として言っておきたいのは、そういう『科学』とか、客観的な『検証』だけが、世の中の全てじゃない……っていうことかな。ええと、私も普通の美少女だし、科学とか別に詳しくはないんだけど――」

 「普通の美少女ってなんだよ……」


 美咲はスマートフォンをいじった。そして、居留守とフランに見えるよう、机の上に置く。


そこには、百科事典webサイトである「ウィルペディア」の、「科学」の項目が記されている。美咲は人さし指で画面をスクロールし、読み上げた。


 「『科学とは、実験や検証の積み重ねによって、自然界の現象がどのように起きているのかを解明すること』――だって。でも、実験や検証ですべてが解決するなら、それこそオカルト研究部なんて要らないと思わない? だって、ぜんぶ、科学部か何かで扱っちゃえばいいじゃない。科学ですべてが解決するなら、どうしてオカルトなんてものがいまだにこの世に存在するのかな?」


 「それは……迷信とか錯覚とか、そういうものなんじゃねぇか?」


 「もちろん、そういう結論に至るのは構わないと思うよ。でも、たとえば……UFOとのコンタクトにしろ、超能力にしろ、生まれ変わりにしろ、お化けや幽霊にしろ……ほんとに真面目に探してみれば、古今東西、数え切れないくらい膨大な実例や実録、研究があるものなのよ。そういのは『超心理学パラサイコロジー』ともいわれれてるんだけど……ともかく、『迷信』や『錯覚』ですべてを説明するのは、ためらわれるくらいね。別に、アマドール君は、そういうのを調べてみたことがあるってわけじゃあ、ないんでしょう?」


 「あぁ、ねぇな。……ただ、なんとなく科学が正しいと思ってたから、オカルト関係はうさんくせぇなと思ってたけだ」


 フランは、すこしバツが悪そうに姿勢を正した。

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