第10話
「羅生門に出てくる老婆。確か、ただの蛇の皮を海の珍味と偽り、それを貴族に売っていた女性の遺体から髪の毛を抜き取っていた人だったかな?」
鶏冠井は、鷹田の問いに頷いて答えた。鷹田は更に質問しようとしたが、横槍を入れられた。
「なぁ、そもそも羅生門て何?」
そう言ったのは、学生風の男だった。相変わらず遠巻きに此方の様子を伺いながら質問してきた。その態度に鷹田は、更に腹が立ち彼に一言言おうとしたが、それよりも先に鶏冠井が彼に一言言った。
「知らないなら、後で自分で調べなさいよ。こっちは、これから忙しいのよ。」
そう言った鶏冠井を見て鷹田は、何か決意じみたモノを感じた。その証拠に質問してきた彼は、鶏冠井の思わぬ反抗たじろいてしまい、黙り込んでしまった。そして鶏冠井は、彼とのやり取りなど初めから無かったかのように、鷹田との会話に戻った。
「私は、世間を欺いているこの銀行を利用して、自分の懐を暖めていたの。」
「世間を欺いている?」
「そう。この銀行、ある犯罪を犯しているのよ。」
鶏冠井の告白に、話を聞いていた者全て耳を疑った。特に反応が強かったのは鳳で、鶏冠井に聞き直した。
「今、何て言ったのですか?、鶏冠井さん。」
鳳の声は、裏返っていた。鳳は、信じていたモノが崩れていくのを実感していた。その証拠に鳳は、血の気が引いていくを身体中で感じていた。その様子は、端から見ていた鷹田にも手に取るように分かり、鷹田はふらついている鳳の体を直ぐに支えた。鳳は鷹田にお礼を言って、深呼吸をして体調を整えた。そしてもう一度、鶏冠井に再び質問をした。
「幾つも犯罪行為に加担?、私が巻き込まれた汚職事件だけではなかったのか?」
鳳の質問に鶏冠井は、溜め息をついてから答えた。
「そうですよ。このA銀行は、お客様のお金を横領して、色々悪い事を影でしているんですよ。」
鶏冠井のハッキリした口調に、鳳は力なくその場に崩れた。鳳を支えていた鷹田も引きつられて態勢を崩しかけたが、堪えたまま鶏冠井に質問した。
「そこまで言うなら、証拠を見せてください。」
そう言われた鶏冠井は「少し待って」と言い残し、強盗が乱入する前に座っていたデスクに行き、一番下の引き出しを開けて青いファイルバインダーを取り出して戻ってきた。しかしその中身は、冊子ではなくノートパソコンだった。鷹田は思わず、大きな声で「あっ」と言って驚いた。強盗によって全て壊されたと思っていたからだ。
「これは、プライベート用よ。」
そう言いながら鶏冠井は、パソコンを起動させ、あるデータを画面に映し出して、鷹田に見せた。そこには数字の羅列があり、何かの帳簿のように鷹田には見えた。鷹田は「これは?」と言ったと同時に、いつの間にか覗き込んでいた鳳が、大きな声で「あっ」と言って驚ていた。
「うちの銀行の収支の帳簿じゃないか。どうして…」
「ハッキングして、手に入れました。しかしこれは、只の収支の帳簿ではありません。」
驚きで戸惑っている鳳の質問に対して、鶏冠井は、素っ気なく答え、パソコンを操作しながら話を進めた。
「普通に見ればこの帳簿、何も変哲もない只の帳簿なんですが、仮に本年度の収支データをコピペし、この何も無い欄に貼り付けて、その下にある隠しリンクをクリックして、別のシートにあるボタンを押すと…」
鶏冠井は、帳簿に書かれた数字の一つをコピーし、それを帳簿からかなり離れたスペースに貼り付け、そしてその真下にある欄を選ぶと、別のページが現れた。ページにはボタンが一つあり、鶏冠井がそれを押すと、その下に、また別の帳簿が現れた。その帳簿を見て、今度は鷹田が「あっ」と言って驚いた。
帳簿には個人の名前が書かれており、その名前が、鷹田が知っている政治家の名前だったからだ。そしてよくよく見ると、それには数字と左右の矢印が書かれて、すぐ何を意味するのか、鷹田は理解出来た。
「見ての通り、ある政治家の不正な金銭の記録よ。A銀行は、政治家個人個人を相手に高利貸しをしていたのよ。」
鶏冠井はパソコンで同じ操作をして、別の政治家の記録を画面に映し出した。そこに書かれている名前を見て、今度は鶏冠井を除く画面を見ている人間全てが「あっ」と言って驚いた。パソコンの周りには、いつの間にか鷹田や鳳だけでなく、気弱なサラリーマンや学生風の男、そして可愛い女性行員も画面を覗いていた。
「この名前、テレビで何度も見た事ある。」
と学生風の男が言うと、
「現在の官房長官ですよ。金額も億単位でやり取りしてますよ。」
と気弱なサラリーマンが言い、
「うちの銀行、評判が落ちて利益が右肩下がりなんて言われていたのに、裏でこんな悪どい事していたですね。」
と可愛い女性行員が言った。そして暫く、各々語り出し、騒がしくなった。鷹田は、これまで蚊帳の外にいて、急に参加してきた彼らの態度に苛立ち、彼らを批判した。鳳もそれに同意して、鷹田と一緒になって責めた。気弱なサラリーマンは、「すみません。すみません。」を繰り返したが、学生風の男と可愛い女性行員は、激しく反論した。しかし鶏冠井が、ノートパソコンを大きな音を出して閉じた事で鎮まり、鷹田達にある提案をした。
「これから、皆で銀行強盗しない?。」
「鶏冠井君、何を言っているんだ。」
鶏冠井の提案に動揺したのか、聞き直した鳳の声は、裏返っていた。鷹田や他の人間は、ただ目を丸くしていた。それらを取り纏めるように、鶏冠井は、話を続けた。
「実は私、銀行にあるシステムを組み込み、横領していたのよ。」
鶏冠井の告白に、皆更に驚いた。そして鷹田は、先程の鶏冠井の台詞の意味を理解して言った。
「だから、自分を老婆に例えたのか。詐欺を働いていた女性から、髪の毛という利益を抜き取る老婆に。」
鶏冠井は、鷹田の台詞を踏まえて更に話を続けた。
「だけど老婆は、最後に下人に着物を剥ぎ取られしまう。この場合あの銀行強盗が、それね。しかし今、羅生門とは違った話の筋道が目の前に現れた。下人は逃げ出す直前に急死し、話の主役は、老婆になった。そして老婆は、下人から着物を取り戻し、逆に全てを奪った。それをその場にいた他の人間に分け与え、自分の仲間に仕立て上げた。そして老婆一党は、見事世の中に成り上がった。これが、これからの筋書きよ。反対者は、いないよね。」
鶏冠井は、少し興奮ぎみになっていた。まるで、世紀の大発明をした学者のようだった。その姿を見て鷹田は、冷静さを取り戻し、鶏冠井に質問してみた。
「具体的に何をするの?。」
「先程言ったシステムを応用する。」
「どんなシステム?。」
「一言で言えば、銀行の手数料を水増しするシステムよ。」
「!そんなシステムがあれば、直ぐに気付かれるだろ!!。」
そう言って鳳が、話に割り込んできた。それに対しても、鶏冠井は、自信ありげに返答した。
「表示や記録をしないで、一人一円だけ引かれていたら?、しかもそれが、一人一回だけだとしたら?。大体、銀行の手数料を気にしている人は、殆どいないのが現状よ。」
「いや、そんな事はない。少なくとも僕は、気にしたよ。」
鶏冠井の返答に、鷹田が反論した。
「僕が今日ここに来たのは、銀行残高が僕の録っている記録と合っていなかったから、それを確かめる為なんだ。」
鷹田はそう言って、銀行通帳と自分が録っていたメモを見せた。鶏冠井は、それらを見てなるほどと思い、鷹田に反論した。
「こういう場合、システムの異常として扱い、あなたの様に知らせた人間には、謝礼として幾らか渡すの。それで大抵の人間は、引き下がるわ。」
「システムの異常なら、本店が調べるだろう。」
今度は鳳が、鶏冠井に反論した。しかし鶏冠井は、笑いながら言い返した。
「はははっ、はははっ、ここのシステム管理者は、私よ。報告ぐらい、なんとでもなるわ。それにそんな事したら、上層部の不正まで明るみになるわ。自分で自分の首を絞める様な真似を、誰が進んでするのよ。」
鶏冠井の口調は、鬼の首でも獲ったように尊大だった。更に鶏冠井は、語り続けた。
「あなた達、現在の生活に不平不満はないの?。今、その不平不満を取り除くチャンスがあるのよ。これを掴まない人は、馬鹿よ。これに勝るチャンス、今後の人生にあると思っているの?。私は、無いと言い切れる。だから今、こうしてこの場にいるあなた達に呼び掛けている。さぁ、質問よ。このまま、拭えない不平不満と一緒につまらない人生を終えるか、チャンスを掴んで人生に散らない華を添えるか、どうする?。」
鶏冠井の迫力に圧倒され、その場にいた人間全員、沈黙してしまった。そしてそれは、長く続いた。まるで、美術館で観賞される石像のように、動きも語りもしなかった。しかし、一つの奇声によって、沈黙は終わった。
「アェウーーーーーーーーーーーーー!。」
鷹田は、驚いた。あの気弱なサラリーマンが、今まで聞いた事もない奇声を上げたからだ。そしてサラリーマンは、
「僕は、人生を変える!。変えて、自分だけの人生を歩く!!。」
と泣きながら宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます