04:マジカル美少女・美咲


 (僕には、あんな子は高嶺の花だなぁ。見ているくらいがちょうどいいや)


 そんなひ弱なことでどうする! と自分を叱咤する彼も、心のどこかにいた。が、こんな人だかりでナンパする度胸は、とても彼にはない。


 一通りマジックが終わる。観客がやや名残惜しそうに離れていくのを尻目に、少年はそこでぼんやり立っていた。


 不意に、あとかたづけしている少女と目が合ってしまった。


 「……ねぇねぇ、ちょっと。そこの君」


 少年は、自分の後ろを振り返った。


 「いやいやいやっ! 君だよ君。いま後ろ向いた、男の子の君ね」

 「は、はぁっ……!? ぼ、僕ですか?! すいませんっ、ありがとうございます!」

 「? なんでいきなりお礼言われてるの私。あ、マジックが」

 「僕に気づいてくれて、ありがとうございますっ!」

 「……えー?」


 涙ながらに礼を言う少年。いっぽう少女は訳がわからないという風に、口を「~~」という形にした。


 「お礼を言うことかなぁ? そりゃ、だって君。ずっと突っ立って、こっちを見てたでしょ? 誰だって気づくよ、普通」

 「はっ……そ、そうですか!? すいません、別に変なとことかは全然、みっ、見てないんですがっ……!」


 ミニスカートと、そこからのぞく太ももを、少年はチラ見してしまった。


 (あ、ヤバ。見ちゃった……ていうか、何言ってるんだ僕は?)


女子と会話のキャッチボールを交わすのは何年ぶりなのか、少年には分からなかった。


 どちらかというとドッジボールみたいな感じで噛み合っていないのだが、ともかくも、少年は舞い上がった。


 「なに? 自分から申告するとか、おっかしー。緊張とかしてるワケ? カワイー!」

 「いやぁ、アハハハっ」

 

 (あなたのほうが可愛いよ……!)


 「変なとこ見てなかったのは知ってるよ。だって私も見てたもん。君のこと」


 少女は、マジックしていたときの、あの魅力的な笑顔をしてみせた。遠くから見てた時もつい吸い寄せられそうな笑顔だったが、近くでも印象はそのままだった。


 「アハハハ……は? え、それってどういう……?」

 「いやー、ちょっとね……私、君のことが好きになっちゃったかも」


 まったくブレない素敵な笑顔で、少女は爆弾発言をした。ぽん、と少年の肩に手を置き、むやみに顔を近づけてくる。距離約三十センチくらいになり、息遣いまではっきり聞こえた。


 「……はっ!?」

 

 少年の顔がこわばる。


 (……う、ウソだろ!? まさかっ、4月になって春が来たと思ったら、いきなり僕にも春が来たなんて……!?)


 少女の顔は、ニンマリという別種の微笑みに包まれた。ぽんぽんっ、と肩を連打する。


 「うそうそうそうそ~♪ そんな簡単に惚れないってー。そんな安い女じゃないのよ! っなんつって。あ、ゴメン、マジにとっちゃった?」


 少女は得意げに髪を掻きあげ、ほのかにシャンプーの匂いを空気中に漂わせた。 


 (くっ、くやしい……でも良い匂い……!)


 「い、いえ……知ってました」


 (一瞬、ちょっと夢見ちゃったけどさ!)


 少年は、目から血の涙が出るような錯覚を覚えた。


 「まっ、今のはちょっとサービスね。で、すこし手伝ってもらいたいことがあるんだけど……いいかな?」


 数分後、少年は少女といっしょに、大きなスーツケースを一つ運んでいた。


 ひとつしかない取っ手を、二人いっしょに持っている。そのせいで、手の甲どうしがコツコツ当たっていた。


そんな程度でも、少年は充分ドキドキしていた。なにせ中学で、女子の友達はいなかったのである(もちろん男子も)。女子への免疫はゼロ。ただし妹は除く。


 「いやー、ありがとね! ちょっと、入学式だからって張り切りすぎちゃって。道具いっぱい持って来すぎちゃった。ちょーっと重くって、誰か手伝ってくれないかと思って。そしたらちょうど、男の子がひとり、なんかカカシみたいに立ってたから、お願いしちゃった」

 「か、カカシって……」


 (僕もかっこいいポーズとか、練習したほうがいいんだろうか……?)


 「あ、申し遅れました。私は天橋美咲あまばしみさきです。どーぞよろしくお願いします」


 美咲は、芝居がかった口調で胸に片手を置く。そして一礼した。わりと愉快な性格らしい。


 「えと、僕の名前は、樽内たるうち……です。こちらこそよろしくお願いします」


 美咲につられてではないが、たぶん上級生だろうと思い、少年は丁寧語を使った。


 「樽内くんね。下の名前は?」

 「うっ!?」


 (けっこうぐいぐい来るな、この人……)


 また顔を近づけてくる美咲に、少年は言いよどんだ。どうも綺麗なものが顔のすぐ近くにあると、彼は落ち着かなくなる。


別に逆潔癖症とかではなく、それは全世界の男子高校生に共通する健全な症状だった。


 「え、何。名前くらい教えてくれてもいいでしょ?」 

 「はい。い……いるすといいます?」

 「へ? 『いるす』? 漢字はどういうの?」

 「いえ……そのまんま、『居留守いるす』です。家にいるのに、いないふりをするっていう例のアレです。宗教勧誘とか新聞勧誘とかが来たときにするヤツです。英語でいうとプリテンド・トゥー・ビー・アウト」


 名前を聞き返されるのは慣れている。少年はよどみなく説明した。 


 「へ、へー……なかなか、面白い名前ね」

 「最大級の褒め言葉ありがとうございます。たぶん、父と母が、名づけに関して頭おかしいんだと思いますね」

 「まぁ、ぶっちゃけありえない名前よね」

 「同士がいた!?」


 (まさか、あのアニメの名台詞を使う同士がこんなとこにいるなんて……! これは友達、あわよくば恋人とかなれるのでは!?)


 少年は、あまったほうのこぶしをぎゅっと握り締めた。それがいきすぎた妄想であることには、気づいていなかった。


 「あ、あのーっ、美咲さんは――」

 「あぁ、私はマジックが趣味でね。別に、部活ではないよ。部活は他のに入ってるし」

 「あ、アレすごかったですね」

 「アリガト。うぅん、なんていうのかなぁ。ああいう、人の裏をかくっていうのかな? そういうのが得意なのよね。やっぱり、この笑顔が人をひきつけちゃうのかしら?」


 美咲は、例のばくはつスマイルをする。ちょっと顔をかたむけて、なおかつピースサインのおまけつき。ただその発言は少し恥ずかしかったのか、微妙に頬が紅潮していた。


 「はい、そうですね。美咲さんの笑顔はとても素敵だと思います。僕もたまたま、可愛い女の子でもいるのかと思って、人だかりに入っていってしまいましたけど。美咲さんのにっこりしてるのを見て、予想があたってよかった~ってガチで思いましたからね。っていうかもう女子と話すの久しぶりなんで、今日のことはたぶん一生忘れられないですよ」

 「……び、美少女……うん。あー……あの、ありがとう」


 こんどは、美咲の顔はあきらかに紅潮した。満面の笑みを浮かべたままで、しかし汗を一筋タラリとたらしている。


 「どうしたんですか? 風邪ですか」

 「いえ……なるほど。君は天然なのかしら。わかっちゃったよ。……でも、それだけしゃべれてるのに、友達がいなかったの? なんだかおかしな話ね。普通、友達がいない人って、『友達欲しいけど、話し方がわかんないよ~!』って子か、『そもそも友達いらないし一人でいたい!』って2パターンくらいあると思うけど。君の場合は、前者ではないよね?」

 「いやー……どうでしょう。でも後者でもないですよ。なんか僕って、すっごい影薄いんですよねー。『あのー、僕ってここにいますか?』とか、聞きたくなっちゃうくらい。広い意味では、前者かもしれません。で、いますよね?」

 「いるいる! いるから、安心していいから。居留守とか使わなくていいから」


 美咲は、居留守の肩をまた叩いてきた。やっぱりスキンシップが激しい。


 (うぅっ。正直、女の子に触れてもらえるだけで嬉しい……! たとえ手のひらだけでも、一瞬でも……!)


 聞きようによってはおかしなことを考える居留守。


 ふと、ひとつ疑念が浮んだ。

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