第14話

鷹田は、学生風の男の胸ポケットに鈍い光が点いている事に気付いた。初めは服の装飾の1つと思っていたが、一瞬点滅したので、それがライトの光と判った。そしてよくよく見ると、その横に小さくほつれいる箇所を見つけた。その時、これまでのやり取りが、隠し撮りされている事を察した。

鷹田は彼に声を掛けようとしたが、彼は逃げるように、その場から離れた。その行動から鷹田は、自分の予測が当たっている事を確信した。同時に、相手に要らぬ警戒心を持たせた事にも気付いた。鷹田は、鳩山に相談し対抗策を練ろうとした時、鳩山は既に、学生風の男を捕まえて尋問していた。

「君、ポケットの中身、見せてくれないかな?」

学生風の男は、「離して下さい。」と言って体をくねらせ、鳩山の手を振り払った。払われた鳩山は、少し体勢を崩しかけたが、持ち堪えて体勢を立て直し、再度彼を捕まえようとしたが、鷹田に前を立たれて止められた。

「鷹田さん。彼・・・」

「鳩山さん。彼は何も持っていませんよ。第一、彼もスマホを取り上げられ、記録なんてとれませよ。」

今の鷹田の台詞を聞いた鳩山は、鷹田の考えをほぼ察した。

「やはり彼は、撮影か録音をしている。それは否定的な我々にとって、最大の武器。だから見てみぬフリをして、次々と記録をさせ、動かぬ証拠にする。」

察した鳩山は、先程の暗くなっていた気持ちが明るくなっていくのを感じた。一方鷹田は、難しい顔をしていた。先程の鳩山の行動が、鶏冠井達にこの事を気付かせるのではないのかと不安になっていたからだ。そしてそれは、現実となった。

「支店長、雛形さん。その人、取り抑えて下さい。」

そう言って鶏冠井は、学生風の男を指差した。言われた2人は、怪訝な顔して理由を聞こうとしたが、指差された彼が震えながら出入口に近づくのが見えたので、急いで彼を取り抑えた。押さえられた彼は、「離せ!」「触るな!」等々、色々言いながら暴れたが、2人係りで取り抑えられているので、何も出来なかった。そして後から来た鶏冠井に服を脱がされ、隠し持っていたカメラとスマホを見つけ出され、観念してしまった。鶏冠井は、一緒に見つけた彼の学生証を見ながら尋問した。

「名前は、ク、ル、ワ、キミ、珍しい名字ね。で、君はこのカメラとスマホで、事の一部始終を撮って、私達を脅迫するつもりだったの?」

「・・・・・・」

郭公は、鶏冠井から目を逸らして、無言になった。そんな郭公を他所に、雛形が自分の考えを語りだした。

「おそらく、動画サイトに投稿するつもりだったんでしょう。現在流行りの『動画サーファー』ってやつですよ。もしかすると、コイツのスマホの中に、これまで投稿した映像があるかも知れませんよ。」

その言葉を受けた鶏冠井は、郭公のスマホを操作して、動画のフォルダを見つけた。そこには雛形の言った通り、郭公がサイトに投稿した動画のリストが載っていた。鶏冠井は、その中からいくつか再生してみた。ただゲームをやりながら喋っている映像。無駄に大きい料理を完食しようとして失敗し、その料理を粗末にする映像。テレビの映像をそのまま転用した映像。色々あったが、どれも鶏冠井にとっては、「つまらない」の一言で終わる映像だった。

「よくこんなモノが、流行るわね。何が楽しいの?」

その一言は、郭公を激昂させた。言葉になっていない叫び声を上げながら、体を無理矢理揺さぶり、抑えている鳳と雛形を振りほどき、鶏冠井に襲いかかろうとした。しかし先に郭公の顎に鶏冠井の蹴りが見事に入り、郭公は跳ばされてしまった。まるで、ラグビー選手にキックされたボールのように、郭公は宙を舞った。郭公は、蹴られた顎を擦りながら、ぎこちなく起き上がった。蹴った鶏冠井は、蹴りに使った足の甲を擦りながら、痛がっていた。しかし起き上がった郭公を見つけると、鶏冠井は、郭公を睨みながら話した。

「おいカッコウ!!」

「カッコウ?」

跳ばされた鳳が、起き上がって聞いた。

「彼の名字、音読みするとカッコウと呼べるのよ。」

そう言って鶏冠井は、鳳に郭公の学生証を投げ渡した。それを見て鳳は、納得した。渡した鶏冠井は、再び郭公に向き合い言った。

「オマエは、いつまで他人の真似事をするつもりだ。結局は、流行に乗っただけだろう。だったら、当然飽きられるし、しかもかなりの早さで廃る。その時、オマエには何が残る。見たところオマエは、ごく普通の学生だ。その他大勢の一人だ。それだと退屈で辛いと思ったオマエは、動画の投稿を始めた。オンリーワンになりたかった。しかし現実は、未だにその他大勢のまま。何とかしたいと思った矢先、この事件が起きた。そうだろ。」

「・・・・・・」

郭公は、また黙りこんだ。そんな郭公に鳳が、助言をするように言った。

「沈黙は、相手の発言を肯定する事になるよ。反論があるなら、口から言葉にして言った方が良いよ。」

「鳳さん、無駄ですよ。」

そう言って雛形は、メモとボールペンを持って現れ、その2つを郭公に渡した。

「彼、僕に似てますよ。言いたい事が沢山あるのに、自信が持てないから臆病になり、臆病だから相手の出方が怖くなり、怖いから何も言えなくなる。その悪循環を抜けるには、僕のように自分の中の負の感情を自分自身で振りきるか、他者から手を差し伸べて貰うしかないのですよ。」

雛形がそう言っている間、郭公は何かを書き上げ、それを雛形に差し出した。雛形は、それを受け取り読み上げた。

「『撮影していた動画はもう消去するし、あなた達の計画にも協力する。だから、スマホを返して下さい。』か、どうします、鶏冠井さん?」

鶏冠井は、応える代わりにスマホを郭公に投げ渡した。郭公は、急に飛んできたスマホをあたふたしながら受け取り、直ぐに中身を確認した。手馴れた手つきでスマホを操作し、動画の設定や撮った動画の有無を確認し、郭公は絶句した。スマホに保存していた動画は全て消去され、動画の設定も初期化されていた。絶句した郭公に向かって、鶏冠井は追い討ちをかけた。

「スマホだけでなく、Wi-Fiでどこか別の場所にも動画を保存してたでしょう。それも消去して初期化したから。」

それを聞いた郭公は、鶏冠井への感情が一気に憎悪を通り過ぎて殺意となった。まだ持っていたボールペンを握り直し、鶏冠井に突き刺そうと再び襲いかかろうとした。それに対しても鶏冠井は冷静で、履き物を脱ぎ、郭公の顔に投げつけた。履き物は、郭公の顔に見事に当たり、郭公を一瞬怯ませた。その隙に今度は、鶏冠井自身が体当たりをし、郭公を倒した。更に鶏冠井は、倒れた郭公に跨がり、郭公の顔を何発か殴った。郭公も抵抗したが、体勢の不利も重なって、瞬く間に顔を痣だらけされた。痣だらけになった郭公は、か細くなった声で、「降参」と言った。しかし鶏冠井には聞こえなかったのか、まだ殴り続けた。郭公は、今度は「参った!」と叫んで、ようやく鶏冠井は殴るのを止めた。止まったと同時に、鷹田と鳩山が二人の間に割って入り、郭公を介抱した。そして鷹田は、鶏冠井に食いかかった。

「鶏冠井さん、これはやり過ぎだ。いくら隠し撮りをしていたからといって、彼の端末のデータを消し、襲ってきたからといって、ここまで殴る必要はあるのか?」

「あるわ。私達は、大博打をしているのよ。この動画は、私達の工作の一部始終を撮っていた。取り調べや裁判で私達の計画を覆す充分な証拠になる。彼は当然の報いを受けたのよ。」

鶏冠井は、少し乱れた衣服を整いながら言い返した。

「今、『当然の報い』って言ったな。だったら彼の撮影は、現在アナタ達がやっている強盗の報いではないのか?」

「このまま撮影されていたらね。しかしそれも今、なくなったわ。アナタは、因果応報を説くつもりでしょうけど、それを言うなら、世の中で色々と努力している人々は、全てその努力が実っているの?」

鶏冠井の反論に鷹田は、先程以上の敗北感に見舞われた。鷹田自身、一生懸命働いた結果、報われていない現在を送っていたからだ。その現実が、鷹田に追い討ちを掛け、決心させた。

鷹田は、郭公を介抱している鳩山に「ごめんなさい。」と後ろから一言言って、鳩山に当て身をした。鳩山は、「どうして?」と呟き、状況を理解出来ていない表情をして、そのまま気絶した。その後抵抗出来ない郭公も気絶させ、二人一緒に拘束した。

「鶏冠井さん。今度こそ、本当に協力するよ。これは、その証拠だ。」

鷹田の急な行動に面を食らった鶏冠井達であったが、鷹田からの協力の申し出を聞き、安堵した。特に鶏冠井は、大喜びした。

「よく決めてくれました!正直アナタの協力が、一番欲しかったのですよ!!」

鶏冠井は両手で、鷹田と強く握手した。しかし鷹田はその手を離して、ある方向を指差した。。

「ただし、条件がある。成功のしたら、彼女をくれないか?」

鷹田が指差した先には、あの可愛い女性行員がいた。そう言われて慌てたのは、言われた本人ではなく、鳳だった。

「彼女は、ダメだ。鵜兎沼(ウトヌマ)さんは、ダメだ!」

「?、彼女の沼兎(ヌマト)じゃないのですか?、それにその名字・・・」

鳳の発言や態度に鶏冠井は、少し勘繰った。鳳は、今自分の行動に後悔した。そして、白状した。

「彼女は、A銀行の鵜兎沼頭取の娘さんです。」

鳳の発言で突如現れた大物に一同ざわつき、その大物を一斉に見た。彼女は驚きと興奮と恍惚が要り交わった、とても艶っぽい表情をしていた。

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