慰謝料はドSな執事で。
風見ちかちか
第1難 ばっどがーる・みーつ・ばっどぼーい
【2018年11月12日 誤字修正】
私は
短いとはいえ十七年の人生、なんとか生き延びてきました。
というのも私、生まれてこの方、超絶運が悪いのです。
私が歩けば車に当たり、泣きっ面に火事、二階から植木鉢……そんな感じで、今まで遭った不運は数知れず。
ぶっちゃけ、どうしてここまで生き延びてこられたのか分からないくらいのバッド・フォーチュンっぷりなわけです。
そこを抜かせばごく普通の一般家庭の庶民の私が何故か、今は無き私の家が比べ物にならないくらいの豪邸で、私なんかにはとてもとても縁遠い御曹司に、信じられないくらい失礼な態度でお世話されている……
「こちらのハーブティー、一杯四桁いたしますが、コマリ様なんかのお口に合いますかね」
「お……オイシュウ、ございます……」
*
事の始まりは、昨日の朝からでした。
太陽が降り注ぐ気持ちの良い秋の日曜日に、買い物に行くために父・母・私の家族三人で車に乗って近所の河川敷を走っていると、それは一瞬で起きました。
「掴まれっ!」
お父さんの叫びに、『あ、またか』と思ったのが最後の記憶。
車はガードレールを突き破って河川敷の土手を転がり落ちていきました。
「本当に、申し訳ございませんでした」
私は今、普通の病院のベッドの上で加害者の方々から謝罪を受けています。
とはいっても、私はおでこを少し切っただけの軽傷。両親はいつも通り奇跡的に無傷でした。
加害者の方は親子で謝罪に来ていて、高そうなスーツを着た
「私は父親の”
「本当に、申し訳ございませんでした」
お父さんの秋三さんが丁寧な自己紹介をすると、続いて息子さんの秋人さんが心からの謝罪をしてくれました。
秋人さん曰く事故の原因は『バイクで走っていたら茂みから急に猫が飛び出してきてそれを避けたら直後に飛んできた新聞紙がヘルメットにクリティカルヒットして視界が何も見えなくなって車線をはみ出して事故を起こしてしまった』らしい。
……何その負のピ◯ゴラスイッチ。
私の両親は私の運の悪さを知っているから、影沢さん親子を許して、連絡先の交換だけしてお引き取り頂いて、私たちは検査後すぐに家に帰りました。
――この時の私はまさか、秋人さんと奇妙な同居をすることになるとは知らずに。
――――そしてまさかのまさか、私たちの家が燃えているとは知らずに。
「お母さん、あれ、なに……?」
「燃えてるわね、お父さん……」
「ああ、燃えてるな……」
事故で車が使えなくなったのでタクシーで帰ると、自宅マンション前の道路に人だかりとサイレンのエ◯クトリカル・パレード。
見上げると、八階の
火事は下の階からの延焼で、部屋は火事で焼け焦げ、黒ずみ、消火の水でドロドログチャグチャ。
その日の夜からとりあえずホテルに部屋をとって困り果てていたところ、翌日になんと事故のお相手“影沢さん(父)”からの電話がきて、どこからか火事を聞きつけて、食べるものにも困っていた私たちに救いの手――夕食に誘っていただきました。
ホテルから出ると、謎の黒塗りの立派な高級車から出てきた謎の運転手さんに促されて拉致……じゃなくて、車に乗せてもらい、ついたところはなんと立派な平城京、ならぬヴェルサイユ宮殿。まあようするにとにかくデカイ洋風のお屋敷で。
家の主はもちろん招待主の影沢秋三さんで、その正体はにゃんとビックリ仰天、自動車ブランドHIBARIの企業、影沢重工業株式会社の社長さんでした。
*
「小日向さん、昨日は本当に申し訳ございませんでした」
「いえいえ、息子さんも、故意に脇見したとかじゃありませんし、本当にもういいんです」
秋三さんに改めて謝罪され、お父さんがそれに毅然として答えようと頑張っているけれど……そのフォークを持つ手は緊張で震えている。
私たちが今いるのは豪華な食事が所狭しと並んだ立派な食卓テーブルで、あれだ、よく漫画とかで見る長ぁい食卓テーブルだ。テーブルには父親の秋三さん、息子の秋人さん、私のお父さん、お母さん、私の五人で座っているけれど、テーブルはまだ半分以上余っている。
「そう言っていただけて……本当に、本当にありがとうございます……」
秋三さんは涙もろいひとだ。昨日病院で会ったときも、泣きながら深々と頭を下げていた。
「父上……私も申し訳ない気持ちではありますが、その様に泣き顔を見せられては、小日向さん御一家のお食事が進まなくなります」
「お、おぉ……そうだな、秋人。せっかくの食事が冷めてしまっては、我が家にお招きした意味がなくなってしまうな。ささ、どうぞどうぞ……」
秋人さんの助け舟で、お食事会がなんとか再開し、適応能力が高い私の両親は段々と秋三さんと打ち解け、談笑するようになっていた。一方で、私と秋人さんは向かい合って食べていたけれど、二人とも終始無言で黙々と料理を平らげていた。
「そういえば
全員の皿が空に近づいてきた頃、お酒が入って顔が赤らんでいる秋三さんがふと思い出したように口を開いた。ちなみに“安雄”はうちのお父さんの名前。
「ぁいやー、それがですね、ぜんしょーですよぜんしょー」
秋三さんのお酌を断れず、促されるままに高そうな“年代物”と呼ばれるワインを飲んでいた両親は、すでに出来上がっていた。
『小日向さんは飲みっぷりがよろしいですねぇ!』
なんて、ただ単に断りきれない両親の様子を見て勘違いした秋三さんはどんどん両親のグラスにワインを注ぎ足した。それでもって秋三さんも一緒に飲むものだから、秋三さんまで真っ赤になっているわけで。
「もう、お父さんったら、ほんとのこと言っちゃってぇ」
普段ほとんどお酒を飲まないお母さんでさえこの調子で、先が思いやられた。ちなみにお母さんの名前は
「なんと! それは大変だ! ダレン、ダレン!」
「なんでしょう、旦那様」
黒服に身を包んだ金髪の若い外国人の男性が、音もなく秋三さんに近寄る。
この人、もしかして”執事”っていうものでは……!
日本にも執事なんて本当にいるんだなぁ、なんて。この時の私は呑気にも不用意にテンションを上げていた。
「三階の部屋は空いていたかな?」
「はい、いつでも利用できるよう、常に清掃してあります」
私たちは頭の上に『?』を浮かべながらその会話を聞き入っていた。ってかここデカイとは思っていたけど、三階まであるのか。
「そうか、ダレン、いつも済まないね……それでは、小日向さん。次の住居が決まるまで、我が家に泊まりませんか?」
「「「……え?」」」
うん、酔っ払っているのだ、このおじさま。
秋三さんの突拍子もない提案に、お父さんもお母さんも流石に驚いて声も出ないようで……
「……そ、それは……たすかりますう!」
「お父さん!?」
なんか想像してたコメントと違う。
「そうですねぇ、私たちはともかく、娘は高校のこともあるので、ちゃんとした部屋があるのは助かりますねぇ」
「お母さん!?」
そんなこんなで酔っ払いたちの話はトントン拍子に進み、次の家が決まるまで、何故か私だけ影沢家に居候することになってしまった。
「ああ、そうだ。そうと決まれば、コマリさんにも専属の使用人を付けましょう!」
どう決まればそうなるんですか。
さっきよりもさらにお酒が入った秋三さんがさらにとんでもないことを口走り始めた。
「この家は無駄に大きくてですね。何かと不便になることが多いものでして」
「それは助かります。この子は昔っから方向音痴でして、この立派なお屋敷なら一年かかっても覚えられないでしょうな!」
「もう、お父さんったら! 大丈夫だってば!」
そんなこと、恥ずかしいから言いふらさなくてもいのに……!
思い切り憎しみを込めて睨んでやったけど、お父さんは気づかなくて。
「そうだ! 秋人! お前、コマリさんの執事になりなさい」
「ちっ……父上! 何故私がそのようなことを……!」
先ほどまで空気だった秋人さんに、突然秋三さんから放たれた白羽の矢が突き刺さり、ガタッと椅子から勢い良く立ち上がった。
「お前も、もうそろそろ社会に出る準備をしていかなければならないからな。一種の社会経験だと思ってやってみなさい」
どんな社会経験ですか……!
と、全力で突っ込みそうになったけれど、流石に口出しできず、秋人さんが全力で拒否してくれるだろうと思っていた。
……が、その考えは甘かった。
「……分かりました。その役目、引き受けましょう」
「ええええええええ……!?」
*
というわけでイマココ。最初に戻る。
「コマリ様、お夜食を持って参りました」
先程まで白のワイシャツだったはずの秋人さんが、しっかりとスーツを着こなして執事の出で立ちになっていた。改めて見ると、秋人さんはモデルさんにも勝るとも劣らない美形で、なんでも着こなしてしまうんだなーと関心した。そういえば、事故を起こした時はメガネをかけていた気がするけど……今はコンタクトでも付けているのかな?
「いや、ほんと、お気になさらず……」
私専用に用意された個室で、今は秋人さんと二人きり。
「いえ、そういうわけには参りません」
両親は酔っ払っていたものの、最後の理性は残っていたらしく、ホテルまで車で送り届けていただいたらしい。
私は疲れていたので、とりあえず部屋に通してもらって、今夜はゴロゴロして過ごそうとベッドに座っていたところで、秋人さんがお茶を持ってきた。
「コマリ様、こちらスイス産、有機栽培のハーブティーでございます」
「は、はぁ……」
私はベッドから小さなソファに座り直し、テーブルの上に置いてあるハーブティーのカップを口に近づけた。
「あづっ!」
緊張しすぎて、”フーフー”するのを忘れていた。私は猫舌だから、大抵の熱いものはすぐに飲めない。
「申し訳ありません、注意を怠っておりました」
「いえ、あの、ほんと、私が猫舌なだけなので、ごめんなさい……」
「いえ、こちらこそ……」
気まずい沈黙が流れ始めた。まずい、何か、何か話さなければ……
謎の使命感に駆られた私は、何か話そうと思い、ひとまずカップを置いて秋人さんに向き直った。
「……秋人さん、どうして執事なんて引き受けたのですか?」
私の唐突な質問に、秋人さんは少し眉間に皺を寄せたが、そのわりにはすぐに答えが返ってきた。
「私は、あなたに多大なるご迷惑をおかけしました。その罪滅ぼしの、少しでも足しになれば……と」
「そんな……」
私が引き寄せてしまった事故なのに、秋人さんを困らせてしまっている。そう考えていたら、暗い気持ちが表情に出てしまっていたらしい。
「……それに、
秋人さんの気遣いはとてもありがたいけれど、やっぱり悪いのは私だと思う。
「いえ、そういうわけには……実は私、事故を呼び込む体質でして……」
「……どういうことでしょう?」
私は秋人さんに、今までの自分の不運さを語った。秋人さんは終始無言で、相槌を打つことも無く、私の話を聞いていた。
「なので、秋人さんは本当は何も悪くないんです。だから、私に気を使う必要はないというか……」
「……あなたの話を鵜呑みにするのであれば、そういうことになるのでしょうね」
一瞬だけ、秋人さんがとても怒っているように見えたけど、次に見たときには無表情に戻っていた。
「はい……ですので明日、秋三さんに執事をやめさせてもらえるよう、私から頼んでみます」
「それには及びません……私はあなたの非科学的な話を鵜呑みにするほど、おめでたい人間ではありませんので」
秋人さんは私の方へ一歩近寄ると、冷たい眼差しで私を見据えた。
「いいですか、あなたの運の悪さなんて、誰にも証明できるものではありません。私は、あの事故は私が一瞬たりとも気を緩めなければ起きなかったものだと思っています。だから私はこうして、あなたに償うことに決めたのです」
「ですが……」
私が納得いっていない顔だということを見抜かれ、秋人さんは小さく溜息をついた。
「まだ要らない罪悪感を持っているようですね……では、あなたの贖罪として、こういうのはどうです?」
「はい、それは……」
「私は贖罪のために執事の業務はするが、あなたに気を遣うことは一切しない。あなたの贖罪は、私から一切気を遣われないことです」
「えっと、秋人さんがそうおっしゃるのなら私はそれで償いますが……どういうことですか?」
秋人さんの言っていることがさっぱり分からなくて、目を丸くした。
「こちらのハーブティー、一杯四桁いたしますが、コマリ様なんかのお口に合いますかね」
「……え」
「聞こえなかったですかね。こちらのハーブティー、一杯四桁いたしますが、コマリ様なんかのお口に合いますかね」
うん、気を遣わないって、そういうこと。まあ、気を遣われすぎるよりかは私の罪悪感は薄れるし、償いなら仕方ないけれど……
「お……オイシュウ、ございます……」
ちょっぴりだけカチンときた気持ちを抑えつつ、それっぽく返答してみる。
「”美味しゅうございます”なんて、人生で初めて使ったのでございましょう。あまりご無理なされない方がよろしいかと」
「なっ……!」
彼は私が慣れない言葉についカタコトになってしまったのを聞き逃さず、流暢に言い直しやがりました。
「私の執事やるの、やっぱり嫌なんじゃないですか」
「そうではないのですが……運がなんだのと意味の分からない理由なんかで事故の責任を年下のチンチクリンに取られそうになったあげく、贖罪までされるなんて、私のプライドはズタボロでございます。それでもまだあなたに余計な罪悪感が残っているなら、黙って私に世話されていてください」
「それは、謝ります……! ですが、私はもうあなたを赦してますので、あなたが償おうとする必要はありません」
「そういうわけにはいかないと、先ほど申し上げた筈ですが。コマリ様は一分前の記憶も覚えていられないのでしょうか」
「そうではありませんが……! なんでそんな嫌味な言い方しかできないのですか!」
「嫌味ではありません、気遣いをしていないだけでございます」
私は彼のパンドラの箱を開けてしまったらしく、唐突に失礼な執事に早変わりした。
「ああ、もう! いいです、私は心の底からあなたを赦していますので、明日秋三さんに何としてでも辞められるよう、説得してみます! それから、贖罪の件はお互いに相殺ということで!」
「それはそれは、私としても、分からず屋な子どもの世話をやめられて大変に幸いでございます」
売り言葉に買い言葉、私たちは目には見えない火花を散らせながらお互いを牽制しあった。
「では明日、朝食のお時間を父に合わせますので、その時にでも説得をお願い致します」
「うけたまわりました! おやすみなさい!」
早く出ていけと言わんばかりに睨みつけると、彼はそそくさとティーセットを片付け、大きなドアの外まで出た。
「短気と夜更かしは美容の大敵ですよ……では、おやすみなさいませ」
「なっ……!」
最後の最後まで嫌味を言い放ち、静かにドアを閉めて去っていった。
あぁ……あのお茶くらい、置いていってもらえば良かった……
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