03:マジカル美少女・美咲 妹
るぅが落ち着くと、話題は今日のことにのぼった。
「僕も今日から高校生かぁ。中学校って小学校より全然早く終わっちゃったなぁ」
「そうだね。私は中一でもういっぱい友達いたけど、バカ兄貴は一人も友達も作れないで終わったもんね」
「うぅっ……それだけは言わないで!」
体育の時間にペアを組んでくれる人が、三年間ずっとおらず、みじめだったことを思い出し、少年は悶えた。
ぷしゅーっ、と電車の扉が開いた。青鳥高校・中学に行くには、乗り換えなくてはいけない。この話題は危険だから、ここら辺で切っておこう、と少年は胸をなでおろした。
ホームを降り、別の路線の電車に乗り込むと、
「っつーかバカ兄貴、なんで一人も友達いないワケ? 大人しそうだし、ガキ大将とかいじめっ子とかの友達なら、できそうに見えるけど」
るぅは、しつこくその話題を続けてきた! 少年はぎくりと肩を数センチ上げる。
「そんな人たちは友達じゃない! ぜったい別の何かだ!」
るぅは、「んーっ」とあごに人さし指をあてて考え込んでから、
「あぁ、パシ――」
と言いかけた。そういうあざといポーズも、ロップティーンに載っていたのかもしれない。
「それよりも! 僕は、友達作ろうとはしてるんだよ? だって、分かるでしょ。るぅちゃんにだって、こうしていつも話しかけてるからね。僕はそれなりに根気はあるんだ」
「べつに私は、バカ兄貴なんかと友達になりたくないんだけど。でも、なんで友達できないのよ? 話しかけてんでしょ?」
「なんでだろうなぁ……話しかけても話しかけても、『あ、いたの』とか『えーっと、ゴメン、誰だっけ?』とか。ひどいと、気づいてもらえずスルーとか、もうね……」
「えーっと、ゴメン、誰だっけ?」
「兄貴ですっ!」
るぅの小さい肩を、少年は揺さぶった。るぅの目が白黒する。
「わ、分かった、分かったから……触んないでっ! ……でも、そこまで影が薄いってのも、もう病気ね」
「かもね……」
否定できずに、少年はうなだれるしかなかった。
ふと、少年は気にかかることを見つける。
妹は、近頃、携帯を買ってもらって、以来昼夜となくいじり続けていた。けれど今は、手持ち無沙汰に窓の外を見つめるばかり。
「そういえばるぅちゃん、携帯はどうしたの? こないだまで、トークの履歴を僕にさんざん自慢してたじゃん。それに、部屋でもほとんど、毎日のように長電話してた気がするけどな……」
「自慢なんてしてないしっ! ていうか人の電話とか盗み聞きすんなっ、キモい!」
るぅはバタバタと手をふって怒りを露にする。そんな姿を、少年はちょっと可愛いなと思った。
(実際、るぅちゃんはモテるもんなぁ)
身内の贔屓目、というのもあるかもしれない。けど、もう彼氏がいるくらいなので、まったく大はずれな評価ともいえなかった。
(僕に対しては乱暴だけど、きっと友達とか彼氏の前ではかわいこぶってるんだろうな……)
指摘するとどうなるか分からなかったため、それは黙っておいたが。
「や、ちょっと、携帯の充電忘れてただけだから」
「あ、そうなんだ。じゃあちょうど、僕と話す時間ができてよかっ――」
「――たね」と言おうとしたら、 ちょうど電車が目的地のイーストポート駅で止まった。
話す時間は、終わっていた。
「バカ兄貴も、さっさと友達でも彼女でも作んなさいよね。このバカ」
ドア近辺で一回振り返り、るぅはそう言った。ぎゅっと目をつぶりながら、べぇっと舌を出している。その仕草はじつに自然で、じつに憎たらしく、そしてちょっと茶目っ気があった。これは雑誌のマネではない。と少年は直観した。
(バカって二回言う意味はなんなんだろう……?)
妹はさっさとホームへ降りて行ってしまった。同じ制服を着た学生たちがいっぱいホームにいて、そこにまぎれて見えなくなる。
中学三年生は、今日も普通に授業があるという。学校の校舎にいくまでに、妹は友達と合流し、あるいは彼氏と連れ立って談笑するのだろう。
(さて、僕はどうしようかな……)
ひとりぼっちに選択肢はない。けっきょく少年は、ひとりで青鳥高校入学式に向かった。その背中には、仕事に疲れたサラリーマンのような哀愁が、早くも漂っていた。
妹の罵倒だか激励だか分からない言葉に、じつはちょっと元気づけられていた少年だった。が、やはり一人には変わりがない。
ブルー国には、いろんな人種がいる。
といっても、その中で、ここイーストポート地域にいるのは、ほとんどアジア系のようだ。たまに、肌や髪の色が、居留守から見て「変わっている」人もいる。が、ことによると、それは髪を染めているのと区別がつかないこともあった。妹のすごい頭を見た後はとくに……。
いずれにしても、どの生徒も少年の知り合いではない。彼は、落ち着かなかった。
校内で、人だかりに遭遇したのは、ちょうどその時だった。
僕には関係ないな、と、通り過ぎようとしたその時、
(もしかしたら可愛い女の子でもいるのかもしれないし、別に野次馬になっておいても損はないんじゃないか!?)
という思考が、妙にくっきりと少年の頭の中に浮かんだ。
(あれ? なんだ、今のは? 僕はそんなにアグレッシブな性格じゃないんだけど。うーん……それだけ、友達とか彼女が欲しいってことかな? まぁ、時間はまだまだいっぱいあるし、いちおう寄り道しても大丈夫か)
いつもより積極的に、少年は人だかりの中に向かった。
その中心には、一人の少女がいた。
何年生かは不明だ。たったひとりで、集団の中心にいる。ただし少年とは違って、無視されているのではない。むしろ、注目の的だ。彼女は、何かマジックめいたことをしているようだった。
何もないはずの手のひらから、万国旗がしゅるしゅるっと引き出されたり。ハンカチを一振りすると、そこからハト――は、さすがに出てこなかったが、代わりにえんぴつ、消しゴム、シャーペン、マジック、クリップ、ゴムひも、付箋用紙、ティッシュなどなど、学生が持っていそうな品物がいっぺんに現れた。まるでカバンの中身をひっくり返したようにも見える光景。
少女は、ニッコリ笑って一礼した。
「「「おぉ~っ」」」
と集団が歓声に沸く。少年もいっしょに拍手をする。
(すごっ! なんかやたらに上手いな……この高校、手品部とかあるのかな?)
マジックもすごいが、歓声の理由は他にもありそうだった。いくぶん、男子学生の声のほうが大きい。それはやっぱり、マジックしている少女がかなり美少女だからだ。
妹のるぅと違って、目立つ髪型という訳ではない。ごく普通に、首のあたりまで垂らされた髪。
髪の色は、少しばかり白っぽい茶色(少年はカフェオレを連想した)。が、もちろん金髪よりはぜんぜん大人しい。少年は、自分がほっとしているのを見つけてビックリした。
(やっぱり、あの金髪は目立ちすぎだよな……僕の感性は間違ってなかったんだ!)
背丈は極端に高いわけでも、低いわけでもない。少年より少し低いくらいのようだった。横幅もやはり、太っているとも痩せているともいえない。
こんな日にわざわざマジックなんてやっているのは、新入生の歓迎的な意味だろうか。とすれば、上級生なのかもしれない。
(特徴があんまりないのは僕に似てるのに。他人からの注目度は、なんでこんな天と地の差なんだろーか……)
みじめな現実に涙をちょちょぎらせていると、すぐに少年は答えを悟った。
マジックしている少女の笑顔には、やたらと華がある。文字通り、お花畑を思い浮かべるほど。
マジックと笑顔、どっちに人が集まっているのやら微妙なところだった。こんなにマジックが上手いのも、はにかんだ顔のほうに観客の目がイってしまって、彼女の手元を見張るのがお留守になっているから――かもしれない。
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