09 最悪の出会い

 出来れば早急に事を為したかったのだが、どうやらそうも行かないらしい。

 ままならないものだ。

 ヴェルカたちにとって、それほど私の姿は衝撃的だったらしい。


『……どこに不満があるというのだ』

「え? いえ、不満というか……」

「人間だったのか、お前!?」


 驚きの正体を口にするヴェルク。

 何だ、そんなことか。

 私は溜め息をつき、飛びかかってきた喰従者ガーベッジの一体を生成した長剣で斬り伏せながら、返答を口にする。


『人間ではない。これはに形状を変化させているだけだ。そっくりだろう?』

「何でもありかよ……」


 いまさらである。自分たちがどういう存在を雇ったのか、そろそろ自覚してほしいものだな。


『立ち話はここまでだ。事態は一刻を争う。さっさと行くぞ』

「は、はい!」


 ようやく動いてくれた双子を引き連れ、私は混乱の真っ只中にある中央通りで探りを入れる。

 未だ喰従者以外に敵の気配はない。どこに親玉が潜んでいるのか知らないが、動くつもりがないなら好都合だ。

 先手を取れば、こちらのものだ。


『レオン、ここは任せたぞ!』

「任された」


 お互いに目配せし、私とレオンはそれぞれの目的のために動き出す。

 レオンは喰従者ガーベッジの排除。私はヴェルカたちを先に行かせ、殿しんがりを務めながら護衛に回る。

 一目散に走れば意外と何とかなるもので、特に妨害を受けることもなく、我々は通りの向こうまで辿り着くことが出来た。


『もういいだろう。歩いていくぞ』

「大丈夫なんですか?」

喰従者ガーベッジは生物を優先して狙うが、物音にも反応するのでな。無闇に走って気づかれても面倒だ』

「詳しいんですね」


 感心したようなヴェルカ。


『レオンといると災難に事欠かない。道中、強力な喰獣イーターと戦闘になることも多くてな、必然的に喰従者と戦う確率も増える。詳しくもなるさ』


 補足の意味も込めて説明をする。

 それを受け、ヴェルカはさらに感心を深めたようだったが、ヴェルクのほうは少し違う感想を抱いたらしい。


「……レオンって意味わかんねぇよ」

『ほう。何故だ?』

「つまり、上位の喰獣と戦って生き残ってるってことだろ? 何でそんなに強いんだよ?」

『……天性のもの、としか言えんな。後はまあ何だ、地獄に愛されている、とでも言っておこうか』

「どういう意味だよ」

『特に意味はない』

「は?」


 そんな苦虫を噛み潰したような顔をしても、特に意味はないぞ。


「……お前のこともよく分からん」

『当たり前だ。私自身よく分かっていないのだから、お前なんぞに分かってたまるか』


 そう言って私は鼻を鳴らす。

 再現した人間性は外見だけだが、こういう風に人間の動作の真似事が出来るのは悪くない。

 喋らずとも相手にこちらの態度を報せることが出来るのは、楽でいい。


「自分のことが分からないのですか?」

『うむ。残念ながらな』


 覚えていることは一つ。

 私はそらから落ちてきた、いわゆる隕石と呼ばれる存在であるということ。

 気付いた時にはこの世界に落下していて、そしてーーレオンと出会った。


「それは……不自由なのでは?」

『そうでもない。私も最初こそ自身の構造に戸惑ったものだが、あいにくと私の回りには〝意味不明〟が溢れ返っていてな。……私は考えるのをやめた』

「大変だったんですね……」


 心なしかヴェルカの言葉に先程とは別種の同情が混じったような気がする。

 まあ、レオンを見れば大体は察せられよう。深くは言うまい。


『こっちだ』


 気を取り直し、私は双子に制止をかけて進行方向を変えさせる。

 我々の目的地、店主リャミィの経営する〝トラベラー・クロニクル〟は市街地の先の奥まった場所にあった。


『……人気ひとけが無いな』


 周囲を見回しながら、私は呟く。

 住民はもちろん喰従者ガーベッジすらうろついている気配がない。

 少し不自然だが、好都合だ。


人気ひとけがないって言うが……」


 私が〝トラベラー・クロニクル〟までの移動ルートを構築していると、ヴェルクが話しかけてきた。

 私と同じように周囲を見回し、抱いた疑問を率直に口にする。


「普段からあるように思えないんだが、普段はあんのか?」

『無いぞ』

「ないのかよ!」


 期待を裏切らない反応をする男だった。

 ……だが、あまり叫ぶな。声が響く。


「わ、悪い……」

『残念ながらーー手遅れだ』

「どういう……?」


 私の言葉にヴェルクが眉値を寄せる。

 どういう意味か、それを私に尋ねようとしたのだろう。口を開いて、しかし、そこから先の言葉が紡がれることはなかった。


「グァハハ! 間食も悪かねぇな。向こうから獲物が来やがったぜェ!」


 不意に轟く下卑た声音。

 上空から聞こえてきたその声に反射的に顔を上げれば、家屋の屋根の上……そこに人影があった。


「兄ちゃんたち、どこ行くんだい? この先に何かあんのか!? 俺も連れてってくれよ!」

『勘づかれたな』

「お、俺のせいか!?」

『かもしれん。だが、もう過ぎたことだ。責任の所在など、どうでもいい』


 よりによってレオン側ではなくこちらに来るとは、空気が読めないにも程がある。


「よっ!」


 男が跳んだ。

 二階立てに相当するだろう高さから当たり前のように飛び降り、地面を粉砕させながら着地する様は、確実にただの人間ではない。

 我々の目と鼻の先に降り立った男は、手にした巨大な斧を肩に担ぎ、心底楽しそうに笑みを浮かべた。


「お前ら、シャノワーレの双子だろ?」

「ッ!?」


 指摘され、身を震わせる双子。

 その二人を隠すように私は前に出て、手にした長剣ロングソードを構えながら男と向かいあう。


「てめえは?」

『私はマター。この者たちの護衛を請け負っている』

「そうかい。じゃあ、強ェのか?」

『……さあな。お前の目で確かめてみてはどうだ? そういうの得意だろう、喰獣イーター

「へえ……?」


 私の言葉に、男が笑みを深くする。


「初見で俺の正体を見抜くたァ、ちょっとは見込みがありそうだな?」


 内心で悪態をつかずにはいられない。

 どうやらこれは、最悪の展開だ。


「俺の名は第四層 喰獣イーター、ギルクラッド!」


 男ーーギルクラッドが斧を振り上げる。


「ちょっくら遊ぼうぜェ、マター!」

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眠り獅子サンダーボルト ハヤテ丸β @Kawatas

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