第4難 とらぶる・うぃず・べあー

【2018年7月21日 行間等微修正】


 私が影沢家で居候をし始めて早三日目。

 今日は焼けた家の片付けを手伝いに行く約束をしている。

「市村さん、今日もよろしくお願いしますね」

「コマリちゃんなら、地球の果てまでも連れて行ってあげちゃうよ!」

「……私の家でお願いします」

「はい」

 今日も秋人さんは大学で、私は市村さんに送ってもらった。

 マンションに着いて私たちの部屋だった802号室へ行くと、両親がすでに部屋の”片付け”をしていたのだけど、ほとんど焼けてしまった部屋の中から使えそうなものを細々と拾っているだけで、本当に”片付け”をしていたのは両親が呼んだ業者さんの男の人たちだった。

「コマリ、お前の部屋もやられていたんだが……」

「奇跡的に焼けてないものもあってね、捨てていいか分からなかったから、そのままにしてあるの」

 お父さん、お母さんの気遣いで、私の部屋は私が来るまでほとんど手付かずで残しておいてくれた。

「うん、分かった。ありがとう」

 意を決して自分の部屋に入ると、聞いていた通りほぼすべてのものが焼け焦げ、見るも無残な姿になっていた。

「ひどい……」

 覚悟はしていたけれど、実際に見てしまうと、なんとも言えない虚無感に襲われる。

 大事に使っていた机。お気に入りだった文房具。服にはそれほどこだわりはなかったけど、愛着があるものを一気に失うのはさすがに辛かった。影沢さんの家のよりは小さくて固いけど、とても安心できたベッド。家族みんなで回し読みしていた漫画や小説。そして、何よりも大好きだったテディベアたち。

 ――みんなみんな、無くなってしまった。

「……よし」

 落ち込んでいても仕方ない。焼け残ったものは、できるだけまた使ってあげたい。

「やりますか!」

 私は部屋の中を片っ端からひっくり返すことにした。




 ……が、机や棚類はほぼ全滅だった。

 形は残っていても、焦げてたり、欠けたり割れたり、散々な有様だった。

 なんとか無事だったのは引き出しの奥底に眠っていたアクセサリーや文房具くらいで。

「うぅー……ここがラストか……」

 見るからに焼け焦げている収納用クローゼットを見て、すでに心が折れそうだった。

「ダメかぁ……」

 諦めかけていた私に追い打ちをかけるように、残酷な光景がそこにはあった。クローゼットの最下段−−

……!」

 忘れもしないミントグリーンの色、ちょっと大きな耳、手足が長めのスラリとしたスタイルがなんとも愛くるしかった、かつて私のテディベアだったもの。火事の前日、部屋の片付けのために一旦クローゼットにしまっておいたおかげで、影も形もない、という自体だけは避けられたけれど、火の粉がうつってしまったらしく残っていたのはかろうじて黒ずんだ頭の部分だけだった。こんなに小さくなってしまったのに、火を消すための水を吸い込んだせいで前より重たくなっていた。

「あれ、あれれ……」

 覚悟はしていた、したつもりだった。だけど、いつの間にか、大きな水滴が頬を滑り落ちていた。




 *




 お父さん、お母さんとレストランで食事をとって別れ、影沢家に着いた頃には夜遅くなっていた。

「おかえりなさいませ、コマリ様」

「秋人さん……ただいま帰りました」

 影沢家に着いた頃には私の気分は最悪で、覇気のない返答をしてしまった。

「……コマリ様、その袋に入っている奇妙な物体は何でしょうか」

 私が救い出した荷物たちとは別に、透明なビニール袋に入れていたテリーの頭を、秋人さんは訝しげな目で見ていた。

「あ、これですか? ちょっとホラーみたいになっちゃってたんですけど、部屋の収納の中にテリーがいまして……あ、テリーっていうのは、私が付けたテディベアの名前でして……」

「テディベアなのは分かりました。ですが何故、そんなものを持って帰ってきたんですか?」

「えっと、テリーは特別なぬいぐるみで……」

「それはそれは。有名ブランドのもので?」

「いや、そんな高級品ってわけじゃないけど、ドイツのメーカーのもので……」

「ほう、ではドイツでしか売っていないのですか?」

「いや、日本でも結構売られるようになってきてるんですけど……」

「量産品である、と」

「いや、でも、この子は特別なカラーで、数量限定発売だったので……」

 秋人さんは、何が言いたいの?

 私のなかで、モヤモヤとしたものが渦巻いていく。

「では、そんなぬいぐるみくらい買い直せばいいでしょうに。こちらでご用意いたしましょうか?」

「そんな……そういう問題ではなくて」

「そんな市販品より、職人にオーダーメイドで……」

 私の中で、何かの糸が切れてしまった。

「……どうして」

「なんです?」

「どうして人の気持ち、少しも考えてくれないんですか!」

 秋人さんが何か言おうとしてたけど、もう知らない。私は駆け足で階段を一気に駆け上って、自分の部屋に閉じこもった。




 *




 ――コンコン。

「コマリ様、朝食の用意が終わりました」

「いらないです……」

 一晩経っても立ち直れなかった私は、昨晩手洗いしてドライヤーで乾かしておいたテリーだったものを抱えながらベッドにうずくまっていた。まだちょっと焦げ臭さが鼻につく。

「……かしこまりました」

 秋人さんが部屋から離れていく音を聞き届け、私はベッドから出た。

「秋人さんなんかに、私の気持ちなんか分からないよね……」

 ぬいぐるみなんて所詮子どものおもちゃ。この歳になってぬいぐるみが好きだなんて、子どもっぽいかな……なんて私にも思った時期があった。だけど、やっぱりテリーだけは特別で、お父さんからもらった大切な宝物で、友だちだった。

「秋人さんなんか、嫌いだ……」

 今日は秋人さんに会いたくないから、お散歩でもしてこようかな。




 *




「ただいま戻りました……」

 結局、秋人さんには黙ったまま外出してしまった。外出する前に、一応代わりに市村さんに事情を伝えたら、市村さんは『完全にあの坊っちゃんが悪い』とのことで、私の肩を持つどころか秋人さんに内緒でお散歩コースまで送り迎えしてくれた。

 まだ秋人さんに会う気分にはなれなくて、そろりそろりと部屋に戻る。

「はぁ……疲れた」

 歩いていても、なんだか悶々としてしまって、帰ってくるのが予想以上に遅くなってしまった。今は、夕飯の準備中だろうか。

「はぁ……」

 テリーでも抱いて、癒されようと思ったけれど。

「……あれ?」

 テリーがいない。出かける時に、机の上に置いておいたはずなのに。

「うん、思い違いだよね」

 記憶違いだったかな、と部屋の隅々まで探したけれど、テリーの姿がどこにも見当たらなくなっていた。

「コマリ様、夕食の時間でございます」

 ちょうどいいところに秋人さんが呼びに来た。

「秋人さん! あの、ここにあった私のテディベア、知りませんか!」

「ああ、それなら……」

 良かった、秋人さんがどこかにしまっておいてくれたんだ! さっき、黙って外出したこと、ちゃんと謝らないとな……なんて、罪悪感に苛まれきる前に、私の罪悪感は一瞬でどこかへ吹き飛んだ。

「コマリ様の精神衛生的に問題があると判断したため、適切な形で処理いたしました」

 ”処理”。その言葉の意味が分からず、私の思考回路は一瞬フリーズしたが、頭が働くより先に身体が動いていた。

「……秋人さんなんか、大っ嫌い……!」

 私は屋敷を飛び出して、道路を一人、ひた走った。




 *




 ……考えなしに家出なんかするんじゃなかった。

 スマホも部屋に置きっぱなし。財布もない。秋の寒空のもと薄手のカーディガンだけじゃけっこう肌寒い。

 でも、今はまだ戻りたくない。私の足は自然とあの雑貨屋さんへ向かっていた。

 私は結構体力がある。街までは遠かったけど、何も考えずにひたすら歩き続けたら一時間もしないで着いた。

 雑貨屋さんは、終点間際で店主の女性しかいなかった。

「すみません……」

「あら、あなたは先日いらした……」

 私の事を覚えていてくれた店主さんは私の顔を見るなり、申し訳無さそうな顔をした。

「ごめんなさいね、あのテディベア、今日売れちゃったのよ……」

「そうでしたか……」




「またいらしてくださいね」

 店主さんに見送られ、再び私は道を当てもなく歩き始めた。

 テリーはいない。テリーの代わりなんかこの世にはいない。分かってたから秋人さんに怒ったのに、私は代わりを探していた。

 何をやってるんだ、私は……

 そろそろ寒くなってきた。今日は、お父さんとお母さんのところに行こう。

 私は、二人が泊まっているホテルへの道を必死に思い出して、歩いていたら、歓楽街の方へ来てしまった。

「なんか、違う……」

 道は酔っ払いたちで溢れ、普段見ることのない大人たちでごった返していた。

「ここ、どこ……」

 プチパニックになった私は、人通りの少ない細い路地に入って人混みを避けることにした。

 だけど、その選択が大きな間違いだった。

「君ぃ、もしかして……お金なかったりする〜?」

 私の前に立ちはだかったのは、かなり酔っ払っていそうなスーツ姿の男。年はお父さんと同じかそれよりも上に見える。

「え、いや、それは……」

「おじさんにぃ、気持ちいいことしてくれたらぁ、お金あげちゃうんだけどなぁ……」

 この男の言いたいことはアホな私でもなんとなく分かったし、”なんだかヤバイ”と本能が警鐘を鳴らしていた。

「ね、そこのホテルでさぁ、1〜2時間でいいから。1万円あげちゃうからさぁ……」

「いや、すみません、先を急いでて……」

 こんなこと初めてだったから、上手い言い分が見つからない。とにかく急いで男の横を通り抜けようとすると、男が私の腕を酔っ払っているとは思えないほど強く掴んできた。

「待ってよ、お嬢ちゃん。お金あげるって言ってんだからさぁ」

「嫌です! 離してください!」

 勢い良く振りほどいた私の手が、男の顎にクリティカルヒットしてしまった。

「……っこのガキが……! こっちが下手に出てりゃぁ……あんまり調子にのるなよ……!」

 男が、右腕を振り上げた。

 殴られる−−恐怖のあまり目をつむってしまったけれど、男の拳が私に届くことはなかった。

「そこまでだよ、オッサン」

 声がして、恐る恐る目を開けてみると、男の後ろで誰かが男の右腕をガッチリ掴んでいた。

「その子に手出ししたら、俺、どんな手段を使ってもあんたを追い詰めるよ」

「いだだだだだ……!」

 スーツ姿の男の後ろで彼の腕を締め上げていた人物が、後ろからひょっこりと顔を出した。

「それともー、普通に警察に突き出されたい? 実はもう通報しておいたから、そろそろ警察来ちゃうね。分かりやすく言うと人生オワタだね!」

 おちゃらけた雰囲気のある聞き覚えのある声。

「ひぃい! それだけは! それだけは勘弁してください!」

 男は一目散に逃げ出して、その姿はすぐに見えなくなった。

「うっそぴょーん」

 私を助けてくれた人物は逃げ出した男の背に向かってベーッと舌を出すと、私の方へ向き直り、その優しい笑顔を私に向けてくれた。彼を見て安心したのか、緊張から解放された私の腰は抜けてしまって、そのままぺたんとその場に座り込んでしまった。

「おっと! コマリちゃん、大丈夫!?」

「ありがとうございました、春也さん……」




「コマリちゃん! あんなとこあんな遅い時間に一人でうろついてちゃダメでしょ!」

 春也さんに助けてもらった私は、助手席に押し込まれて影沢邸へ強制送還されることになり、春也さんのかっこいいブルーの車の中で懇懇と説教されていた。そういえば、秋三さんの息子なだけあってHIBARIに乗ってるんだなーとふと思った。

「俺がたまたま取引先の相手を見送ってたまたまコマリちゃんを見かけてなかったら、どうなってたことか……ちゃんと聞いてますか!」

「はい、すみません……」

 怒る様子はさながら”おかん”のようで。

「もう……見つけた瞬間、卒倒するかと思ったよ」

「ごめんなさい……」

「まあ……とにかく、無事だったから良かった良かった!」

 春也さんは私の頭を力強く撫でてくれて、なんだかとても嬉しかった。

「……で、コマリちゃんはなんで一人であんなとこ歩いてたの?」

「それは……」

 私は一人でいた理由を、正直に春也さんに話した。

「あー、また秋人がそんなことを……」

 春也さんは、秋人がごめんね、と前置いて話を続けた。

「言い訳じゃないんだけどさ、秋人はさぁ、お金の流れしか見てこなかったんだよね」

「お金の流れ……ですか?」

「うん、あいつは、次期社長ってことでそのための、会社のための損得勘定を小さい頃から叩き込まれて育ってきたんだ。経済学とか、経営学とか、そういうものね。そんで、周りは周りで、そんな秋人と損得勘定抜きで付き合ってくれるやつなんて、誰もいなかった」

「損得勘定……」

「コマリちゃんは、そういうので人と付き合ったことがないから分からないだろうけど、秋人に寄ってくるのはみんな、次期社長として擦り寄られるか、大金持ちだからとたかられたり、変にへりくだられたりして、秋人も人付き合いや物の尺度を、値段や損得でしか決めなくなったんだ」

 秋人さんにも、悪気はなかったんだな……それなのに、私は何も聞かずに飛び出してきてしまって……とことん自分が嫌になる。

「それでも、秋人がコマリちゃんの大事なテディベアを勝手にどこかへやっちゃったのはいただけないな! うん、お兄さん、後で怒っておくからね!」

「いえ、もういいんです。秋人さんも多分、私の事を考えてそうしてくれたんだと思いますし……」

「そっか……コマリちゃんは優しいんだね」

「いや、そんなことないですよ」

「そんなことあるって。俺はコマリちゃんのそういうとこ、好きだよ」

 春也さんの口から飛び出してきた『好き』というワードにすごくドキドキしてしまって、私は何も言うことができなかった。春也さんはそんなつもりで好きだなんて言ってないことは分かってるけど、やっぱりドキドキは止まらない。

「コマリちゃん、着いたよ〜」

 私が勝手にドキドキしてる間に影沢邸に着いてしまった。春也さんにお礼を言ってシートベルトを外そうと苦戦していると、春也さんがシートベルトを外すのを手伝ってくれた。

「ごめんね、このシートベルトちょっと硬いんだよね」

 春也さんが私のシートベルトを外すために身を少し乗り出したから、春也さんが必然的に近くなる。カチッと音がして、シートベルトが緩まる。

「はい、オッケーだよ」

 春也さんは身を乗り出したままの体勢で顔を上げたものだから、なんというか、ものすごく、近い……

「あ、ありがとうございます……」

 恥ずかしくなって目をそらしたけど、顔は赤くなっていないだろうか。どうか、この夜の暗さに紛れていてほしい。

「いいっていいって……あ、ちょっと待ってて!」

 突然何かを思い出した春也さんは、私のおかしな挙動を気にする素振りも見せずに運転席から急いで降りた。私もとりあえずドアを開けて車から出ると、春也さんがトランクから何かを取り出して戻ってきた。

「はい、これ!」

 春也さんから手渡されたのは、ラッピングされた袋だった。手渡されたといっても結構大きくて、私の上半身ほどもあったので抱きかかえるかたちになった。

「なんですか、これ」

「いいから、開けてみて!」

 春也さんに急かされながら袋の口を縛っている赤いリボンをほどいて、ツルツルとした花柄のラッピング袋を開けると、なんとも可愛らしい茶色いテディベアが顔を覗かせた。

「これって……!」

「うん! コマリちゃんにプレゼント! 前のテディベアの代わりにはなれないかもしれないけど……」

「いえ! すっごく嬉しいです……! 春也さん、ありがとう……!」

 私は嬉しさのあまり、テディベアをその場で思い切り抱きしめた。




「ほんと、可愛い顔を見せてくれるよね……」




 *




 春也さんの車は玄関から少し離れた駐車スペースに止めたので玄関まではほんの少しだけ歩く。大きなテディベアは私が転んだら困るという理由で春也さんが持ち、二人でゆっくりと歩いていたら、玄関の前で門灯に照らされた秋人さんがなんだかソワソワとしているのが見えた。

「なにあれ……超ウケる……」

 秋人さんのあんな姿、見たことがないと春也さんが必死に笑いを堪えていた。

 春也さんはこのまま様子を見ようとしていたみたいだけど、私たちに気づい(てしまっ)た秋人さんがこちらに駆け寄ってきた。

「コマリ様、心配したのですよ……!」

 持っていた上着を私にかけ、そのまま――


 秋人さんに、抱きしめられていた。


「あの……え……え!?」

 私の心臓が早鐘を打つ。

「はぁ……勘違いしないでください。お身体が冷えてるといけないので、温めているだけです」

「……こんなときくらい、優しい言葉かけてくれてもいいんじゃないですか……」

「一人で勝手に飛び出した挙句、危険な通りを無防備にふらつき、挙句春也さんに助けられるなど、仕置きが必要なくらいです……」

 仕置き……その言葉に恐怖を覚えたけれど、秋人さんは構わずに言葉を続けた。

「ですが−−」

 秋人さんの腕から解放されたと思うと、秋人さんは真っ直ぐに私の目を見た。

「貴方の執事として、いや、人間として貴方の気持ちを踏みにじるような行為をして、本当にすまなかった」

 想像もしていなかった言葉に、かける言葉がまとまらない。

「私こそ……秋人さんの気持ちも考えず、心配をかけてしまって……ごめんなさい」

 出てきた言葉を、ぐちゃぐちゃのまま紡いで。私が頭を下げると、秋人さんが頭を撫でてくれた……どころか、髪型がぐちゃぐちゃになるまでワシワシされた。

「な……なんなんですか!」

「コマリ様は、何か勘違いをされたようです」

「勘違い?」

 ダレン、と秋人さんが呼ぶと、ダレンさんがどこからともなく現れ、秋人さんに袋を手渡した。

「私は適切な形で処理をした、とだけ申しました」

 開けろ、というように秋人さんがジェスチャーをしたので、リボンを解いて袋を開けてみた。

「……テリー!」

 袋の中には、テリーが入っていた。新しいテリーじゃなくて、新しい布を移植した、私のテリー。その証拠に、左耳がチョット焦げていて、よくよく見ると、頭と胴体の色がちょっとだけ違う。

「捨てたなんて一言も言っておりません。雑貨店にあったテディベアを購入し、ぬいぐるみ専門の工房に持っていき、できるだけ元の素材を残しつつ修繕したことを”適切な処理”と申し上げただけです」

「うぐ……でも、処理なんて言われたら……」

「そうだよねー、これは、完全に秋人が悪いよねー」

 ずっと黙ってみていた春也さんが加勢に入ってくれた。

「秋人様は、昔から言葉選びが苦手でして……」

 ダレンさんまで加勢に入ってくれた。

「お前たち……っ」

 秋人さんたちが言い合いをしている間、改めてテリーを見ると、なんだか嬉しそうに見えた。

「秋人さん……ありがとう……!」

 嬉しすぎて、また涙が溢れ出してきた。でも、今度は違う涙。

「……まったく、何を泣いているのですか。コマリ様にはまだ謝罪していただきたいことがあるというのに……」

 秋人さんが胸元のハンカチで私の目元を優しく拭った。

「……ほえ?」

 え、なんだろう……全然思い当たらないんだけど……

「私に”大嫌い”と言いましたが、あれは本心でしょうか?」

 秋人さんが見たこともないような清々しい笑顔でニッコリと笑みを浮かべた。なにその素晴らしい笑顔。見たことないんだけど。

「あれは、その……あの時は頭に血がのぼっていて、つい……」

「では、本心ではないと?」

「……ごめんなさい」

「では、嫌いではなければ、私のことはどう思っているのです?」

 にゃ……にゃんですとぉう!?

「ダレンさん……春也さん……!」

 二人に助けを求めてみたけれど、二人とも子どもを見守る保護者のごとく、私に生暖かい視線を向けるだけだった。

「くっ……嫌いじゃ、ないです……」

「具体性に欠けますね」

 にゃんとも、この男というやつは……!

「あああ! もう! 人間として、好き……くらいですかね!」

「……まあ、今回は、このくらいで勘弁してあげましょうか」

 春也さんが、秋人だけずるいずるいと騒いでいたけど、これ以上は私の心臓に悪すぎるから、また後日、ということではぐらかしておいた。

「じゃあね、コマリちゃん! 秋人に変なことされたら、俺に言うんだよ!」

「はい、春也さん! テディベア、大切にしますね!」

 春也さんは私に大きなテディベアを手渡して、明日仕事が早いからと家に帰った。私と秋人さんはと言うと……

「コマリ様、早くお口をお開けください」

「コマリ様、入浴の時間でございます。お着替えは自分で出来ますか? ……そうですか」

「コマリ様、寝付きが悪いのなら添い寝でも致しましょうか」

 また私が逃げると困る、という理由で秋人さんが余計にべったりになってしまった……




 *




 車内に鳴り響く音楽が鬱陶しくて、思わずオーディオを止める。

「コマリちゃん、俺のより全然喜んでたな……」

 俺には、コマリちゃんを、あんな幸せそうな顔にすることはできないのか。

「秋人……今回はお前に負けたけど、次こそは俺が――」

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