第11話 雛

雛形は、生きた心地がしなかった。

突然の辞令により職場が変わったが、そこは閑職よりも辛い、所謂追い出し部屋。雛形は、リストラ予備軍に入れられた。

リストラ予備軍の出勤は、朝7時。会社内の掃除から始まる。各部署のゴミの回収や床拭き・机拭きはもちろん、各階のトイレ掃除や廊下の掃除、そして各部屋のエアコンのフィルター掃除や必要ならば電球や蛍光灯の交換を、本当の始業時間の9時までに済ませなくてはならない。会社は、10階建ての自社ビル。それを15人足らずの人数で行う。その後反省会があり、必ず上司が、何かしら駄目出しをする。それをお昼時まで何人もの上司が、入れ替わり立ち替わり行う。結果受けているリストラ予備軍は、疲労困憊で昼休みを迎える。

昼休みは、1時間。しかしリストラ予備軍の殆どが、昼食を取らずに寝て過ごした。そして昼休み終了時、身体に鞭打って午後の業務を行う。だが中には深く眠ってしまう人もおり、昼休みが終了しても起きる事が出来ず、その結果リストラ予備軍は、連帯責任としてまた上司から長時間の叱責を受け、午後からの業務開始を遅らせる事になる。

午後の業務は、主に過去の資料を電子書籍化する事。それにはノルマがあり、1日で1年分以上の資料を電子書籍化しなくてはならなかった。ただ、年数が古くなればなるほど資料に色々な不備があり、まずその不備を手直す所からやらなくてはならい。資料の関係者が、まだ会社に在籍していれば作業はスムーズだが、退職していた場合、その人を探し出す手間が追加されて作業に遅れが出てしまう。しかも見つからない場合が殆どで、そこで作業が止まってしまう為、終業時間の夕方6時にノルマ達成が出来ず、それでまた全員上司から長時間の叱責を受ける事になる。その後明日の準備を行い、会社を出るのは、夜10時過ぎ。こうしてリストラ予備軍は、15時間の拘束から解放される。

しかし雛形の場合、家が郊外にある為にそこから2時間近く掛けて移動し、結果帰宅が、午前0時を越す事もしばしばあった。そして午前5時頃には、また出社する為に家を出る。これが月曜日から金曜日、毎日繰り返された。

配属当初はまだ何とかやってこれたが、日が経つにつれ、1人2人と自主退社をしてしまい、2か月後、リストラ予備軍の人数は、初めの頃より3分の1になっていた。その為1人1人の負担は増え、日々の業務に差し支えるようになり、最終的に会社に負担を与えたとして残っていたリストラ予備軍全員、解雇された。これが雛形が失職するまでの半年間で、更にもう半年間、雛形は自分で自分を苦しめてしまった。

リストラされた雛形は、すぐに再就職活動を始めた。1日の半分以上をハローワークでの職探しにあて、週に2、3社に応募し面接を受けた。しかし、2ヶ月経っても未だに決まらなかった。

失職して3ヶ月目に入った時、ある営業の仕事を求人情報誌で見つけた。基本給は月30万円で、仕事内容は電話による営業、所謂テレフォンアポイントメントによる押し売りだったが、貯金が底をついていた雛形は、背は腹に変えられないと思い、その会社に応募した。すると書類選考だけで、あっさり採用された。

出社初日、まず初めにやった事は、自己啓発だった。雛形と同じように入社した数名と一緒に自分の事を発表しあった。氏名、生年月日、経歴、何故今に至るか、将来何をしたいか、お互い照れながら発表した。その後主任と呼ばれていた人が、優しい口調で話した。

「今皆さんの話をそれぞれ聴いてみましたが、皆さん辛い経験を得て、ここに来た事が判りました。私もそうでした。そして正直、この仕事もとても辛いです。しかし皆さんの経験が、ここではプラスになります。プラスとなり、皆さんの生活や心身を豊かにしてくれます。豊かになって、世の中に見返してやりましょう。この会社は、その為にあるようなものです。」

話をした主任は、興奮しているようだった。しかし雛形は、その姿に胡散臭さを感じて、直ぐに退職しようと思った。しかし雛形の目の前で、事件が起こった。

雛形達がいる部屋に主任の部下と思われる人が飛び込んできて、主任に二言三言話した。すると先程まで温和な態度だった主任が、人が変わったように怒りを露にし、その人を殴り倒した。殴られたその人は、映画やドラマのワンシーンのように倒れ、そのまま気を失った。その光景を見て雛形は、言葉を呑み込んだ。

主任は、雛形達の方へ向き直すと、仰々しく言い訳をしだした。

「驚かせて、すみません。実は彼、職場へ多大な迷惑を掛けてしまい、ついカッとなってしまって、自分で言うのも憚られるのですが、私、短気な部分があり・・・。」

主任の話は、怯えてしまった雛形には、殆ど聞こえていなかった。只々、自分の不幸な境遇を呪った。

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