第9話 鶏

鶏冠井は、過去を振り返っていた。

学生時代、IT長者に憧れてプログラミング等を必死に勉強した。その甲斐あって、IT関連の資格試験をいくつも一発合格した。そして金融のノウハウを学ぶべく、当時新設されたネットワークシステム管理室に入るべく、A銀行に入行した。しかし半年の新人研修を終えて告げられた配属先は、支店の営業部だった。

「これから支店にも新しいITのシステムを導入していくから、その時に詳しい人間がそこに居て欲しいんだよね。」

当時の人事部の担当者にそう言いくるめられ、鶏冠井はしぶしぶ受け入れた。そうして四年間、耐え忍んで営業の仕事を続けた。そしてチャンスが来た。仕事でA銀行の本店を訪ねた際、偶然にも人事部の部長と昼食を相伴する事となり、その時に希望を直談判した。その時部長は「前向きに検討する。」と返事をしただけだが、鶏冠井は手応えを感じた。しかしそれは、錯覚だったと後で解った。

一週間後に人事異動が発表され、鶏冠井は、現在の職場ーZ駅前支店出張所への異動が言い渡された。肩書は出張所のシステム管理者だったが、実際は営業の仕事しかさせてもらえなかった。それでも鶏冠井は、堪えて働いた。心のどこかで希望が叶う事を信じていたからだ。しかしそれから三年後、鶏冠井は、自分が愚かだったと知った。

中々芽が出せない鶏冠井は、焦燥から自分の評価が気になり、とうとう体を売って情報を手に入れた。その情報は、鶏冠井の価値観を崩すには十分だった。

『確かに、彼女のITの世界に関する知識やITの技術・技能は他人よりも秀でている。かといって、彼女の希望のネットワークシステム管理室への配属は、賛成できない。

理由は彼女には、人との付き合い方が出来ていない箇所がある。新人研修のグループワーク時、彼女は積極的に参加する訳でもなく、所々で相槌を入れて参加を装っていた。そして相手が彼女に話をふった時、その人間を攻撃しているように返事をしているように見えた。これは明らかに自分に係わるもの以外には、決して興味を持たない人間の特徴と一致する。今後の彼女の経験次第では、周囲に悪影響を与えかねない。

しかしそれは、人と接する場面を増やす事で回避・克服出来ると思う。なので今後彼女には営業職にてそれらの欠点を無くしてもらい、これからのA銀行を盛り立てて貰うのが良いと判断する。』

鶏冠井は、信じられなかった。自分ではそんなつもりはなかったのに、他人から見ればこうも違うものなのか。こんな評価をされるぐらいなら、いっそう落として貰ったほうがまだ良かった。そう思いかけた時、鶏冠井の中で一つ疑問が生まれた。

「私は何故、採用されたのか?」

希望は、採用試験の面接の時に伝えた。営業の人手は、足りている。だったら何も、技術職を希望する私を、わざわざ採用する必要性は無いのでは…。その理由を知る為に鶏冠井は、己のこれまでの経験を活かした。取引先の中からITに長じている会社や人間を選び出し、そこから技術を吸収した。そうして得た技術を屈指し、A銀行の社内ネットワーク内の極秘情報を不正入手した。その中の女性採用に関する記述に、鶏冠井は驚いた。

『容姿に難がある者は、採用を留まる事。

知恵がない者は、追加の試験を行い採用を見極める事。

一言居士とみられる者は、思想判断を追加質問し採用を見極める事。

それでも見誤り採用した者(以後、該当者)は、研修後に本人の希望外の職場に配属させ、冷たい教育をし、該当者自ら逃亡を選択させる事。

その間もし該当者が、何かしら自分の評価を調べたりしたら、仮の評価をその者に与え行動を抑えよ。』

鶏冠井は、こんな時代錯誤の採用基準が現在でもまかり通っている事が、とても信じられなかった。しかも自分の評価に対して疑問を持った者の対応も書かれていた。そして記述の最後の文章に、鶏冠井憤った。

『当行は、間違いが無い銀行である。それは人事においても同じである。しかし該当者の存在は、その考えを覆す者の為、決して存在してはならない。当行に、革命を起こさせてはならない。』

鶏冠井は、憤った。遠回しに書いてあるが、要するに自分たちの評判を落としたり、自分たちに逆らう者を雇い入れず、もしそういう人間がいたら辞職に追いやるようにしろと、鶏冠井には読めた。そして鶏冠井は、そんな組織に就職した自分に憤った。いくら社会経験が無いとはいえ、組織の本性を見抜けなかった事。そして、体を売ってまで手に入れた情報は、偽物の情報だった事。鶏冠井は、自分のお間抜けぶりに呆れ憎もうとした。だが十年近く経っている為か、鶏冠井の感情は、そこまで高ぶらなかった。むしろ自分でも驚くほど冷静だった。そしてその冷静が、新たな疑問を生んだ。

「何故、革命を嫌う。」

その答えにA銀行の秘密があると、鶏冠井は本能的に察した。そして直ぐ様、社内ネットワークを探ってみた。そして鶏冠井は、A銀行の闇を幾つも見つけてしまった。

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