~ 第2話 出撃




「おーい、一樹いっきぃ。一樹くーん」

「…ぅん。……先輩?」

「隊長、でしょ。君はホントに抜けないね、癖」

「あ、すいません」


俺は戦闘機のコックピットで居眠りをしていたみたいだ。本来、作戦時以外は搭乗できないのだが、世界の状況が状況なだけに、一部のパイロットには自機に限り自由な搭乗が認められていた。

俺はその“一部”に含まれている。

Unknownアンノーン”の出現後に新たに発足した『自衛航空部隊』。その中でも、他ではエースを名乗れるほどの優秀なパイロットたちが所属する『第六戦闘小隊』に、俺は所属していた。


「ま、通信を切らないでいたことは評価するわ」

「あ、はい」

「なーに?まだ寝ぼけてるの?」

「りっなさーん。そんなやつ放っといて、今日の偵察では俺と一緒に先頭飛び ましょうよ!!」

ゆたか…?」

石嶺いしみねうるさい。ちょっと黙ってて」

「もー、つれないなぁ。莉奈りなさんは」


同じ高校の先輩だった莉奈さん。高校といっても、全国でも数少ない、パイロット養成科のあるところだった。そして豊は俺の同級生。当時はよく3人でつるんでいたものだ。それがまさかこんな形で再会しようとは…。

当時から先輩の実力は相当なもので、卒業後には『第六小隊』への配属が決まっていたらしい。

俺や豊はそれぞれ違う隊に配属され、俺は1年前、豊は先日の転属命令でこの隊に合流していた。


「でもどうしたの?うたた寝なんて珍しいね」

「……すいません」

「別に謝らなくてもいいんだよ。ただそろそろ起きておいた方がいいかと思っ てね」

「…夢、見てました」

「莉奈さ~ん。俺にも構ってくださいよ~」

「お前、ホント黙れ。これ隊長命令」

「それ職権濫用ですってー」

「……それで?夢って、前に話してくれた幼なじみの?」

「はい…」

「そっか」


先輩はそれ以上聞いてこなかった。豊は変わらず、先輩にアタックしている。

先輩や豊には、当時柚姫ゆきのことを話したことがあった。そのこともあり、俺はこの3人でいる時が一番落ち着くものとなっていた。

俺が柚姫に抱いている想いも、あの日起ったことへの後悔も、すべてを打ち明けたからこそ、強すぎる力を持った今、誰かを守るために使えているのかもしれない。


「そろそろ定時偵察の時間よ。二人とも準備はできて……っと、なにかしら、このサイレン」

「莉奈さん!」

「通信?…えっと、なになに。……領海内に衛星に映らない雲を発見?」

「雲、ですか?」

「ええ。それで私たちに偵察に出ろってことみたいね」

「スクランブル、ですかね?」

「いや、うーん。敵かどうかはわからないけど、これは急いで行ってみた方がよさそうね。他の隊はまだすぐには動けないって話だし。石嶺は他のみんなを呼んできて」

「了解っす!」

「あの、俺は…?」

「君は少し落ち着きなさい。これから飛ぶのよ。雑念、とは言わないけど、さっきのこともあるし、ね?」

「はい…」


そうして飛ぶことになったのは、一個分隊にあたる11人。念のため目標空域と別に、いくつか偵察を向けるとのことだった。

俺も豊も、小隊内での実力は上の方だったが、今回豊は別空域の偵察に向かうことになった。上層部の予感があたり、目標空域に敵が現れた場合、最悪のことを考えると、ある程度戦力を分散させる必要があるらしい。

最悪の場合…。それは空に上がれば、常に死と隣り合わせにいる俺たちにとっては、十分すぎるくらいに覚悟がいるもの。でもそれを今まで乗り越えてきた猛者もさたちが集まるこの隊には、臆する者などいない。各自が準備を整え、飛び立っていった。


「……え?」

「え、って聞いてなかったの?あー、もう!今は時間ないから、君にはまたあ とで!石嶺!そっちは任せたわよ!!」

「了解!六隊ろくたい、石嶺!出ます!!」

「さぁ、一樹くん。私たちも早く」

「……柚姫?」

「え?」


聞こえるはずのない柚姫の声が聞こえた気がした。夢を見た後だったから、その余韻が残ってるだけだと思ったが、少し違う。夢の中の柚姫は、あの頃のままの幼い彼女。でも聞こえた声は、俺の名前を呼んだその声は、少し大人びた、でも確かに彼女のものだと言い切れる声。

ただ彼女は今、ここから遠く離れたあの思い出の場所にいる。


「一樹くん!一樹!!」

「あぁっ、はい!」

「出るよ!」

「あ、はい。ヘマしないでくださいね」

「なんだ、ちゃんと余裕あるじゃない。じゃあ、一樹くん。死んだら殺す   よ?」

「ふざけないでください」

「どっちが!六隊、葉山はやま!行きます!!」

「同じく六隊、佐久間さくま。出ます!」


事前の作戦通りに、上空で全機の離陸を確認したのち、それぞれの偵察エリアに散開していく。




俺たちは甘かった。

敵の脅威への尺度も、今まで生き残ってきたという自負も、そして俺たちの信頼関係も…。



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