第6難 めらんこりっく・すまいる
あの
両親とはファミレスで合流して、私はデミグラスオムライス、両親はハンバーグのプレートセットをガッツリ食べた。そこでゆっくりお話する予定だったけど、日曜日ということでファミレスにはひっきりなしにお客さんが来てたから、両親の滞在しているホテルで仕切り直すことにした。食後にも関わらずコンビニでお菓子やジュースをたくさん買い込んでホテルに向かった。
部屋に着くなり、お菓子やジュースを広げて、今まであったことをたくさん話した。特に秋人さんに関しての愚痴を恥ずかしくない程度(食事の話や着替えのことなんて口が裂けても言えない)に話してみたけど、『あらあら、仲が良いのね』なんて終始にこにこしながら両親は私の話を聞いていた。というか、直後にお母さんからそのワードそのものを投げかけられた。
これ以上話しても全然私の苦悩が伝わらなさそうだったので、話題を変えて両親が今後がどうなるのかを聞いてみたけれど、お父さんもお母さんも『何も心配するな』『大丈夫』の一点張りだった。
話をしていると、秋の夜はあっという間に迫ってきた。市村さんのお迎えも迫ってきて、ちょっと寂しくなってきた。今まで家族と離れたのなんて、修学旅行の四泊五日が一番長い。だから今回、なんの覚悟もないまま離れることになって、心がまだ混乱している。
「お母さん、次はいつ会えるかな」
「ん〜? コマリ、寂しくなっちゃったか?」
お母さんに聞いたのに、お父さんの方が先に茶化してきた。
「いや、別にそんなんじゃないけど」
「素直じゃないわね、お母さんはやっぱりちょっと寂しいわ」
強がってはみたけど簡単に見破られた。でも、もう寂しいとかそんな年でもないし、心配かけたくないって気持ちもあるから黙っておく。
「まあ、いつでも電話できるから」
そうだ、会えなくたってこの時代、連絡の取りようなんていくらでもあるんだし。そうだな、ってお父さんが笑った直後に私のスマホが私を呼んだ。電話は市村さんからで、迎えに行く時間をずらそうかと気遣ってくれた。でも、これ以上引き伸ばしたらもっと帰りたくなくなりそうだし、両親も
ホテルの前には市村さんと車と、秋人さんが待っていた。
「それじゃあね、コマリ」
「ちゃんと学校には行くんだぞ」
「分かってるよ」
「秋人さん、コマリのこと、よろしくお願いしますね」
「承知いたしました」
お母さんが秋人さんに向かって深くお辞儀をすると、秋人さんも深々とそれを返した。
「じゃあね……」
これで両親とはしばらく会えなくなる。私が車に乗り込むと、安全確認を終えた市村さんがアクセルをゆっくりと踏み込む。振り返ると、手を振り続けてくれている両親の姿がどんどん小さくなっていって、やがてビルの狭間に消えていった。
影沢邸に帰ってくると早くも夕飯の準備がされていたのだけど。料理人さんが作ってくれた豪華な食事を前にしても、失礼だけど私のテンションは上がらなかった。
「コマリ様、お口に合わなかったでしょうか」
秋人さんが、リゾットを乗せたスプーンを持っていた手を止めた。もちろん、それは自分が食べるわけではなくて、私が食べる用というか、そこらへん察してほしい。
「ごめんなさい、ご飯はとっても美味しいんですけど……気分が何ていうか、乗らないだけなので気にしないでください」
「そうですか……」
秋人さんはスプーンを皿の上に置いた。カンッ、とスプーンとお皿がぶつかる音が、二人しかいないだだっ広いダイニングルームに寂しく響いた。
「私たちのせいで、こんなことになってしまって本当に申し訳ない」
「え……」
秋人さんから突然出てきた意外な言葉に、返すそれが見つからなかった。
「幼いコマリ様をご両親から引き離すことになってしまって……」
「一言多いですよ!」
いつもの秋人さんの調子に、返す言葉は勝手に飛び出していた。
「ふふっ……やっと、いつものコマリ様が見られました」
「あ……」
秋人さんなりに、私に気を遣ってくれたらしい。優しさが不器用すぎて、優しいんだか意地悪なんだか分かりにくすぎるけど、今の私にはそれで十分だった。嬉しさに少しだけ舞い上がる私に、秋人さんは追い打ちをかけてきた。秋人さんはおもむろに右手を上げたかと思うと、私の左頬にそっと触れた。驚きのあまり口は開いても声は出ないし、左の頬に体中の熱が集まっていくのを感じた。
「コマリ様。何があろうと、私はあなたのことを守りますから」
その言葉に、深くにも心臓が激しく脈打つ。そんな綺麗な顔で、そんなセリフをまっすぐ言うなんて、やっぱり秋人さんはズルい。
「あ、秋人さん……」
「幼いコマリ様の面倒を見るのですから、それくらい保護者として当然のことです」
言い返すより先に、空いていた秋人さんの左手が私の右頬を捉えて両頬を強く押さえつけられた。もっと簡単に言うと、ほっぺたをムギュムギュとされている。
「むう(もうっ)!」
やっぱり私のドキドキし損だった。でも、秋人さんが無邪気な顔で笑っているのを見ていたら、いつの間にか私の不安もどこかに飛び去っていた。
*
「おはようございます、コマリ様」
「うぅん……あとごふん……」
「コマリ様、今日は久しぶりの登校日でございますよ」
「……そうだった!」
いつも通りの朝を迎えたけれど、今日は久しぶりに高校に行く日だった。秋人さんも大学に行く予定があるようで、執事の衣装は来てなかったけど、代わりにグレーのVネックのカットソーに黒のテーラードジャケットをビシッと着こなしていた。やっぱり何を着ても様になる。私がこうして見惚れている間にも、秋人さんはテキパキと動き、窓は開け放たれ、私の布団も引き剥がされた。
「寒っ!」
「今日は一段と冷え込むようなので、早く着替えてしまいましょうね」
「言うのが遅いです!」
寒さに耐えきれなくなった私の身体は一気に覚醒し、足早に洗面所へと避難した。
逃げてきたはずの洗面所で顔を洗い終えると、新たな
芙由子さんと代わるように秋人さんがちょうどいいタイミングでやってきて、秋人さんが持ってきてくれた久しぶりの、でも新しい制服に着替える。ピカピカのブラウンのジャケットとチェック柄のスカートを見ると、ちょっとだけウキウキした気持ちになる。秋人さんの計らいなのか、クリーム色のニットが一緒にハンガーに掛かっていた。何も言わずにこういう細かな気遣いをしてくれて、人として尊敬するし、とってもありがたいんだけど、逆になぜいつも一言多いのだろう。
秋人さんは着替えのタイミングで朝食の準備に取り掛かりにダイニングルームに向かい、芙由子さんには廊下で待ってもらっている。着替えが終わったら、芙由子さんは私が着ていたツルツルの気持ちいいパジャマを回収して洗濯してくれる。毎日とても気持ちよく寝られるのは、芙由子さんが安眠の環境を整えてくれているからだ。
廊下を歩いていると、窓から遠くの駐車場で市村さんが車を洗っているのが見える……あ、今市村さんがくしゃみをした。
ダイニングルームに到着すると、テーブルの上にはすでに朝ご飯が用意されていて、秋人さんを探すと部屋の隅で秋人さんと、かっこいい革の手帳を持ったダレンさんが何やら話し込んでいた。邪魔をしては悪いかなと思って入り口でオロオロしていたけど、いち早く私に気がついたダレンさんが小さく礼をしてくれて、秋人さんも私に気がついた。ダレンさんは秋人さんにも一礼し、私の方へ歩み寄ってきた。改めて丁寧に朝の挨拶を私にしてくれると、ダイニングルームを後にした。ダレンさんは秋人さんの執事で、いつも忙しそうにしているからあまり話したことがない。いつかゆっくりお話してみたいけど、今日はそのタイミングじゃないみたい。
秋人さんはすでに私の席の椅子を引いていたので、それに甘えて席につく。ここからはいつも通りのお食事タイムが始まる。
「コマリ様、お口を開けてください」
「コマリ様、ソースをお拭きいたしますね」
「コマリ様、お飲み物はご自分で飲めますか」
「コマリ様(以下略)」
「コ(ry)」
地獄のお食事タイムが終わると、家を出るのにちょうど良い時間になってきた。秋人さんは大学があるので、ここでお別れだ。でも、秋人さんは最後の最後まで私につきっきりで、私の髪を再度ブラシでとき、学校に持っていくものリストを読み上げ、帰りの迎えの時間確認を二回もした。秋人さんから逃げるように玄関先につけていた市村さんの車に乗り込んで、やっと秋人さんの魔の手(口)から逃げることができた。
車から窓の外を眺めていたら、段々と見慣れた道に近づいてきているのが分かった。それと同時に、自分と同じ制服を着た子たちを追い抜かすことが多くなってきた。今まで深く考えていなかったけど、『車で学校に送り迎えしてもらうってちょっと恥ずかしくない?』と今更ながら気がついた。市村さんに、学校の前じゃなくて、ちょっと離れた公園で車を停めてもらえるように頼むと、私の心情を察して快く応じてくれた。
周りに誰もいないことを確かめて、車を降り、市村さんにお礼を言ってから通学路に戻った。一週間ぶりの登校でどっちにしろ気恥ずかしかったけど、今までの経験からそれは初めてのことではなかった。意を決して私のクラスの教室に入ると、やっぱり部屋中がざわついた。
「コマリぃ!」
「コマリちゃん!」
久しぶりに聞いた安心する声、真っ先に私のところに駆けつけてくれたのは、二人の友だちだった。
「ほのかちゃん、
嬉しくて、思ってたより大きな声が出てしまった。二人とも驚いた顔をしたけれど、すぐに『声が大きすぎる』って笑ってくれて、私もつられて笑ってしまった。
私の席は一番窓側、後ろから三番目の席で、そこで三人、話の続きを再開した。
「お前、今回のは相当ヤバかっただろ! 流石に心配したわ……」
口調は荒っぽいけど、すごく情に厚いのがほのかちゃん。こうは言ってるけど、災難続きの私をいつも心配してくれる優しい子だ。
「うん、心配かけてごめんね。あんまり連絡できなくてごめん……」
「いいのよ、色々忙しかったんでしょう。無事を教えてくれただけで十分よ」
すごく大人びていて、いつも冷静に物事を見れるのが汐里ちゃん。困った時に相談に乗ってくれて、とても頼りになる子だ。
「ありがと……うーん、家にあったものはほとんど焼けちゃったから、買い直したりするのは大変だったかなぁ」
「そりゃあ大変だったな……」
「コマリちゃん、何か私たちにできることがあったら手伝うから、何でも相談してね」
「うん、本当にありがとう! でも、今のところ大丈夫かな」
火事のことを思い出すと未だに落ち込むし、両親と離れることになって寂しいけれど、学校に来ればこの二人がいるからなんとかやっていけそうだ。この友だち二人には感謝してもしきれないくらい、元気をもらっている。
「ま、思いついたら後ででも言ってくれ」
「うん、ありがとね!」
「あ……そういえば、再来週の中間テスト、大丈夫?」
「チュウカン……テスト……?」
汐里ちゃんの指摘に、脳みそ中の細胞が思考を停止した。
「まさかお前……」
「うん、完全に忘れてた……」
火事が起こる二日前、帰りのHRで大ブーイングが飛び交う教室で、にこやかな顔をした女性の担任の先生から配られた中間テストの範囲表。元々テスト勉強を前もってちゃんとやる方ではなかった私は、範囲表とともに中間テストの記憶をも燃やしてしまっていた。
「そういえばコマリ、もしかして今までのノートとかプリントって……」
「全部……燃えたよ……」
それも忘れてた。教科書は新しく揃えたけれど、今までとっていたノートは戻ってはこないのだ。ノートがないとテスト勉強って詰むよね……私の馬鹿野郎……
「……マリ、コマリってば!」
ほのかちゃんが私のことを心配そうな顔で覗き込んでいた。あ、ちょっと意識飛んでたっぽい。
「ごめんごめん、ちょっと意地悪しすぎたよ……中間テスト忘れてるのは予想外だったけど……はい、これ」
「コマリちゃん、ごめんね。こんなこともあろうかと、用意してたの」
「ほえ……?」
二人はそれぞれ抱えていた紙とノートの束を私の机の上に置いた。
「こっちが、コマリちゃんが休んでいた一週間分の授業のノートで、そっちは中間テストの範囲分のノートのまとめ。コマリちゃん専用に作ったから、返さなくていいからね」
汐里ちゃんから渡されたノートのページをめくっていくと、綺麗な字はさながら、すごく簡潔に授業の内容がまとめられていて、それでいて重要なポイントを赤い字で書き込んでくれていて、私のために分かりやすいように工夫してくれたことすごく伝わってきた。
「すごい……! これ作るのすごく大変だったんじゃ……」
「ううん、こうやってまとめ直すとね、私自身の勉強にもすごく役に立つのよ。だから、コマリちゃんは気にしないで受け取ってね」
「やっぱ秀才は違うわぁ。あたしにはこれくらいの事しかできねえから、あとは自力で頑張れよ」
ほのかちゃんがくれたプリントの束を見たら、一番上に中間テストの範囲表が載ってて、その下のプリントを見ていくと、今までの授業で使った教材とか、小テスト、宿題で使われたプリント等だった。
「ふふ……ほのかねぇ、かっこつけてるけど、あなたのために先生方に事情を話して回って、使えそうなプリントとかを根こそぎ奪ってきたのよ」
「奪ったとはなんだ、奪ったとは! つーか、かっこつけてねえし……ってかよぉ、コマリには言うなって言ったろうが!」
「え〜、でも、お友達の間で隠し事は良くないと思うわ」
「そういうことじゃねぇだろ!」
二人のやり取りを見ていると、いつもの日常が戻ってきたっていうのがやっと実感できて、それでいて、二人の優しさが痛いほど嬉しくて、楽しくて、安心できて――
「汐里ちゃん、ほのかちゃん……ありがどぉ……!」
「なっ……コマリ、なんで泣いてんだよ!」
「あら、ほのかちゃんがコマリちゃんを泣かせたわ」
「おぉい! そんなワケあるか……え、コマリ、違うよな……?」
「えへへへへへ……」
「泣きながら笑うな! 顔すげぇことになってるぞ!」
「でへへへへへ……」
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