農協おくりびと (75)地域消防と言えば・・・

「お・・・ようやく来たか。ずいぶんと待ちかねていたぞ。

 ワシではない。若い連中だ」


 ようやく酔っ払いどもから解放してもらえるようじゃ、と長老が立ち上がる。

「すまんのう。家内から急な連絡が入った。急いで家へ戻らねばならん。

光悦の話はまた次の機会にしてくれ。悪いのう、先延ばしばかりしてのう」

ポンとちひろの肩を叩き、長老が部屋から出ていく。


 (あら・・・上手にまた、問題を先送りされてしまいました・・・

 長老と言い、居酒屋のちひろといい、光悦に関してはみなさん口が重すぎます。

 本当のことを、誰もわたしに教えてくれませんねぇ。

 光悦にはどんな秘密があるのでしょう。

 もどかしいですねぇ。何ひとつ事実が見えてこないこの閉塞状態は。

 なんだかまた、気分が重くなってきました・・・)


 到着したばかりのちひろに、落ち込んでいる暇はない。

真っ赤な顔をしたキュウリ農家の山崎が、ちひろを見つけてふらりと立ち上がる。

「遅かったですねぇ、ちひろさん・・・」

嬉しそうに手を差しだした瞬間、態勢を崩して、床ヘナヘナと崩れ落ちていく。

ちひろが手を差し伸べる前に、ドスンと鈍い音を立てて山崎が床に転がる。


 「いったい誰が、こんなボロボロになるまで呑ませたの!。

 急性アルコール中毒になったら、だれが責任を取るのよ。信じられないわ!」


 「そう騒ぐな。こいつは、もと高校球児だ。

 ボトルの1本や2本空けたところで、アルコール中毒にならないさ。

 老農を無事に送り出すための大役を、果たしたんだ。

 それなりに一日中、神経を使ってきた。

 任務が無事に終わって、ほっとしたんだろう、こいつも。

 そういうわけだ。申し訳ないが介抱を頼む。

 こいつはいま、実は、恋の病の真っ最中なんだ。

 それも、かなり深刻な状態だと聞いている」


 それ以上言わなくても、お前さんなら分かるだろうと祐三が笑う。

真っ赤な顔で倒れている山崎も、ちひろの腕の中でにんまりと嬉しそうに笑う。

(まったくぅ・・・消防の人たちときたら、いつも見境なく呑み過ぎるんだもの。

あんたの介抱をするために、来たのじゃないのよ、わたしは)


 しかし。ダウン寸前の山崎を見捨てるわけにもいかない。

仕方なく、大の字に伸びている山崎の頭の下へ自分の膝を差し入れる。

安心したのだろうか。山崎が軽いいびきをかいて、眠りの中へ落ちていく。

誰が見ても完璧な、酩酊だ。


 (到着したとたん酔いつぶれてしまうんて、最悪じゃん、この子ときたら。

 地域の消防団と言えば、呑んべェどもの集まり。

 呑むしか脳が無い連中なんて、悪口を言われているのもよく知っています。

 でもさ。この有様じゃ反論できませんね。

 こんな醜態をさらしているんじゃ、助かりません、あんたも、消防も・・・)


 消防団員は、火を消すために奔走するボランティアだ。

わずかだが報酬は出る。ひとり当たり、年間35000円。

団員たちをまとめる団長は、年間82500円。

わずかな報酬とひきかえに、自らのいのちを賭けて火事場へ急行する。


 本格的な消防活動をするわけでは無い。

初期消火なら彼らの力も通用する。

大規模な火災になると、地域消防の手に余る。そんな場合は、本隊の到着を待つ。

火事場の安全を確保し、消火のための水源を確保すること。

それが地域消防の主な役割だ。

円滑な消防活動を支援する。それこそが地域消防の主な任務になる。

しかし。危険な現場に出動することに変わりはない。


 消防と言えば、呑み会ばかりやっている。そんな評価も定着している。

規律は軍隊とまったく同じ。上官の命令には絶対的に服従する。

前近代的な方式になるが、火事場における命令違反と指示系統の混乱は、、

消防団員の命取りになる。


 「呑め!」と上官から言われれば、無理にでも呑む。

このましくないこんな風潮も、いまだに、消防団の中に残っている。

だが消防の男たちは、厳しく規律を守る。

火事の時、自分の仕事を投げ捨てて、被害を最小限に食い止めるため、

いち早く火災の現場へ駆けつける。

頼りになる田舎のボランティア集団。

それが、地域で消防団員として頑張っている男たちなのだ。


 


(76)へつづく

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