第19話 雁
銀行強盗事件が発生し、犯人が人質と共に立て込もってもうすぐ3時間。膠着状態が続く現場で、警官隊の指揮を取る雁刑事は、自分の親指の爪を噛み切ろうしていた。横にいた部下が、見るに耐えかねて止めるように進言したが、雁刑事は空返事だけして止めようとしなかった。その態度に腹を立てた部下は、雁刑事を怒鳴り付けようとしたが、同僚に宥められた。
「お前の見苦しいと思う気持ちは解るけど、雁刑事は、ああやって頭を働かせているんだ。そしてそこから導き出されたモノは、大抵良いものだ。だからここは、目を瞑ってくれないか?」
雁刑事の部下は、渋々受け入れた。そのやり取りを感じながら、雁刑事は、現在までの経緯を振り返ってみた。
「事件発生当初は、犯人が銃を発砲しお金を要求する、という典型的な強盗事件だった。その後人質と共に銀行に立て籠り、技術班からの報告にあった『内部を悟らせない為、防犯カメラだけでなくパソコンやスマートフォン等も壊している模様』も典型的と言える。しかしこの後からだ。今回の強盗事件は、ここからが異質だ。…犯人は何故、人質を盾にして、何も要求してこない?それに、発生当初聞こえていた銃声が、今ではあまりにも静か過ぎる。」
雁刑事は技術班の班長を呼び、再度、銀行内部の様子が探れないか確認した。しかし班長の返事は、変わっていなかった。
「我々も色々試しましたが、通信出来る媒体は全て壊されている模様で、しかも銀行のセキュリティの高さが、現在では仇になっている為、正直お手上げです。」
返事し終わった班長は、一人の男性を恨めしく見た。男性はタブレットを操作して、何かを見ていた。その姿に雁刑事は、嫌悪感を募らせた。男性の身に着けているモノや佇まいから、如何にも自分はエリートだ、軽々しく声を掛けるな、と高飛車に宣言しているように、雁刑事は、第一印象から感じていたからだ。雁刑事はその男性に近づき、命令するように問い質した。
「他にカメラ等無いのですか、A銀行のセキュリティ担当者さん。」
「今此方でも探しているのですが、本当に全ての通信端末、通信機器を壊されたみたいですね。それより、いつ強行突入するのですか?警察の仕事は、シャッターとにらめっこする事ですか?」
担当者は、雁刑事に顔を向けず、タブレットを操作しながら話した。雁刑事は、募る嫌悪感を抑えながら、話を続けた。
「中の様子が解らない状態では、突入は出来ません。あなたのご足労は、それを知る為だと、ご説明したのですが…。」
「はい。存じてます。だから私の上層部は、この件に関する必要な判断を、私に一任してくれた。その権限を以て、壁や扉を壊して入るのを、あなた達警察に認めました。」
担当者は、態度を変えずに言った。それに対して雁刑事は、態度を変えないように話を続けた。
「それにつきましては、感謝しております。しかし壁は、二重構造になっていて、一つ目と二つ目の間に約1メートルの空間があり、しかも二つ目の壁は、特殊合金で出来ている。中の犯人に気づかれずに穴を開けるのは、現段階では不可能と判断しました。扉の方は、強行突入時まで触れません。但し、特別な材質で出来ているから、中に入るまでかなりの時間がかかる。正直難攻不落の城を攻めているみたいで、参りましたよ。」
最初は、気持ちを抑えて話していた雁刑事であったが、話している内に言葉に気持ちの一部を、知らず知らずに乗せていた。しかし、そんな雁刑事の態度の変化にも動じず、担当者は、誇らしく語った。
「当行は、セキュリティもトップクラスを自負しております。そしてそれは、警察によって証明された。実に喜ばし事です。」
雁刑事は、反省していた。ついさっきまでの自分が、ここにいた事を悟ったからだ。ここまで酷くないにせよ、忠言してくれた部下を苛つかせていた事を、雁刑事は、今目の前にいる男から教えられた。
その時、大きな軋轢音が、辺りに響いた。これには、セキュリティ担当者も驚いたようで、タブレットを操作していた手が止まり、目を見開いていた。雁刑事は、驚く担当者に「失礼」と言ってその場を離れ、部下に状況を確認した。すると先程忠言してくれた部下が、シャッターが開き、中から人質が出てきている事を報告してくれた。報告を聞いた雁刑事は、直ぐに的確な指示を、その部下にした。そして最後に雁刑事は、
「さっきは注意をしてくれて、有難う。」
と感謝を告げた。部下は「失礼します。」、と明るくなった表情で敬礼をして、その場を去っていった。
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