03 紅の来訪者

「グガァァゥァァ……!」


 ロングソードたる私の一撃によって、喰獣イーターから断末魔の叫びが上がる。

 その声に浮かぶのは死に際特有の悲壮感だ。目前の物を食らい尽くすだけの害獣に、果たして死を認識し恐怖するような知性が備わっているか、私には理解しかねるがーー


「……ふぁーあ」


 地響きと共に巨躯が地に伏した。

 くして、戦いは終わりを迎える。


『あくびをするな。締まらないだろう』

「知らないよ」


 レオンが私を喰獣に突き立てながら、嫌そうな顔をした。そのまま死体に身を任せるように腰かけると、目をつむり、……いかん。寝るつもりだ。


『待て待て。レオン。寝るんじゃない』

「……えー」

『馬車まで頑張れ。ここで眠っても良いことはないぞ?』

「でもさ、一回座るともう立ちたくなくなるじゃん?」

『自業自得ではないか』

 

 だが、立ってもらわねば困るのだ。

 遺恨が残っている。

 さきの一戦、盗賊どもを守るように喰獣イーターが動いたことで、賊たちはすでに道の彼方へ消えていた。

 こうなっては一刻も早くここを経たねば、何が起こるか分からない。

 連中から、強襲の目的を聞きそびれたのは非常に痛い。

 格好つけるのではなかった。

 不覚である。


「それを僕に愚痴ってどうするのさ」

『またどこぞの誰かに叩き起こされたくはないだろう?』

「そうなる前にマターが倒せばいいじゃん。君の怠慢のせいでしょ?」

『私が悪いと言うのか。お前だって本気を出さなかった。お互い様だろう?』

「お互い様ってのは同じレベルで成立する話だからね。マターのほうが悪いなら、僕がその分の罪を背負う必要はないよね」

『何?』

「やんの?」


 ピリピリとした視線が私を射抜く。

 そこから生じた剣呑な空気は、遠くで不安げにいたままだった馬車の乗客たちにすら届き、怖気おぞけを震わせる。

 急に饒舌になりおって。

 何故そんなに楯突くのだ。


「……分かったよ、馬車に乗るよ。馬も御者も無事みたいだし」


 と、私の想いが通じたのか、諦めたように言ってレオンが腰を上げた。

 死体に突き刺さったままだった私を引き抜き、刃についた血を飛ばすと、ネックレスに戻して首に提げる。

 そして、彼女は改めて馬車を見た。

 レオンの気に充てられ、逃げるようにこの場を離れようと、御者を急き立て、馬車に駆け込む乗客たち。

 その忙しない空間を一瞥し、そして、近づいてくる二人組に気付いた。


「よろしいですか?」


 色褪いろあせたケープを着た少女と少年のペアだった。

 見覚えがある。レオンの前の席に座っていた二人組だ。

 フードを深くかぶり、未だに顔こそ判然としないままだが、隠しきれていない初々しさを覚えている。

 怪しいが、敵意は感じられない。

 言葉を発した少女の、どこかすがるような声には、さすがのレオンも思うところがあったのだろう。

 足をとめ、眉根を寄せる。


「よろしくないよ? どいて」


 私の勘違いだった。


「諦めてください。御者の方にはわたくしたち三名は乗りません、とすでにお伝えしていますので」

「な……!」


 だが、その少女はやり手だった。

 レオンの性格を読み、的確な判断をもって、我々に対峙してきている。

 なかなかに侮れない。


「お話、よろしいですね?」

「断るッ!」

「えぇ!?」


 それでもレオンは我関せずを行く。

 そして、このまま馬車に無理やり入り込む等しかねないのが、こいつの困ったところだった。

 故に、助太刀が必要なのだ。


『レオン、諦めろ』

「嫌だよ寝たいんだよ、僕は。あ、じゃあ僕が寝てる間にマターが話を聞いといてよ!」

『断るッ!』

「えぇ!? ……って、あ!」


 必要なのは、ほんの数秒。

 そこを過ぎれば、馬車は勝手に走り出す。

 襲撃前より明らかに速度を上げた馬車が、我々を置いて、山道を一目散に駆け抜けていった。


「うげぇ……」


 次第に遠ざかっていく音と私のさりげない威圧を受けて、レオンのテンションが明らかに下がる。

 そして、それを見た二人組のうち、少年のほうが不安げな声を漏らした。


「おい、ヴェルカ。本当にこいつに頼むのか?」

「もちろんです。あなたも見たでしょう。この方の力はわたくしたちに必要なものです」

「そりゃ異常な強さだったがーー」


 聞こえた会話でこの二人の目的が解った。

 もしかしたら元々そのつもりはあったのかもしれない。だが、少なくとも今回の襲撃は、この者たちにとってイレギュラーだったのだ。


『つまり、あの盗賊どもの目的はお前達だったわけだな?』

「マター……さんですね?」


 理解が早くて助かる。


『そうだ。レオンの首にネックレスがあるだろう。それが私だ。意思のあるアイテム、とでも認識してくれ』

「そうだったのですね……。封魔の類、かしら。てっきり遠方から指示を飛ばしているのかと」

『驚かないのだな?』

「ええ、まぁ。驚きがないと言えば嘘になりますが。魔術に対して多少の免疫がある、と自負しておりますので」


 言いながら、少女がフードを取った。

 同じように少年も後に続き、二人組からあからさまなが溢れだす。


「身元も明かさず、一方的な無礼、申し訳ございません」


 双方、燃えるような真紅の髪と瞳を持っていた。長さや目の形など差異はあれど、どことなく似た顔立ちをしており、なのは間違いないと言えた。


「わたくしは、ヴェルカ・ド・シャノワーレ」

「俺はヴェルク・ド・シャノワーレ」

『…………何?』


 その名に少し驚く。

 まさか、最高位が来るとは思わなかった。

 シャノワーレ。この国のだ。


「マターさんのおっしゃる通り、賊はわたくしたちを狙ったのだと思います。故に、お話というのは他でもありません。……あなた方に、わたくしたち姉弟を護衛していただきたいのです!」

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