04 王子、反抗

 シャノワーレ王国は、大陸の南東に位置する君主制国家の一つである。

 海、山、広大な土地からもたらされる豊富な資源を活用し、スランドールを始めとした商業都市や貿易業において絶大な地位を確立している国だ。

 加えて、世界的に見ても魔術の扱いに長けている。特に王家に仕える騎士団などは独自の魔術戦術を持ち、かなりの戦闘力を有しているというのは有名な話だ。


 シャノワーレは恵まれた大国である。

 彼女たちは偉い。それ故にヴェルカたちは人々の知らない多くを経験し、同時に知っているべきことを知らない。

 私への反応が薄いのも、旅慣れをしていないのも、十分に頷ける話だろう。


『……護衛だと?』

「はい。わたくしたちの身の安全を、わたくしたちの目指す場所まで保証していただきたいのです」


 少女の視線が真摯に訴えかけてくる。

 その目に嘘偽りは感じられない。個人的にも、彼女たちが王族であるということが嘘だとは思えなかった。

 ただひたすらに真っ直ぐなのは好印象ではあるがーー


『おかしな話だ。何故、護衛を雇う。騎士団はどうした? お前たちがシャノワーレだと言うのなら〝護衛〟などいくらでもいるだろう?』


 先述したようにこの国の騎士団は、強い。先程の盗賊は勿論、低レベルの喰獣イーターなら容易くほふる程度の実力を持つはずだ。


 そんな配下を持つ者たちが、どういう理由があって二人旅などをしているのか。

 何やら込み入った事情がありそうだ。


「……これはわたくしたちで為さねばならない旅。故に、他の王家の人間には頼めないのです」

『ほう? 理由をお聞かせ願えるかな?』

「それは……あなた方の返答次第です」


 一転して、不敵な笑みを浮かべるヴェルカ。その部分を隠されても、すでに色々と手遅れな気がしないでもなかったが、言うだけ野暮というものだろう。

 まあ、我々のような不審な旅人に声をかけるくらいだから、彼女たちにも余裕はないのだろう。

 それに、お姫様は格好をつけている。

 ならば期待に応えるべきだ。


『……だそうだが、レオン。どうする?』

「やるよ」


 レオンに話を振れば、彼女は答える。

 意外と聞き分けが……いや、違う。


「本当ですか!?」

「どうせ断ってもやらされるからね」

「えぇ……」


 案の定の反応だった。

 王族を相手取り、困惑させるというのは初めての経験だが、ヴェルカの表情も意外と悪くない。

 理解できない存在に遭遇した姿というのは、いつ見ても心が踊る。


『すまないな、ヴェルカ』


 まぁ、私の個人的な趣味はいいのだ。

 話を戻そう。レオンの自由をフォローするのが、私の役目だ。


『こいつはこういう女なのだ。……だが、仕事はこなす。そこは信じてほしい』

「マターさん……」


 隠しきれない不安が見て取れた。

 自分たちで話を持ち込んでおきながら、失礼極まりない反応である。

 だが、仕方ないのかもしれないと私は思い直す。レオンは空気を読まないし、王とは横暴、自己中心だから王なのだ。

 温室育ちにレオンは刺激が強すぎる。


「信用ならねぇな」

「……!?」


 そんな文字通りの不信をもう一人は素直に口にした。


「ヴ、ヴェルク! あなた何を……!」


 ヴェルク。今まで後方でヴェルカの交渉を見守っていた彼女の“弟”が、一歩二歩と前に出てくる。


「レオン……っつったか? そんな半端な気持ちなら、了承してもらわなくて結構だぜ」

「いや、やるから。話聞いてた?」

「大体、俺はあんたを護衛として認めたわけじゃねぇ。ヴェルカがこの機会は逃せないって言うから任せただけだ」

「あ、聞いてないね」


 ヴェルカのそれとは種類の違う、ヴェルクの好戦的な視線がレオンに向けられる。

 なんと口の悪い。シャノワーレは、王子にどんな教育を施しているのか。


「つまりだ。本当に依頼を受けたいなら、俺に認められてからにしろ!」

「何で?」


 レオンが不満も露にヴェルクに迫る。

 ぐいっと近づいた顔にヴェルクが唸り、顔をほのかに赤らめる。


「……な、何でって当たり前だろ! 俺だって依頼側の人間なんだぞ! 離れろ!」


 何だうぶか。レオンに頬を染めるとは末期と言わざるを得ないが、だからこそ、この後の展開も先が知れよう。

 これは困ったことになった。


「……」

『……』


 ヴェルカが私を見てくる。

 私に目と口があれば、目配せで同情を共有し、ため息の一つでもこぼし合えたのかもしれない。

 非常に残念だ。

 お互いに面倒な相方を持つと苦労をするな、ヴェルカよ。


「いいか? 盗賊と喰獣イーターを倒したくらいでいい気になるなよ! そのくらいウチの騎士団でも余裕なんだよ!」

「え? ヴェルカのことディスってんの?」

「ちげーよ! 特異性を見せろっつってんだよバーカバーカ!」


 そして、ヴェルクはレオンに反抗するように衝動的に動いた。


「はぁぁぁ!」


 両手を胸の前でクロスさせ、力を込める。

 すると、彼の身体から魔力が放出。溢れ出たエネルギーは全身から両腕に収束し、彼が腕を左右へと広げた瞬間、炎となって空間を灼く。


「魔闘術式・炎舞!」


 そうか。これが……シャノワーレ王国騎士団に伝わる魔術戦術、通称〝魔闘術〟と呼ばれるものか。


「行くぞオラァ!」


 火炎を握りしめ、ヴェルクが問答無用とばかりに突っ込んでくる。

 これにはレオンも折れたらしい。多少のやる気を寝ぼけ眼に込め、回避のために後方に飛ぶ。

 物言わぬ存在と成り果てた喰獣イーターに乗れば、急停止できないのか、止まらないヴェルクの拳が喰獣の肉体に突き刺さった。


「燃えろォ!」

「ん?」


 その瞬間、真下が真紅に燃え上がる。

 体内で爆発するように発生した炎が瞬時に喰獣を焼き、炎の勢いにレオンが再び空中へと逃げ延げる。


『……恐らく相手へ自分の魔力を送り込み、内側からの破壊を行うのだろう。あれでは防御の意味がないなぁ』

「いや、そんなのどうでもいいから。この戦い、僕どうしたらいいの?」

『さあな。しかし、相手は依頼者だ。暴力には訴えられん。気絶も……あの少年のことだ。いちゃもんをつけてくるに違いない』

「つまり?」


 そうなればやれることは一つである。


『戦意を喪失させろ』



 ヴェルクの頭上を飛び越え、空中でたっぷりと時間を稼いでから私たちはヴェルクの後方に着地した。

 向かい合うや否や、予想通りヴェルクが飢えた喰獣イーターのごとく突進してくる。

 これは、早々に決着をつけられそうだ。

 私は確信する。わずかに前傾姿勢を取ったレオンは、すでにヴェルクの挙動を目で追っている。


「避けてばっかじゃ俺を満足させられねぇぜ、レオン!」


 そして、時は来た。

 ヴェルクが先程と同様に力を溜め、レオンを炎上させんと拳を振り抜いた瞬間に、


「うりゃッ」

「!?」


 避け様、凄絶に足払いを食らわせてやる。


「……ッ!?」


 地面すれすれに繰り出された一撃は、瞬く間にヴェルクを空中に投げ出した。

 そのまま空中で一回転、ーーする前にレオンによって足首を掴まれる。


「痛ってぇ!」


 悲しいかな。レオンとヴェルク。二人にそれほどの身長差があるわけではない。

 レオンが可能な限りピンと腕を上に伸ばしても、どうしようもない部分はある。

 哀れ、シャノワーレの王子様は地面に頭をかすった状態で、上下逆さまに静止した。


「僕の勝ちでいいよね?」


 そんな彼にレオンが宣告する。

 それでもヴェルクは止まらないだろう。

 もう一捻り、必要だ。


「ま、まだだ! 俺はまだ戦える!」

「あっそ」

「どわあああ!?」


 足首からズボンのベルト部へ。

 予定通り、レオンが持ち手を変えてヴェルクを力任せに打ち上げる。

 再度空中を舞い、方向感覚など機能しなくなったヴェルクは歯を食い縛ることしか出来ず、落ちてきたところを為すがままレオンにキャッチされてしまった。


 そう。キャッチ。

 いわゆるお姫様だっこである。


「だ、ば!?」

「僕の勝ちでいいよね?」

「ま……」

「んー?」

「や、やめろ! 顔を近づけんな! 降ろせ! 何のつもりだこのやろー!」

「ジタバタしないでよ」


 ヴェルクの抵抗もレオンにはどこ吹く風だ。魔闘術を使うことも忘れ、それでもしばらく暴れまわったヴェルクだったが、無理だと察したのだろう。


「……お前の勝ちでいいよ。護衛もしていい。だから降ろせ」


 力なく項垂うなだれて、そう言った。

 何と殊勝なことか。単純な王族というのは扱いやすいものだが、ここまで上手く進むと心も痛む。


『降ろしてやれ、レオン』


 そして、これからの話をしよう。

 問題は山積みだ。

 たとえば、そうーー


 スランドールまでの移動し手段、とか。

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