農協おくりびと (74)博徒の町の、カラオケ屋

 町はずれに有るカラオケ屋は、持ち込み自由で有名だ。

つまみやアルコールを持参して昼間から、部屋へこもる常連客も多い。

野菜出荷組合が、定宿としてよく使うカラオケ屋でもある。


 5分も走ると町並みが途切れて、車が郊外に出る。

周囲の景色が、一面の田んぼにかわる。

遠くに利根川の堰堤が見えてきたら、田圃の中の道を右へ曲がる。

あぜ道のような細い路を、最後まで走り切る。

突き当りに、この町で最も長い歴史を誇る古びたカラオケ屋が現れる。

ここが名物店長が居る、カラオケ屋だ。


 「今晩は~」と声をかけると、「毎度~」と店長が顔をみせる。

部屋の番号は、聞かなくても熟知している。

祐三が「9」という数字に、異常に執着するからだ。

祐三が所有している乗用車のナンバーは、すべて「9」。

野菜を入れる出荷用のコンテナにも名前ではなく、黒々と墨で「9」と書く。


 ずらりと並んだ9の数字に、「全部が9(苦)ばかりでは、さすがに・・・」

と苦笑いをみせるちひろに、「馬鹿もんが!。9のほんとうの意味を知らん素人は、

これだから困る」と、祐三が反論する。


 「9は、世の中でいちばん強い数字だ。

 8は、オイチョ。9はカブ。オイチョカブにおける最強の手、それが9だ。

 いちばん強い数字が、いちばん縁起がいいのに決まっているだろう。

 上州(群馬)と言えば、博徒の国。

 博徒の勝負と言えば、丁半勝負のサイコロか、オイチョカブが定番だ」


 「祐三さんの先祖は、もしかして博徒の国定忠治か、子分衆の

 どなたかの血筋ですか?」


 「国定忠治と言えば、赤城の子守歌に出てくる子分の、板割の浅太郎が有名だ。

 板割りというのは、屋根に敷く板を作る職人のことだ」


 「へぇぇ。じゃ板割りの浅太郎さんと言うのは、やくざにならなければ、

 屋根職人の息子さんとして、家業を継ぐはずだったのですか?」


 「そういうことになるだろう。

 数多くいる忠治の子分の中で、浅太郎は有名な存在だ。

 だがいちばんの子分といえば、やっぱり、誰が何といっても三ツ木村の文蔵だ。

 忠治の兄貴分にあたるが、親分の百々(どうど)の紋次が倒れた時、

 親分の座を、弟分の忠治に譲った。

 三ツ木村の文蔵は、読み書きができなかった。

 親分の器ではないとみずから身を引き、その後は子分として忠治の片腕になった。

 五目牛村の千代松。国定村の清五郎。曲沢村の富五郎の3人は

 忠治の、幼いころからの遊び仲間だ。

 言い方を変えれば、ガキの頃から一緒に悪さをしてきた悪童たちだ。

 桐生町のお辰というのもいるぞ。こいつは、女人の博徒だ。

 忠治は27歳の時。譲ってもらった百々一家から、国定一家に名前を変えている。

 親分も若いが、子分たちも若い。個性ある面々が揃っていた。

 断っておくが俺ん家は関係ねぇぞ。博徒の血筋なんかに。

 関係があんのは、ここのカラオケ屋の店主ほうだ。

 店長は、忠治の軍師といわれていた日光の塩蔵の、遠縁にあたるそうだ」


 「ええっ、博徒の末裔なのですか、あのおとなしそうな店長が!」

ちひろの目が、驚きでまん丸になる。


 「驚くことはねぇ。このあたりじゃ珍しくもねぇ。

 長岡を名乗っているのは、たいていが国定忠治の家系だ。

 新田という姓は、鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞の末裔にあたる。

 あっ、俺んところは何もネェぞ。

 ただの、由緒ただしい水のみ百姓だからな。

 家系をさかのぼってみても、有名な人物は、だれひとり出てこねぇ。

 太平記の頃からの土着の百姓だ。俺ン家は・・・」


 到着した9番の部屋を、ガラス越しに先輩が覗き込む。

合コンのメンバーは、すでにそろっている。

妙子は、2列に並んだソファーのいちばん奥に座っている。

すぐその横。祐三が俺の指定席だと言わんばかりに、ドンと収まっている。

恵子と松島は少し距離をおき、何故かちんまりとおさまっている。


 ここまではいつもの合コンと同じだ。

だが手前に視線を転じた瞬間。先輩が、目を疑うような光景を見る。

真っ赤な顔をしたナス農家の荒牧と、キュウリ農家の山崎が、長老と酒を酌み交わしている。

テーブルに置かれたウィスキーの瓶が、ほとんど空になりかけている。

赤い顔をしている2人に、長老がさらに飲めとすすめている。


 「待ち人が来ないというのは、なんとも、寂しいのう。

 暇を持て余したときは、ひたすら呑むのにかぎる。

 さぁ呑め。もっと呑め。

 酔っぱらった勢いで、遅れてきたおなごを口説くのも男のたしなみじゃ」

 

 「遠慮せんでもっと飲め!」と長老の手が、空になりかけている

ウィスキーのボトルへ伸びていく。


 「あらら・・・やばいよ、ちひろ。

 酔っ払いどもの酒盛りが、進行中です。

 荒牧クンも、山崎クンも、見るからにヨレヨレだわ。

 男どもは酔っぱらうと、地球上で一番危険な動物に豹変しますからねぇ・・・

 どうする、ちひろ。

 部屋へ入らず、このまま2人で逃亡してしまおうか・・・」


  しかしタイミングが遅かった。

2人の背後へ、ウィスキーボトルを抱えた店長があらわれた。


 「あれ?、どうしましたお2人さん。部屋へ入らないのですか?。

 さっきから、首を長くしてお2人さんの到着を、みなさんお待ちかねです。

 お待ちどうさまでしたぁ~、みなさん。

 新しいウィスキーと、お待ちかねの美女のお2人が、

 ようやく、たったいま到着いたしましたぁ!」



(75)へつづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る