05:入学式・美咲 リーファ

 (あれ? 美咲さんに『僕は友達がいなかった』なんて恥ずかしいこと、言ったっけな?)


 ん? と居留守は首をかしげる。すると美咲は、ちょうど居留守の疑念に答えていた。


 「……いやー。女の子と話したことがないってことは、男の子の友達もいなかったんだろうねー。ずいぶん寂しかったんじゃないの、樽内くん?」

 「はい、そりゃあもう。寂しかったっていうか、もう純粋に困りましたね。学校休んじゃっても、授業のノートとか見せてくれる人いないし。だから、なるべく風邪ひかないように努力してて。おかげで、気温が低くなるのに敏感になっちゃって、着ていく服の選び方が異様に上手くなっちゃいましたよ。外套を羽織っていくとかいかないとか、下に一枚シャツを増やすか増やさないかとか、そういうやつですね。あと――って、どうかしました?」

 「うっ ……この子……すごく不憫だ!」


 美咲は口を押さえ、泣きマネをした。マネとはいえ、不憫がっているのは嘘でもなさそうだ。


 二人は、部活棟らしき建物に入った。トランクを置く。


 「いやー、ありがとね。助かっちゃった。私このあと用事があるからもういくけど、君は入学式だよね。つれまわしちゃったけど、講堂の場所分かる?」

 「はい。僕は地図が読める男ですからね」

 「あははっ、樽内くんおもしろ~い! なら私は、人の話を聞ける女かな? それじゃあ、また学校でね!」


 美咲は手をふって、パタパタと去って行った。その後姿に、居留守はひとり感動していた。


 「あぁ……良い人だったなぁ、美咲さん。しかも美人とか、もう完璧すぎる! また会えるといいなぁ……」


 

 良い思いをした居留守だったが、しかしそんなことばかりではなかった。余裕をぶっこいていたら入学式に微妙に遅れてしまう。

 

 自分のために用意されていた空席(友達が用意してくれたとかではなく、座る席が事前に決まっていただけ)に、目立たないように抜き足差し足で向かった。


 (出席番号順に座ってるのかな? 式の最中だし、話しかけるのもなぁ。話しかけても、気づいてくれるか微妙だけど……)


 式の合間をぬって、話しかけてみる。

 

 が、右隣の男子は、さらにとなりの生徒と話していて、居留守の声には気づいていないようだった。


 「あのー、すいません。もしもし? その~。……はぁっ」


 (ここまで影が薄いのも、もう才能かも……)


 彼はめげず、今度は左隣の女子に話しかける。


 「あのー、こっ、こんにちは」

 「ヒッ……!」


 女子は、声には気づいたようだった。が、なぜか体をビクつかせ、縮こまり、そっぽを向いた。


 (な、なんなんだこの反応……声には気づいてるのに、存在には気づいてくれないって、逆に器用だなぁ)


 まるで、宇宙人とコンタクトしているかのような気分になり、居留守は嘆息した。

 


 入学式後、クラスに行く。居留守は1-1だった。


 ホームルームが始まるまで、生徒たちはがやがやとしゃべっている。とはいえ、まだ学校は始まったばかり。だから、黙りこくっている生徒も多い。居留守もそういうクチだった。


 (ふぅ……まだ、僕みたいなのは目立たずに済むな。でも今後、友達どうしで固まるだろうし、そしたら辛いなぁ)


 席でひとり思い悩んでいると、 


 「よう、あんたさっきから何やってんだ?」

 「……え? ぼ、僕?」


 右隣の席に座っている男子生徒が、居留守のほうをはっきり見ていた。その生徒は、入学式で隣にいた男子とは違った(そっちは、いま居留守のすぐ前にいる)。


 「そうだよ。なんか頭をぐるぐる回したり、頭を抱えたり、髪をかきむしったりしてるから何かと思って。お前、ちゃんと風呂入ってるのか?」

 「違う違う。ちょっと考え事をしてて。……いやー、でも、気づいてくれてありがとう。君のおかげで、悩まなくてよくなったよ」

 「は? 隣の席だったから、話しかけただけだけどな。なんだ、『気づいてくれて』って?」

 「いやー。どうも僕、影が薄い性質で、なかなか周りの人に気づいてもらえなくてね。さっきそこの……前の彼にも話しかけたんだけど、なんだかすっかりスルーされちゃって」

 「あっははははっ! なんだよ、おかしなヤツ。まぁいいや。俺はフラン・アマドールだ、よろしくな」


 フランは手を差し出し、握手を求めた。居留守は素直に応じる。なんだかそれだけで、学生生活がうまく行く気がしてしまう居留守だった。


 (ふわぁ……女子につづいて男子の知り合いまでできたぞ! これは良い感じじゃないか?)


 フランはずいぶん強く手を握り、人のよさそうなニカッとした笑みを浮かべた。名前からしても人種が違うはずだが、気後れする様子もない。


 「うん。僕は樽内居留守たるうちいるすだよ。イルスで良いよ」

 「んん? なんか変わった名前だな。聞いたことないぞ、そんな名前」

 「それ以前に、人間の名前じゃあないと思うけどね……」


 居留守は自分で言って、自分で涙目になった。


 「なるほど、十年以上前に流行ってたらしい、キラキラネームってやつか」

 「キラキラどころかドロドロだけどね。それより、フランも新校?」

 「いや、俺は旧校だ」


 「旧校」は、青鳥中学から高校へ、エスカレータ式に進学した生徒を意味する。逆に「新校」は、高校受験ではじめて青鳥高校に来た生徒のことだ。


 「イルスは新校なんだな。俺も高校の校舎に来るのは今日がはじめてだけど、ま、わからねぇことがあったらなんでも聞いてくれよ」

 「ありがとう! で、さっそく一つ聞いていいかな? あの、入学式の前、外に人だかりができてたんだけど、知ってる?」

 「さっそくでなんだが……いや、知らねぇな」

 「そこでさ。なんか、笑顔が超可愛くて、マジックが上手い子がいたんだけど、知ってる? 天橋美咲さんって言うんだけど。上級生で」

 「アマバシミサキ……? う~ん、聞いたことねぇな。同学年だったら、みんな名前くらいは知ってるんだが、上級生だと全員は知らない。わりぃな。で、なんでいきなりそんなことを?」

 「いや~。彼女、僕の存在に気づいてくれたし、ちょっと天使か何かじゃないかと思えてさー!」


 美咲の笑顔を思い出し、居留守は自分の手を握り合わせる。恍惚とした表情になった。


 「え、今日はじめて会ったんだろ? イルス、お前惚れやすすぎだろ……」

 「そりゃ、あれだけ可愛くて、しかも僕のことを認識してくれたんだよ? そりゃ惚れるさ!」

 「『あれだけ』と言われても、俺は分からねぇんだが。それにしても、認識してくれるだけでいいのか? お前の存在を? ……ハードルひっくいな、お前。将来、変な女とかに騙されるなよ。マルチ商法とか、美人局とか、そういうの」

 「いやだなぁ。並みの人間が僕に気づくわけないじゃない! 当然、僕を勧誘する人なんていないよ。僕の存在を見抜けるような人は、勧誘員なんてやらずに諜報員にでもなってるって~ははははっ!」

 「嫌な特技だな……というか、嫌な特性だな。イルスは」

 「『とくせい』だなんてそんな、僕はポジモンじゃないんだからさ~!」


 居留守があるビデオゲームのタイトルを挙げると、フランは苦笑した。


 そんな感じで、何年振りか分からない談笑を、居留守はその即席の友人と続ける。ふと、そんな折、フランは居留守のすぐ後ろに目を向けた。


 「アレ? あんたは……確か……チャンか?」


 その言葉は居留守に向けられたものではなかった。居留守のすぐ後ろに女子が座っている。よく見れば、入学式で居留守のすぐ隣に腰かけていた少女だった。


 入学式も、今この教室も、出席番号順で座っているのだ。入学式で隣なら、教室で隣になるのも道理だった。


 「……ひっ!?」


 少女は肩をすくめた。


 (あれ? この子、またビビってる……)


 よく見ればその少女は、居留守の目には少々奇抜に映る外見をしている。

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