第2難 さーばんつ・らいく・ざ・げすと
【2018年7月21日 行間等微修正】
「おはようございます、コマリ様」
「うぅん……お母さん、もうちょっと……」
クスクスという笑い声が聞こえ、その声で一瞬で脳が覚醒した。
「おはようございます!」
飛び起きると案の定、そこに居たのは秋人さんだった。
「お母様ではなくて残念でしたね……まさか、いつもお母様に起こされて起床なされていたのですか?」
「たっ……たまにです!」
完っ全に馬鹿にされている……週の半分くらいお母さんに起こされてることは内緒にしておこう。
「……まあ、いいでしょう。想定以上に早く起きていただけましたので」
私の寝起きがもっと悪いと想像していたと……いちいちカチンとくる言い回ししかしてこない。
「コマリお嬢様、本日はこちらのお召し物を着ていただきます」
「……え?」
秋人さんが手にしていた”布”を広げると、そこにはフリッフリのロリータ的ワンピースが現れた。
「にゃんですと……!?」
どこから用意したんだ、その服は。
「えっと……その服は……?」
「はい、私の父が、昨晩に急遽取り寄せたものでございます」
「えっと……チョイスしたのは……?」
「父、ですね……ブフッ……」
秋人さん。淡々と答えようと頑張っているけど、笑いが隠しきれてないよ。
「一人で着られますか? なんなら私がお手伝いいたしましょうか?」
「いいですけっこうです!」
秋人さんを部屋から追い出して一人でワンピースと格闘していた。うなじのリボンが結べなくて四苦八苦していると、秋人さんが部屋に入ってきた。
「ちょ……まだ着替え中なんですけど!」
「コマリ様、あまりもたつかれては朝食の時間に遅れて父の説得が間に合わなくなってしまいます……失礼します」
秋人さんは私の後ろに立つと、私の髪をまとめあげた。
「キューティクルが傷んでおりますね」
「うるさいです」
なんかこの男の嫌味にももう慣れてきた。
「おや、もう私の小言に慣れるとは、コマリ様には度胸がおありのようですね」
「ぐ……そんなことないです」
胸の内を見透かされたようでまたまたカチンときたけれど、それは次の瞬間にどこかへ吹き飛んでいった。
「ひゃうんっ!」
「おや、どうかいたしましたか」
「なんでもないです……」
秋人さんが結んでいたリボンの端が
秋人さんはこれに味を占めたのか、わざとらしく何度かリボンの端でくすぐられたけど、もう絶対に声を出しはしまいと私は必死に耐えた。
「終わりましたよ……いつまでそんなむくれた顔で固まっているつもりです?」
「うるさいです」
私と秋人さんは朝食を食べようと一階へ降りると、なぜだか玄関に秋三さんがいた。
「おお! コマリさん、随分とお早い起床ですな」
「おはようございま」
「おおお、その服は! やはりとてもお似合いですな!」
うん、そうだよね、自分で選んだ服だもんね。
「いやぁ、急いで取り寄せた甲斐がありました。今日は見られないと思っていたので、私はツイてるようだ」
ん? 今日はもう見られない?
「え、あの……お出かけですか?」
え、ちょっと待ってチョットマッテ。
「はい、これから九州の工場に、急ぎで行かなければならなくてですね」
「父上、昨日はそのようなことは……」
「ああ、だから急だと言ったろ。秋人、コマリさんのお世話、しっかりと果たすのだぞ」
秋三さんは横に控えていた白髪の執事さんだと思われる男性に行くぞ、と声をかけると、二人で玄関から出ていってしまった。
「あの、秋三さん、お話が……」
私の声は彼に届くことはなく、しばらく二人で呆然と立ち尽くしていた。
仕方なく二人で昨日の長テーブルに行き、秋人さん自らが用意した料理の前に座った。
「これ、秋人さんが……?」
「ええ、私が用意いたしました。存分に召し上がってください」
目の前に広がるのは、名前もよく分からないお料理たち。どれから手をつけようか迷っていると、またまた嫌味の嵐。
「まったく……ぼやぼやされていると、せっかくの料理が冷めてしまいます……ああ、コマリ様はこれをお望みでしたか」
秋人さんは私のフォークをひょいと取ると、多分卵がメインの何かを切り分けて私の口元に運んできた。
「はい、コマリ様、お口をお開けくださいませ」
にゃんですとぉおう!?
これは、漫画とかでよく見る、いわゆる、”あーん”ではないですか。
「いやいやいや、あの、自分で食べられますから! どの順番で食べたらいいか分からなくて……」
「そんな、朝からコース料理なんか作れるワケないでしょうに。順番など好きに食べればいいのです。ほら、口を開けてください」
口元に迫る料理に、思わず口を開けてしまうとこれを見逃さずに料理を放り込まれた。
「んぐ……お、美味しい……」
なにこれ食べたことない。秋人さんは満足げに微笑むと、いつの間にか用意していた次の料理をまた私の口に放り込んだ。
……結局、秋人さんは私が飲み込んだのを確認すると、”あーん”をし続け、そのまま最後まで食べ終えさせられてしまった。
「ご……ごちそうさまでした……」
*
食事を食べ終わって部屋で一息ついていると、屋敷の中から色々な活動音が聞こえてきた。
「暇だなぁ……」
午後からは私の燃えてしまった教科書とか、服とかその他諸々必要最低限のものを買いに、秋人さんとお出かけする予定だが、今は特にやることがない。ちなみに学校からは生活が安定するまでお休みできる許可をもらっている。
「……よし!」
私はドアを開け放ち、廊下に一歩踏み出した。
「おっと」
「……え」
おっと、と言ったのは昨日夕食の席で見た金髪の外国人執事さんで。
「驚かせてしまい、申し訳ございません」
「あ、いえ……こちらこそ」
どうやら彼は掃除の点検をしていたらしく、私の部屋の前の廊下をチェックしていたところらしい。
「申し遅れました。私、影沢秋人様にお仕えしております、執事のDarren Matthew Rodriguezでございます」
「……え?」
名前聞き取れなかったぁぁあああ!
いや、だって、日本人かと思うくらい流暢な日本語だったから、英語的発音に脳みその切り替えが追いつかなかったんだもん。
「コマリ様?」
Da……ナントカさんがニッコリと微笑んで私の方を見る。
「あの、ごめんなさい……名前を聞き取れなくて……」
やばい、名前すら聞き取れないなんて超恥ずかしい。
「それは大変失礼いたしました。改めまして私、ダレン・マシュー・ロドリゲスでございます。ダレン、とお呼びください」
「ダレンさん、ですね!」
彼はゆっくりはっきり丁寧な日本人的発音で改めて名前を名乗ってくれた。ここに秋人さんがいたら、さぞかし笑いのネタにされていたことだろう。
「はい、困ったときにはいつでもお声がけくださいませ」
あああああ……本物の執事だ……私が今まで”彼”から受けてきた態度と比べると、その差は歴然だ。
「コマリ様。何かお困りのことでもありましたでしょうか」
「あ……」
そうだった。本物の執事さんに会えて、もう部屋に戻ってもいいくらいに感動したけれど。
「あの、ちょっと探検してみたくて……お屋敷にはまだお会いしたことない方もいらっしゃるようですし……」
「そうでしたか。顔と名前が一致しなくては、何かと不便でしょうから、使用人たちを集めて参りますね」
「え、そんな、皆さんお忙しいでしょうし……」
「いえ、ゲストをもてなすことも、私たちの大切な仕事ですので」
では、二十分後に、ということでダレンさんは使用人の皆さんに声をかけにいってしまった。
きっかり二十分後、ダレンさんは私の部屋に来た。そして二人で食堂に向かうと、使用人のみなさんがきちんとまっすぐに整列していた。
「影沢家へようこそ、コマリ様。改めまして私、影沢秋人様にお仕えしております、執事のダレン・マシュー・ロドリゲスでございます」
ダレンさんは腰を四十五度に曲げた美しい姿勢でお辞儀をし、私はついそれに見惚れてしまった。
「お嬢ちゃん、昨日ぶりだねぇ」
「ほえ?」
列の一番左端、くせっ毛の長髪を後ろで一つにまとめていて、あごひげを生やしたオジサマが一歩前に出た。
「市村。お客様に失礼だぞ」
ダレンさんが制止した相手には見覚えがあった。
「あ! 昨日の運転手のオジサマ!」
そう、昨日私たちをホテルまで迎えに来てくれた運転手さんだった。
「覚えててくれたんだねえ。まだオジサマって年齢にはちょっと早い気がするけど、うれしいなぁ〜」
「コマリ様は十七歳だと伺っております。コマリ様から見れば、十分オジサマですよ。コマリ様、オジサマのままでよろしいかと」
ダレンさんが傷に塩をすり込むかのごとく市村さんに追い打ちをかける。
多分いじられキャラっぽいけど、このオジサマは良い人だ。昨日高級車に乗って緊張でガチガチだった私たちに、世間話で気が紛れるようにずっと話しかけてくれていた、優しいオジサマなのだ。
「昨日はありがとうございました」
「いやいやオニイサン、お礼をされるようなことは……した気がする!」
えっへん、と言わんばかりに胸を張る市村さんだったが、ダレンさんから早く自己紹介をするように圧力をかけられて縮こまった。
「はい、すんません……私、影沢家で運転手をしております、市村武蔵と申します」
「市村、シャキッとなさい。ゲストの前でお恥ずかしい」
市村さんの隣、なんというか、凛とした女性が冷ややかな目を市村さんに向けていた。
「お見苦しいところを、大変失礼致しました。私、家政婦の氷室芙由子と申します。このお屋敷には女性は私しかおりませんので、何か男どもでは不都合なことがございましたら、なんなりと私にお申し付けくださいませ」
市村さんとは真逆な感じ。超ツヤツヤな黒髪をなびかせ、眼鏡の奥に輝くのは鋭い眼光、仕事をバリバリとこなす感じ。女性が憧れる女性像って感じで、これまたかっこいいなぁ〜と見惚れてしまった。
「芙由子さん、ですね。よろしくお願い致します!」
私がお辞儀をすると芙由子さんは何故かふいっと私から視線を逸らせた。
「あああ、僕まだコマリちゃんにお辞儀されてないぃい」
と市村さんが騒ぎ始めたけれど、芙由子さんの鋭い眼差しで牽制されてしまっていた。
「ねえねえ、JKが同居するってホント!?」
突然食堂の扉が開き、どう見てもひょうきんそうな男性が入ってきた。
「
「お客様!? ……あ、君だね!」
春也と呼ばれた男性は私に気がつくと、ツカツカと近寄ってきていきなり握手を求めてきた。
「俺、
「あ、あはは……春也さん、よろしくお願いします」
最後のヨロシクネ、が恐ろしく軽かったのに境遇が恐ろしく重たい。恐る恐る握手を返すと、腕が千切れそうになるくらいブンブンと振り回された。
「ダレンさぁ、なんで教えてくれなかったのー。この子、ここに住むってホント?」
「住む、といっても短期間になることが予想されましたので、お会いする機会もないかと思いまして」
「そんなことない! こんなに可愛い子が来るって知ってたら、死んでも会いに来てたよ!」
さらっと恥ずかしいことを言ってのけるなぁ、この人。春也さんはダレンさんに詰め寄っていたけれど、チラッと腕時計を見て慌て始めた。
「あー! ごめん、この後会議なんだ! ダレン、明日久しぶりに夕飯食べに来るから用意しておいて! お嬢さん、それじゃあ、また明日ね!」
嵐のように来て、嵐のように去っていった春也さんを見送ると、ダレンさんがゴホンと一つ咳払いをした。
「申し訳ありませんコマリ様、春也様はご多忙な方でして……ご挨拶は明日に改めさせていただきます。では、最後に気を取り直して……」
「……小日向コマリ様にお仕えしております、影沢秋人です」
にゃんと。
「あれ、あの、秋人さん……」
「はい、秋人様もコマリ様にとっては使用人の一人ですので」
そう言って秋人さんを見るダレンさんは非常に楽しそうで。
「坊ちゃまが、自己紹介なされている……ブフォッ」
我慢できなくなった市村さんが吹き出した。
「市村。三ヶ月減給」
「大変失礼致しました」
使用人の方たちは、他にも数名いるらしいけど、今日居合わせたのはこの方たちだけだという。もともとそんなに使用人は雇っていないらしく、足りない時は臨時で派遣などで雇うそうだ。
「それでは、失礼いたします」
ダレンさんのはからいで、私はまたまた秋人さんと二人きりになってしまった。
主人と執事。お互いのことをよく知らなければお仕事に支障をきたしてしまうらしく、改めて二人きりで自己紹介するハメになってしまった。
「……小日向コマリ、十七歳、高校二年生。好きなものはテディベア、嫌いなものはお化けとか、虫とか……そんな感じです」
「もっと詳しくお聞かせもらわねば困ります」
「困ると言われてましても……例えば?」
「そうですね……まずはベタに、食べ物の好みは?」
「うんと……好きな食べ物はたくさんあります。嫌いなものは……あ、あんまり辛いものはダメです」
「……なんですか、その具体性のない回答は」
「うーん、じゃあ、特に好き嫌いはなし、ということで」
「はあ……分かりました。では、アレルギーなどはお持ちですか」
「ないです」
こんな感じの質問が小一時間続き、それを秋人さんがサラサラと手帳に書き留めていく。なんだか、自己紹介というよりかは尋問みたいだ。
「ねえ、秋人さん」
「なんでしょう」
「私も秋人さんの自己紹介を聞きたいです」
「……あぁ、私からも。最後に大切なことを聞くのを忘れていました」
なんだかはぐらかされたけど、ここまできたからには仕方がない。
「なんですか」
「……スリーサイズは?」
「……にゃんですと?」
スリーサイズとは、あのスリーサイズだろうか。
「ですから、バスト・ウエスト・ヒップのサイズを聞いております」
「それはなにゆえですか」
「コマリ様のお召し物を見繕うためでございます」
「服なら自分で用意します」
「父からそのようにしろと仰せつかっておりますので」
「嫌です」
「ダメです」
押し問答を続けたけれど、私も、そして秋人さんにも引き下がる様子は微塵もなさそうだった。
「そもそもスリーサイズなんて、分かりませんし……」
「仕方ないですね、芙由子さんに測ってもらうことにしましょう……誰が測ろうと、私の耳には入りますが」
「それでお願いします!」
うん、それでも実際に測られてしまうなら同じ女性の方が断然マシ。私の気持ち的に。
秋人さんが芙由子さんを呼んできて、秋人さんが部屋の外にいる間に芙由子さんに測ってもらった。
芙由子さんは黙々とメジャーで私のスリーサイズどころか、身体の隅々まで計測していたけれど、最低限の言葉しか発しなかった。
嫌われるようなことをしたのかと心配になったけれど、それは要らない心配だったとすぐに分かった。
「コマリ様、計測終了致しました。お疲れ様です」
「ありがとうござブエックション!」
だああああああああ! 鼻水! 鼻水が!
「大丈夫ですか!?」
芙由子さんが慌ててテッシュで私の鼻を拭ってくれた。
「
「いえ、お身体が冷えているのに気がつけず……大変申し訳ございませんでした」
計測の間、薄いキャミソールでいたので、いつの間にか身体が冷えてしまっていたらしい。
むぐ、むぐぐぐぐ……
それにしても、芙由子さん、鼻を拭く時間が長い。というか、鼻ってよりも、頬を押さえるのに添えられている左手の力がなんだか強い気が……
「あのー、芙由子さん?」
「はっ……! も、申し訳ございません」
芙由子さんは急いで手を引っ込めたが、その顔はどこかまんざらでもなさそうで、もしかして。
「ほっぺた、好きなんですか?」
「っ……!」
芙由子さんの顔は真っ赤になっていて、なんだかようやく彼女から人間味のようなものが感じられて、親近感がわいてきた。
「あのぉ、私なんかで良ければ全然触っていいですよ……?」
「そ、それは……」
試しに提案してみたけど、遠慮しちゃうかなー……
「よろしくお願い致します」
芙由子さんは欲望に忠実でした。
失礼します、と芙由子さんが私の頬を撫で回し、遅いと痺れを切らした秋人さんが部屋に入ってきてキャミソール姿の私が絶叫するまで、彼女の頬への愛は止まらなかった。
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