第8話

鷹田は、目の前の光景に目を疑った。ついさっき、大怪我を装って我関せずに徹していたあの支店長が、銃をこちらに向けていた。そして耳を疑う宣言をした。

「これからは、私が銀行強盗になる。だから全員、大人しくしろ!」

鷹田やその場にいた人々は、支店長の意外な行動に唖然とするしかなかった。ただ鳩山だけは、支店長に食って掛かった。

「何を言っているんだ、アンタ!」

「うるさい!、うるさい!!、うるさーい!!!、私の言う事を訊け!」

鳩山に言い返すと同時に、支店長は鳩山に向けて発砲した。しかし銃弾は鳩山に向かわず、鳩山の前の床にめり込んだ。逆に支店長が、発砲の反動で後に倒れこんでしまい、頭を思い切り打った。しかも意識を失う程ではなかった為、支店長は、今度は本当に痛がった。その隙に鷹田は、銃を奪い取り支店長から遠ざけた。すると支店長は、痛みなど忘れたかのように、今度は大泣きをした。その姿を見て鳩山が、支店長に声を掛けた。

「おい、泣くんじゃねぇ。自業自得だろう。もっとしっかりしろよ、子供支店長!」

鳩山の言う言葉には怒気が込もっていたが、最後に言った子供支店長という言葉が今の支店長に妙に合っていると思い、鷹田は思わず吹き出してしまった。しかもそう思っていたのは鷹田だけではなく、何人かの笑い声が漏れ聞こえてきた。そんな中で鳩山は、支店長の胸ぐらを掴み上げ更に言い続けた。

「アンタ、何考えていやがる。仮にもこの支店の責任者だろうが。その責任を放り出して、強盗やってるじゃねえよ。解っているのか?!」

言い終えると同時に鳩山は、支店長を更に締め上げた。鷹田はその様子を端から見て、鳩山が支店長を殺す様だったので、急いで止めに入った。

「鳩山さん、落ち着いて。それ以上絞めたら、支店長さん死んじゃうよ。」

「それを言うなら、儂だってさっき殺されかけたんだ。これでお互い様だろう。」

「鳩山さん!」

鳩山は鷹田の説得に応じる様子ではなかったので、やむを得ず鷹田は、強引に二人を引き剥がそうとした。しかし以外にも鳩山の力が強く、鷹田一人では無理があった。そこに以外な助っ人が現れて、何とか二人を引き剥がせた。鷹田は、助っ人にお礼を言った。

「有り難う。」

「い、いえ。お気に、為さらずに・・・」

助っ人になった気弱なサラリーマンは、おどおどしながら返事をした。そしてその調子で、鳩山に話をした。

「あ、あの、鳩山さん?、殺されかけて、怒る気持ちは、わかります。でも、ここで貴方が、何か犯罪行為をしてしまったら、今まで真面目にして、積み上げものが、台無しに、なるじゃ、ないですか?」

そう言われ鳩山は、苦虫を噛んだような表情をした。その表情に怖さを感じたのか、サラリーマンは思わず、鳩山から離れてしまった。鷹田は呆れ気味に、「おどおどし過ぎですよ。」と、サラリーマンを宥めた。そんなやり取りが行われている最中に、支店長が漏らした一言が、鷹田の耳に入ってきた。

「何が真面目だよ。」

鷹田は、その言葉に妙な重みを感じた。そして支店長を見ると、支店長が鋭い目でこちらを睨んでいた。ほんの数分前、子供支店長と揶揄されていた人物とは、全くの別人と思えた。そして支店長は、身の上話を語り出した。

一流の学校を最優秀な成績で修めて、A銀行に入った事。それから二十年近く、真面目に本店の営業職を勤め、遂には課長になった事。そして、政治家の汚職事件に巻き込まれ、その解決に協力した事。その結果、銀行内で冷遇されてた事。包み隠さずに話した。

「どうして冷遇されてたのですか?、事件解決に協力しただけでしょう?」

鷹田は、素直に支店長に質問した。それに答えるように、支店長は更に話を続けた。

「汚職事件で銀行の評判は、経営に大打撃を与える程に悪くなった。その責任を私一人が被る事なり、ここへ左遷された。」

「いや、栄転だろ。アンタの前の役職は知らないが、支店長なんて、普通に考えたら自慢できる役職だろう。」

今度は学生風の男が、離れた場所から質問してきた。その質問の仕方に鷹田は些か腹がたったが、支店長が回答しだしたので、その気持ちを抑えて聞いた。

「前の役職は、本店の営業課長。他の銀行の事は知らないが、当行の場合、本店の課長と支店長はさほど差は無い。オマケにここは、出張所。言うなれば支店の支店。だから事実上、支店内の課長になる訳だから、左遷だよ。…左遷されるまでは、ただ真面目に勤めたら、結果がついてくると思っていた。しかし結果は、島流し。ならば、たとえ悪行でも結果を残し伸し上がろうとしてみたが、強盗に入られた時点で全て水の泡。だから、破れかぶれになってしまった。」

「で、結局アンタは、何がしたいだい?」

支店長の話が一段落したところを見計らって、鳩山が質問した。質問された支店長は、暫く考えてから答えた。

「世の中に見返したい。返り咲きたい!」

「だからと言って、破れかぶれになってどうする?」

支店長の回答に、鳩山は納得しつつも批判した。

「みんな下げたくない頭を下げ、言いたい事を飲み込み、行きたくない所に行って、日々の生活を送っている。そうしなければ、世の中が廻らない事を知ってるからさ。私だってそうさ。自分の子供と同じ位の人間に頭を下げるなんて、情けなく思えてくる。しかしここで破れかぶれになってしまったら、私がこれまで支えてきたものが、瞬く間に崩壊する。その影響で世の中の動きが鈍くなり、迷惑が掛かる。それは、私がこれまでやってきた事を私自身で否定する事だ。だから私は、工場を経営して世の中に貢献している。そう思っているから、アンタみたいに癇癪を起こさない。そう思っているから、世間との折り合いが、上手く出来ているんだ。」

「でもそれは、無理をしている事ではないですか?。現にさっき鳩山さん、支店長に反撃しようとしていたでしょう。」

鳩山の発言に、これまで聞き役に徹していた鷹田が反論した。そして鷹田は、自分の過去を話し出した。

「今度は僕の昔話、聞いて貰いますか?」

鷹田は、自分の過去を語った。30歳で重い鬱病を患わすまでは、我武者羅に働いた事。病で約半年入院し、退院した時には、仕事で築き上げたモノが殆んど失ってしまった事。そして幸運にも、ネット専門のバイヤーになれた事。それらの事を鷹田は、何も飾らずに語った。そして鷹田が語り終えた時、支店長がここぞとばかり言った。

「彼も真面目に勤めた結果、損した人間ではないか。鳩山さん。あなた言う事は、最早夢のまた夢なんですよ!」

「そんな事はない!」

鳩山は、激しい否定した。

「もし悪行が罷り通る世の中なら、この世は闇だ。誰彼勝手に生きて、乱世なんて言葉が生易しくなってしまう世の中になってしまう!、そうだろ、鷹田さん。」

鳩山は、鷹田に同意を求めた。それに対して鷹田は、考えながら答えた。

「私もそんな世の中になるのは、望んでいない。…しかし悲しい事に、現在は支店長の言う通りの世の中になっているかもしれない。…誰が言ったのかな、『自分を助けられない人間は、他人を助ける事はできない』なんて…。」

鷹田は、だんだん悲しくなってきた。支店長の言う通り、自分も真面目に勤めた結果ドン底に堕ちた人間の一人だ。しかし、その一人一人が破れかぶれになってしまったら、鳩山さんの言うように乱世なんて生易しい悪行が罷り通る世の中になってしまう。けれども真面目をやり続けたら、またドン底に堕ちてしまう。相反する二つの見解が鷹田の内側を駆け巡り、鷹田を悲しくさせ、いつの間にか鷹田の眼に涙を滲ませた。鷹田は、涙を見せまいと必死に堪えた。しかし鷹田の内側を駆け巡る葛藤が邪魔をして、上手く堪える事が出来ず、遂に涙は溢れ落ちてしまった。その時、また状況が一変した。

今度は鳩山が、鷹田の目の前で倒れた。鷹田は急転した状況に対応する為に、本能的に思考や感情が切り替わった。周辺を咄嗟に見てすぐ目に着いたのは、三十路の女性行員だった。彼女はいつの間にか近くに立っており、太い棒のような物を手にしていた。それを見た鷹田は、察した同時に驚いた。

「鳩山さん!」

支店長は声を掛けながら鳩山に近づき、鳩山の具合を確認した。そして鳩山がただ気を失っているだけだと判ると、安堵の溜め息を吐いた。そして、彼女に問い掛けた。

「鶏冠井(カイデ)さん。どうしてこんな事を…。」

「何言っているですか、鳳支店長。あなたも先程、襲っていたじゃないですか。」

鶏冠井さんと呼ばれた女性行員は、呆れ気味に答えた。支店長・鳳は、痛いところを突かれたように顔を歪めた。それを見て鶏冠井は、鼻で笑い、気を失っている鳩山を拘束し始めた。その行動に鷹田は、すかさず止めに入った。すると鶏冠井は、鷹田に質問してきた。

「あなた、羅生門という話、知ってる?」

いきなり場違いと質問をされた鷹田は、戸惑いながらも「知ってる。」答えた。答えを聞いた鶏冠井は、鷹田に訴えるように言った。

「現在の私は…当にその話に出てくる老婆と同じなのよ。」

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