06:教室・リーファ

 肌は浅黒い色、あるいは茶褐色。南の島でヤシの木の下にいたらとても似合いそうな、野性味のある色だった。


 かと思えば、髪の毛はなんと銀色だ。蛍光灯の光が、キラキラとはかなく反射している。そんな髪が腰まで伸び、天の川かと錯覚させるほどの美景だった。


 (うわぁ、こんな髪見たことない。金髪だったらるぅちゃんがいるけど、あれはただ染めているだけだし……頭のてっぺんに、微妙に黒髪残ったりしてるし……でも、この子は完全に銀色一色だ。いったいどっから来たんだろう?)


 どちらかといえば、人間というより妖精に近い見た目だった。


 「おいおい、そんな変な声を出さなくても良いだろ。俺がおどかしたみたいじゃねぇか」

 「ごめんなさい……」


 少女は頭を垂れ、そしてそれっきり上げなかった。よっぽど痛烈に謝意を表明したいらしい。


 (な、なんだこの子?!)


 「ふ、フランの知り合いなの?」

 「知り合いっていうか……俺は男子水泳部なんだけど、こいつは女子水泳部でな。練習は別れてしてるけど、プール一個しかないから、たまに見かけるんだよ。顔見知りってとこか」

 「なるほどー。あ、あのー、聞いてたかもしれませんけど、僕は新校の樽内居留守たるうちいるすです。よろしくお願いします」

 「はいっ! 私は、旧校の……チャン・リーファです。……あの、入学式では、まともに返事ができなくて……すいません、でした」


 リーファはようやく、顔を少し上げた。とはいえまだ下を向きがちだ。机を意味なく見つめたかと思えば、ときどき上目遣いで、居留守の様子をひかえめにうかがう。


 (あれっ? この子、僕に気づいてないだけかと思ったけど……いちおう、気づいてはくれてたのか)


 どうやら、「気づいてなかったから」返事ができなかったのではなく、「びっくりして」できなかっただけらしい。


 「い、いやー、僕に気づいてくれる人が一日に三人もいるなんて、かなりめずらしいなあ~。挨拶してもらえただけですごく嬉しいんで、そんなに気に病まないでください!」

 「は、はい……ごめんなさいっ……!」


 リーファは再び勢いよく頭を下げる。あまりに動きが速過ぎて、止められずに机におでこをぶつけていた。ものすごく痛そうである。


 「ちょっ!? 大丈夫ですか!?」

 「はい……あの、平気です。いつものことですから」

 「あ、なるほど……」


 リーファのおでこは、微妙に膨れていた。かるいたんこぶになっているらしい。それは何度も怪我をしていることをうかがわせた。


 「おいイルス。気になったんだが、お前なんで俺にはタメ語なのに、女には敬語使ってんだよ」

 「えっ!? それは……だって、フランはタメ語だから、同じにしただけで……」

 「フッ。そうか。でもいいのか? そんな自分から距離とってちゃ、一生彼女とかできなそうだぜ? さっきミサキとかいう女がどうとか言ってたけど、あーあ、そんなんじゃずっと友達どまりだな。初恋は叶わないって、よくいうからな!」

 「えぇっ!?」


 居留守は大きな衝撃を受けた。


 (そういえば僕、美咲さんに対してもずっと敬語だったな。もしかして、これってダメだったの!? もっとフランクな話し方じゃないとダメなの?)


 「じゃあ……その、タメ口でいいかな? リーファ……さん」

 「は、はいっ……私は構いません、けど……」


 リーファは恥ずかしそうに言う。


 「うん。じゃあ、これからはそうするね。あと、できれば、リーファさんもタメ口にしてもらえると嬉しいかな~って……」

 「いえ……わ、私は……」


 リーファはますます縮こまった。もう4月だというのに肩が震えている。あまりの哀れさに、居留守はいじめやカツアゲでもしているような気分になった。


 「い、いやっ! 別に無理だったらいいです! 無理しなくても! すいませんでした!」

 「いえ、すいません……私のせいで……本当にすいませんっ……! 申し訳ないですっ……私、川の深いところで沈んできますっ……!」

 「んなっ!? お、怖いこと言わないで!」


 緊張の極に達したらしい彼女は、ぎゅっと歯を噛み締めた。そしてなんと、額を机にガン! ガン! と打ち付けはじめる。あまりの音響に、クラス全員が驚愕の目線を向ける。


 「わわわわっ、ちょっと何やってんのリーファさんっ!? やめてっ、僕のために自分を傷つけないでっ!」 


 ヒロインじみた台詞をはきつつ、ヒロインを慰める居留守。


 リーファは少しして落ち着いた。が額には血がにじんでいた。たまたま居留守が持っていた絆創膏を貼り、ようやくまともな見た目になる。彼女は、神経質そうにそこに触れていた。


 「すいませんでした……つい興奮してしまって」

 「い、いや……」

 「あと……これ、ありがとうございます」


 リーファはももの間に自分の手をはさみこみ、もじもじ落ちつかなそうにしている。顔が、耳まで真っ赤になっていた。別に出血痕ではない。


 フランは、頬杖をついて面倒くさそうに言った。


 「途中までは、微妙にお見合いみたいな雰囲気だったんだけどな……いったい何を間違ったらこうなるんだか」

 「さぁ……僕も何がなんだか……びっくりしちゃって」

 「すっ、すいません、私なんかのせいで……!」


 泣きそうになり、リーファの声がゆがむ。自傷行為を再開しようとする彼女を、居留守とフランは、力ずくで押しとどめなければいけなかった。


 

 翌日から、さっそく青鳥高校で授業が始まった。


 行きの電車では、妹が時間をずらし、居留守はいっしょに登校することはできなかったが……。


 (ふふふ、もう僕には友達がいるんだ。登下校なんてこわかない!)


 「というわけで、フラン。よかったらいっしょに帰らない?」

 「悪い。今日からもう、部活があるんだ 。一人で帰ってくれ」

 「ガーン!」

 「口で効果音を発するなよ。……なら、イルスも部活にでも入ったらどうだ? そしたら、もっと友達とかできるんじゃないのか」

 「そ、そうだね……まぁ、何かには入ったほうがいいのかな? でも趣味とかないんだよね、僕」

 「趣味がないのに、部活も入ってなかったらなおヒマだろ。もったいないんじゃないか、時間が。学生時代は有限だぜ?」

 「それもそうか。じゃあ何に入ろう」

 「いちおう聞いておくけど、うちの水泳部とかどうだ?」

 「う、うーん、運動部はちょっと……運動にがてだし。ていうか、『いちおう』って何」

 「そりゃ、お前は運動とか苦手そうに見えたからさ」


 居留守は思わず大口を開けた。


 「なんで!? 僕ってけっこう活発に見えない?」

 「いや。活発なのは口だけで、体はあまり鍛えてなさそうなんだよな……」

 「ガーン!?」

 「そういうところがだよ。でも水泳部はけっこうきついぞ。実際、あんまりおすすめしないぜ。あれは筋力が重要なんだ。イルスの体じゃ、まず半年は筋トレ三昧だろうな。それにお前、泳げたりするか?」

 「うん。……5メートルくらいは」

 「そうか……」


 フランは、なぜか急に教室前方の黒板消しに興味を持ったようだった。視線を居留守からそらしている。


 「何かコメントしてよ!」

 「世の中には、まったく泳げないやつもいるんだぜ。そう気を落とすな。でもそれじゃ、泳ぎ方を身につけるのにもう半年。まともに活躍できるのは二年から――ってところか。要するにだ、俺が言いたいのは『悪い事言わんから止めとけ』ってことだ」

 「心の折れるコメントありがとう……」

 「けど、もう部活仮入部期間ははじまってるだろ。いろいろ、回ってみたらいいんじゃないか? そうだな……イルスはひよわそうだし、運動部のガチムチの三年とかにたかられると困るだろ。特別に、すこしならいっしょに回ってやってもいいぜ」

 「ありがとう。恩に着るよ」 

 「なに、そんなもん着なくていいぜ。旧校として、新校のやつを助けるのは当然の義務だ」


 男前な台詞を吐いたフランは、カバンを持って席を立った。居留守も続く。


 なお、リーファは授業が終わると同時に、どこかへすっ飛んでいったので、もういない。女子水泳部らしいし、今頃プールの中にでも沈んでいるのだろうと居留守は思った。


 「いいか。女子ってのは、いま俺がやったみたいな感じで誘うんだ。次、ミサキとかいうのに会ったら、試してみるんだな」

 「あっ……なるほど ! 恩を売っておいて、けど着せないんだね!」

 「何かピントがずれてる気がするけど、だいたいそんなところだ」

 「そんなに話しかけるのが上手いってことは、フランはもう彼女とかいるんだろうなー、うらやましい!」

 「ぐっ!? ……それは……まぁ、高校生になったことだし、今年から本気出すぜ」


 新入生を求めて、運動部の上級生が構内を徘徊している。正門近くの通りは避けて、二人は、文化部の多いひとつ向こうの道に入った。


 そしたら、

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