02:電車・妹 +進化進行表

進化進行表プログレスチャート


 ・現地名:樽内居留守たるうちいるす


 ・身長:170cm

 

 ・体重:61kg

 

 ・一人称:「僕」


 ・自己奉仕: 5%


 ・他己奉仕: 10%


 ・エネルギー結節点:赤色神経叢レッドニューロプレックス


 ・能力:(該当なし)


 ・相対魂ソウルメイトとの関係性:(該当なし)


 ・存在密度:三次密度サードデンスィティー


 ……(以下省略)……


 


 「なに、あの人だかり? 怪我人とかかな?」


 「いやいや。そんな雰囲気じゃないよ。みんな楽しそうだし……あっ、そうだ! もしかしたら、芸能人とかが入学してたりして!」


 少年は、校門の前でそう言った。が、会話をしているわけではない。独りぼっちなので、じつは、一人二役で喋っているのだ。


 むこうでは、わいわいと生徒達の人だかりができている。それと比べれば、かなり寂しい光景。


 少年は、ふぅ、とため息をつくと、頭を左右に振った。そんな仕草をしても、声をかけてくれる人は誰もいなかった。


 「まだ入学式なのに、みんな仲いいなー。早っ。なんでだろ? はぁ……むなしい」


 「2026年 私立・青鳥あおとり高校入学式」と書かれた看板を横目に、少年は下を向いて校門をくぐる。誰も、少年のほうに目を向けることもしない。


 「うーん。僕って……ホントにここにいるのかな?」


 などと、人に聞かれたら変に思われることをつぶやく少年。しかし、やっぱりそんな心配は要らないのだった。

 


 よりによって入学式の朝から、ずっと独りぼっち。


 ――というわけでも、実はなかった。


 少年は、その日の朝、駅で妹と遭遇していた。


 妹は半分グレてしまっている。しかしそれでも、兄にとっては可愛いと思える、小さい妹だった。


 

 兄妹は電車内で、横並びになっていた。でも、仲が良さそうには見えない。妹のほうは、誰が見ても分かるくらいイラついて、床を足でトントン叩いていた。


 「……てゆーか、なんでバカ兄貴がいっしょに電車乗ってんの!? 私のほうが早く家出たのにっ! 追いかけてこないでよ!」

 「いっ……いや、しょうがないじゃん。さっき、るぅちゃんが見えちゃってついっ」


 「るぅちゃん」と呼ばれると、妹は激昂して顔を赤くした。


 「はぁっ!? キモっ! そんな呼び方、人前でしないでくれる?! つーか、バカ兄貴といっしょの学校とか、まじオリオンありえないんですけど。私はまだ中三で、あんた高一でしょ!」

 「え、今更それ? 青鳥高校って中高一貫なんだからさー。僕がたまたま受かっちゃったんだから、しょうがないって。……まぁ受かるとは思ってなかったからね。まさかまさか、るぅちゃんと一緒の学校に行くことになるとか」

 「はー、ヤダヤダ……」

 

 妹のるぅは、ほんとに嫌そうに顔をしかめた。

 

 「はる休みの間、さんざんそんな文句言ってきたんだからもう勘弁してよ……ってか、その造語ってなに?」

 「なんのこと?」

 「いや、『オリオンなんとか』ってやつ……」


 「オリオンありえない」という妹の言葉が、少年に聞こえていた。「オリ」と「あり」がひっかかっている……みたいだが、彼には意味がよく分からなかった。分からないのはそれだけではない。


 少年と妹とは、ほんの一学年差。


 とはいえ、成長の早いティーンエイジャーにとって、一学年の違いはかなりのもの。中三の妹が日々、何を考えているのか、高一の少年にはもはや分からなくなっている。


 じじつ、妹が読んでいる「ロップティーン」とか、「ニゴラ」とか、「ラブ&ペリー」などのファッション誌、どれがどれやら彼にはちっとも見分けがつかない。中身を、ちらっと後ろから盗み見ても、分からない言葉だらけ。というのが、彼の常だった。


 (まぁ、どこも妹なんてそんなもんか)


 一抹の寂しさを覚えつつ、少年は電車内をチラと見渡す。


 「ほらるぅちゃん。まだラッシュアワーの時間だよ。車内きついし、きゃんきゃん騒いでたら目立つよ」


 さっきから、他の乗客の目線を妹が集めまくっていた。


 「騒いでるのは誰のせいよ、バカ兄貴!」


 騒ぐだけならまだよかった。妹のるぅの外見は、名前と同じくたいへん目立つ。


 中学生なのにもう髪を金色に染めている。そして、後ろに二束に結んで垂らしていた。ツインテールというべきか、お下げというべきか、微妙な髪型だ。


 その一方で、るぅの身長はかなり低い。少年よりも、頭一つ分くらいは下で、要するに歳相応の身長だった。子どもっぽい外見に、むりやり染めたその輝く髪が違和感を放っている。怒ってキッと少年をにらんでも、金髪テールがぴょんっと揺れると、プラマイゼロであまり怖くは見えなかった。


 「そういえば、彼氏くん ……誰だっけ? その子とは一緒に登校しないの?」

 「ん? れんのこと? だって、蓮の家、学校挟んでウチから完全逆方向だし」

 「へ~。じゃあ残念だね」

 「ほんとだよ、バカ兄貴と交換したいし!」

 「ははは……」


 るぅは鼻をつんと上げた。

 

 (うわ、この子、つり革のとこまで手ぇ届いてないよ。ちっちゃ~……小動物か! それにしても、ちょっと前までは『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って、うるさいくらいだったんだけどなぁ。いつの間にこんな生意気というか、つんけんしてる感じに……? 彼氏ができたからとか? よくわかんないなぁ) 


 「なに私の顔ジロジロ見てんの? キモいんですけど! 私の顔に虫なんてついてないんだけど!」

 「虫はついてないけど、変な虫はついてるよね~、なんちゃって」

 「……? 何それ、どういう意味?」

 「『変な虫がつく』って意味分かんないの?」


 彼氏を「変な虫」呼ばわりして怒られるかと思いきや、ギャグを理解すらしてもらえない。少年はがっかりした。妹の語彙のなさに……。


 「とにかく、彼氏くんと一緒は無理ってことは、登校は独りなんだ? じゃあちょうどいいし、明日からは僕と一緒にいく?」

 「はぁっ!? 何言って……オリえないんだけど! バカ兄貴と一緒に登校とかやだし! 独りのほうがマシだから!」

 「だから何。その変な言葉。『ぶっちゃけありえない』とかだったら、ギリギリ分かるんだけどな」

 「ハァ? 何それ意味不明。ブルー語しゃべれよっ」


 「ブルー語」は、この国の公用語のことだ。


 「い、いや! どっちかっていうと『オリオンありえない』のほうがブルー語から遠くない?!」


 少年は車内をキョロキョロしてから、ちょっと声をひそめた。


 「ま、まぁ、るぅちゃんはイヤかもしれないけど……ほら、朝の電車って混んでるから、誰かといっしょのほうがよくないかな? 痴漢とか心配でしょ」 

 「心配じゃないし! バカ兄貴といっしょのほうがもっとヤダ」

 「心配なのは僕のほうなんだってば」

 「心肺停止すれば、じゃあ? そしたら心配停止するでしょ!」

 「んなっ、怖ろしいことを……!」


 るぅはまた、「してやったり」という感じで胸をそらした。そして両手にもったカバンを、後ろに回す。


 「私、いつもお尻のとこカバンでガードしてるから、痴漢なんてされないし。むしろバカ兄貴にじろじろ体見られるほうがヤなんだけど?」

 「みっ……見てない!」


 (そんなカバンなんかで隠したって、スカートめっちゃ短いじゃん……あんまり意味ないよ。焼け石に水だよ)


 と言いたくても、「見てない」と言った手前、少年は言えなかった。彼はあえて横を向き、そわそわする。


 が、るぅは目ざとかった。


 「あっ、今、私の脚見てたでしょ。まじでキモッ! ちょっとふっざけないでよ! あんたなんかに、見せるためのもんじゃねーんですけど!」


 バンバン! とるぅのカバンが少年の二の腕を強打した。


 「ちょっ……ってかカバンのガード解けてる! 解けてるよ!」


 激しい動作とエアコンの風が奇跡を起こし、妹のスカートを浮かせる。妹は、泡を食って攻撃をやめた。


 彼女の髪型は凝っている。それに、もう化粧もしている――と、少年は、本人から聞いたことがあった。妹が背伸びしているのは、明らかだった。


 (大人ぶってても、こんなんじゃ大人には見えないよなぁ……背もちっちゃいし、別に発育がいいわけでもないし。まだまだ子どもだよ)


 「うわっ……何叩かれてニヤニヤしてんの? ちょっと、マジでおかしいんだけど……バカ兄貴って変態なの?」

 「あ、髪に芋虫ついてるよ」

 「ギャーッ!?」 

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