第18話

「出来た!」

鶏冠井が、叫んだ。その声は、まさに鶴の一声とだった。その声を聞いて鷹田達は、各々の作業を止め、鶏冠井の元に集まった。そして、最後の打ち合わせを始めた。

「本命の口座は、3年以上休眠しているものを利用したわ。作業の時間短縮と疑いを薄める為よ。」

「当初の計画では、新しく作るはずでは?」

鶏冠井が行った作業が、聞いていた計画とは違っていた為、鷹田が問い質した。鶏冠井は、真剣な表情で答えた。

「口座を新しく作った時、私自身忘れていた事があって・・・」

鶏冠井のその台詞を聞き、鳳がハッとした。

「そうだった。現在、A銀行で口座を作った時、指紋と静脈が登録されるのだった。」

鶏冠井や鳳の話では、2年前から本店で口座を作る際、必ず指紋と静脈の登録が必要とされ、現在その2つが無い口座は怪しまれ、調査対象になる恐れがあった。ただ、それ以前に作られた口座は、顧客が来た時に順次登録していたが、事実上放置している状態だった。

「登録がまだの顧客には、手紙を送ったり、電話で連絡したりして来て貰うよう促しているのだが、実際連絡が取れない顧客が全体の3割以上、しかもメガバンクの為、その数は数万件。正直お手上げだよ。」

鳳が辟易さを表して話した後、鶏冠井が嬉々して話し出した。

「けど今回は、それを利用したわ。3年以上何も動きもない口座の中から、会社名義の口座をピックアップし、そこからまだ存在している数社に、お金を分けて入れた。」

「バレる事は、無いの?」

雛形が、不安げに質問してきた。しかしその質問を笑い飛ばすかのように、鵜兎沼が答えた。

「口座は基本顧客のモノであって、銀行は、ただ置場所を貸しているだけ。それに行員が顧客の許しも無く、勝手に口座の中を見る事も基本禁止されている。仮に警察が、捜査の為に口座を調べるように言ってきたとしても、それには強制力は無く拒否する事も出来る。更に先輩が先程言ってましたが、A銀行には、他人に触れられたくない部分があり、それを守る為、最もらしい言い訳を言って煙に巻く。100%とは言い切れませんが、かなりの確率で、上手くいきますよ。」

「100%にならない理由は、何?」

鵜兎沼が話しきったタイミングで、鷹田が質問した。それには、鶏冠井が答えた。

「その休眠している口座の本当の顧客が、万が一に使用したら、私達は全滅よ。最もその可能性がかなり低い口座を選んだつもりだけどね。それにもう一つ、それこそ皆無だと信じている事なんだけど・・・このメンバーの誰かが、裏切ったりはしないよね。」

鶏冠井がそう言うと、全員鳳を見た。鳳は、軽く咳払いをして、「だったら、彼はどうなる?」、と鷹田を指差した。鷹田は、「僕の目的は、鵜兎沼さんだ。」と言い返し、鳳を睨んだ。睨まれた鳳は、もう一度咳払いをして言った。

「兎に角、今は、計画の成功を信じるしかない。もう賽は、投げられたんだ!」

鳳にそう言われて、全員、計画の成功を信じる事にした。そして雛形が、話し出した。

「『実行犯・小雀と共謀し、銀行を襲った。しかし小雀が、急に死んでしまったから、計画は失敗してしまった。小雀とは、振り込み詐欺グループで知り合い、そこでそれぞれ使い走りをやらされていた。そこで小雀が、一発逆転を狙い、この銀行強盗の計画を俺に持ち掛けた。何故、俺に持ち掛けたからは、小雀が死んだ今となっては、判らない。しかし俺は、不運で不幸な自分の人生を変えたかった。その為の起爆剤として、この計画に乗った。』、と警察の取り調べで言うつもりだ。」

雛形は、言い切ったと言わんばかりの顔をして、聞いていた鷹田達を見渡した。鶏冠井や鵜兎沼は、納得した顔をし、雛形と一緒に考えていた鳳は、満足気な顔していた。しかし鷹田だけが、怪訝な顔をしていた。それに気づいた鳳は、「何かおかしかったか?」、と鷹田に問い詰め、問い詰められた鷹田は、淡々と自分の考えを述べた。

「雛形さんの台詞は、完璧です。完璧過ぎます。それが逆に怪しまれないかな、と思っただけです。」

鷹田にそう言われ、雛形は少し考えた。そして一つ提案をしてみた。

「『実行犯とは顔見知り程度で、お互いに本名を名乗ってなかった。俺は『ヒガタ』と名乗り、アイツは『スズメ』と名乗っていた。だから当然、アイツの事は何も知らないし、逆にアイツも俺の事は、何も知らないはず。』・・・こんな感じで、設定を修正しますが、どうでしょう?」

鷹田は正直不安だったが、時間が無かった事と逆に弄り過ぎて駄目になる恐れがあると思い、無理矢理自分自身を納得させた。

次に実行犯死後の各々の動きの確認を鷹田と鵜兎沼の2人を中心に行った。

「実行犯が倒れて、鶏冠井先輩が急死を確認した後、皆が外へ出ようとした時、雛形さんが紙切れを落とします。」

「その紙を私が拾って、雛形さんを問い詰めた際、雛形さんは、銃を奪い、先に実行犯に気絶させられた鳩山さんと郭公君を人質にして、部屋の一角に立て籠る。動画を撮影していた郭公君のスマホは、その時に壊された。」

「しかし数十分後、それを鳳支店長と鷹田さんの2人が、機転を利かせて見事に取り押さえる。」

鷹田と鵜兎沼の2人に言われながら、鶏冠井・雛形・鳳の3人は、それぞれどう動いたか確認した。その確認中に鷹田は、

「完璧に覚える必要はありません。大まかで良いですよ。」

と全員に声を掛けた。

「解ってます。完璧だと、逆に怪しまれるかも知れませんからね。」

雛形の返事に同意するように、鶏冠井も鳳も手を上げた。そうして行動の確認は、10分足らずで終わった。

こうして計画の全てを確認した鷹田達は、人生の大博打を打つ瞬間を迎え、とても緊張していた。喉が急激に渇いたり、身体中の筋肉が経験した事もない程に硬直したり、大きな尿意に見舞われたり、と人それぞれだった。しかし全員緊張感よりも、計画を達成させる使命感が勝っていて、その使命感で緊張による身体の変調を無理矢理抑えた。

「それじゃあ、いくよ。」

鳳が全員に声を掛け、全員頷いたのを確認した後、閉じられたシャッターを開いた。

その時鷹田は、後ろから何かを感じとり振り向いた。そして、計画が失敗していた事に気がついてしまい、悲鳴を上げた。それが合図かのように、開かれた出入口から、次々と人がなだれ込んだ。


〈コチラA銀行Z駅前支店出張所前です。強盗事件発生から、既に3時間を過ぎました。発生当初は、店内から銃声が何発も聞こえてきましたが、現在は、何事も無かったかのように何も聞こえません。警察も店内の様子を探ろうと手を尽くしているようですが、未だに何も情報を得る事が出来ないでいるようで、あっ、今シャッターがゆっくりと上がり始めました。あっ、中から誰かが出てきました!どうやら人質になっていた銀行員のようで、あっ、次々と人質が出てきます!誰か何か叫んでいるようで、店内に警官隊が、続々と入って行きます!我々もこれから、突撃取材を試みようと思いますので、一度スタジオにお返しします!〉

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