07:体験入部・美咲
「あれーっ、ねぇねぇ君! ひょっとして
「みっ、美咲さん!?」
そこには、制服姿の天橋美咲の姿があった。彼女は、居留守の記憶そのままの笑顔で、視線を合わせてくる。
(まさか、こんなすぐに再開できるなんて!? くぅ~~! きっと、美咲さんの話をしてたからフラグが立ったんだな!)
「いやー、なんとなく私の名前が聞こえた気がしてね。近寄ってみたら、君がいたのよ」
「そ、そうでしたか」
(べつに運命の再開ではなかったか……)
居留守はすこしトーンダウンしたが、気を取り直す。
「こんな所で何を……ひょっとして、部活の勧誘ですか」
「うん、そうよ。よかったら樽内くんも見学していかない? ……えーっと、そっちの彼は……?」
美咲は後ろに手を組みつつ、顔をかたむけて居留守のうしろを覗いた。
「あ、こちらは、同級生のフラン・アマドール君です。フラン、この人が天橋美咲さん」
「へーっ。よろしくね、アマドール君」
美咲は微笑んだ。やはり笑顔が素敵なので、居留守は思わず携帯で撮影して彼女を待ち受け画面に設定したい衝動に襲われた。
「あー、よろしくお願いします」
さすがに先輩だからか、フランは敬語を使っていた。おざなりの返事をすると、ちょっと居留守に耳打ちする。
『なんだよ、あの先輩。たしかにすげー美人だな』
『そうでしょ。いった通りでしょ!』
『うん。でも、あんな先輩いたかな? あれだけ美人なら、なんつーか、噂になってそうな気もするけど……俺がたまたま知らなかっただけか?』
「こらこら君たち。女の子ほっぽって、何ナイショ話してるの? 男の子がコソコソするのはよくないよ?」
美咲は、二人の肩をつかんでくるっとひっくり返した。力がけっこう強く、否応なしに振り向かされる。
「さあて。話が固まったね。じゃあさっそく、部室のほうに行きましょっか!」
あっけらかんと言ってのける美咲。
(まだ僕達、行くとも行かないとも話してないんだけど……まぁ行くけど)
美咲は、あっという間に居留守の手を握った。そして、とっとと部活棟の方向に歩き出す。
「おいちょっと待て! なんで俺だけ置いてくんだ!」
一気に、五メートルくらい後ろに取り残されたフランが、吠えた。
「えっ? あ、君まだいたの?」
「いるわ!」
「今日、ナプキン余計に持ってきちゃったんだけど、ひょっとして要る?」
「いるわ! ――いやっ、要らんわそんなモン!」
フランは、顔を真っ赤にして怒鳴った。対して美咲は涼しい顔をしている。
(すごい寒暖の差だ! ……っていうか、ナプキンって何? 美咲さんって、ご飯をよくこぼしちゃったりするタイプなのかなぁ)
あばたもえくぼというやつか、居留守は微笑ましく思った。
「だって君、運動部なんでしょ? 入る気もないのに、冷やかしで見学されても困るのよね~。新校で、入部の芽がある樽内くんを狙うのは当たり前じゃない?」
「……そりゃそうだがよ。っていうか何でそんなこと知ってんだ。俺は、あんたの顔も見たことないくらいだってのに」
いつの間にか、フランの敬語が解けていた。
「だって、さっき話してるのが聞こえたんだもん。……って、まあ、さっきの『来るな』ってのはうそうそ♪ 別に、一人来ようが二人来ようが変わらないし。冷やかしの人だけってのは困るけど、樽内くんさえ来るっていうなら、うん。君も、おまけでついてきてくれてもいいよ?」
「なにか悪意を感じるが……まぁいいか。今日はプール使えなくてどうせ筋トレだけだし。たまにはこういうのに参加してみるか」
「よっしゃー、決まりね。レッツゴー!」
ずんずん進む美咲の後ろを、居留守とフランが追いかける。
「あれ? そういえば美咲さん。ほかの部員さんとかはいないんですか? 美咲さんがここを離れたら、勧誘する人が誰もいなくなっちゃいますが」
「え? あー……今日は、他の部員がみんな休みでねー。ワンマンアーミーなのよー、すごいでしょ? ところで君たち、どこ中?」
急に話題をぐいっと変える美咲だった。
(美咲さんって、話上手で素敵な人だなぁ……!)
言動に落ち着きがない――ともとれるが、居留守はもはや、恋に落ちて美咲を否定できなくなっていた。
「えーと、僕は地元の公立中でした。がんばって、なんとか青鳥高校に入ったんです。実は、妹は中学受験でここに受かったんだけど、僕だけ落ちちゃって。高校でまたチャレンジ、そして見事リベンジってわけです! ただ、補欠合格でしたけどね……」
「そうなんだぁ? いやー、補欠だからって気に病むことはないよ。受験の成績なんかじゃあ、人間の価値は測れないの!」
「そうですね。ちょっと元気が出ました!」
「まぁ成績で、人間の勝ち負けは分かれちゃうんだけどね! あははは~っ」
「せっかく出た元気が、ひっこみました……」
「その言い方、なんかきたねぇなオイ」
美咲が笑い、居留守は落ち込み、フランは冷静だった。
「で、アマドール君はどこ中? アル中とか?」
「そんな補導されそうな中学があってたまるか! 俺は旧校だよ。青鳥中学出身」
「そうなんだ。まあ知ってたけどね。場を持たせるために話のネタを振ってみただけなのよ。出身中学くらいしか共通の話題ないし」
「知ってるなら聞くな!」
美咲は、居留守とフランのほうをむいて愛想よく笑っている。なんと、器用にも、後ろ前に歩いていた。まるで全方位が見えているかのようだ。
「共通の話題……といえば、そもそも、美咲さんの入ってる部活ってなんなんですか? 『手品部』とか、そういうのではないって言ってましたけど」
居留守が尋ねる。と、美咲はにっこりと、コケティッシュな笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくれました! その答えは……そう!」
「「そう!?」」
「――CMの後で!」
居留守とフランは、ずっコケそうになった。
「……いや、『コケティッシュ』ってのは、『人をコケさせる』とか、そういう意味じゃないのよ? 勘違いしないでね?」
「じゃあ、『ティッシュに苔が生える』とか、そういう意味でしょうか」
「気持ち悪ぃなそれ……どこのゴミ屋敷だよ」
「いやぁ。さすがにそこまで酷いゴミ屋敷はないんじゃない? 苔が生えるなんて、まさかぁ!」
フランのツッコミに、居留守は笑った。
「ほら、二人ともバカ話してないで。ついたよ。はい、いらっしゃ~い!」
「オカルト研究部」と書かれたドアを開く美咲。すると――
「「な、なんだこれええぇぇ!?」」
――そこは、ゴミ屋敷だった。
カップラーメンのスチロール製空容器。
焼き鳥のプラスチック製空容器。
オレンジジュースやサイダーやミニマム・コーヒーの空きアルミ&スチール缶。
野菜ジュースやいちご牛乳などの空き紙パック。
魔法瓶。
ストローや、ストローの入っていたミニビニール袋。
個包装パックの飴がまだ残った、ハッカのど飴の袋。
ブルキャットソース、エディンバラ焼き肉のタレ、チューブにんにく、七味などの調味料。
洗ってない不潔な木製のまな板と、年季の入ったパン切り包丁。
机の中央にデンと鎮座したカセットコンロと、取っ手つきなべ。
食べ散らかした肉汁の跡が残るお皿。
たまごの殻。
キャベツやブロッコリーの芯。
トマトや人参やナスのへた。
ゴキブリぽいぽい。
15センチ四方くらいの置き鏡と、櫛。
リップクリーム、ファンデーション、化粧水、マスカラ、その他用途不明の化粧品。
爪きり。
本当にコケがむしていそうな丸まったゴミティッシュと、ティッシュボックス。
脱ぎ捨てられ、折り曲がり、飲み物をこぼした跡のあるワイシャツ。
そして、水色、白、ピンクなど、上下の色が統一されてない女性用下着――
「ぎゃああああ~~っ!? み、見ないで、見ないでっ! そうだった、片付けをしたつもりですっかり忘れ――いや、なんでもないの! これはきのう、部活の先輩たちといっしょに、きのう新学年祝いをしたからなの! 私だけのせいじゃないの! 信じて! あと見ないでぇ~っ!」
居留守とフランは、その惨状に言葉を発することもできない。ただ突っ立っている。美咲はドアをバタンと閉めた。
その汚らしい魔窟がかろうじて正常な部室に戻るまで、約45分を要した。
「いやぁー、やっと綺麗になったよ。さ、入って入って、部活を始めましょう!」
美咲は爽やかに笑って、親指をビッ! と立てた。一方、居留守とフランは肩で息をしている。男性陣は、なぜか相当働かされたのである。
「はぁ、疲れたぁ……ゴミ捨て場と部室を三往復もしちゃったよ」
「なんで、俺らも掃除手伝わされてんだよ……。それに、なんだったんだ、あの生活感あふれるきたねぇ部屋は」
「だっ、だからぁ、 昨日宴会――いえ、パーティ、いや女子会をしたからなの! いつもじゃないの!」
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